第6話 魔性の母親 静流
母さんの名前は静流と言った。
翼の記憶をから思い出そうとしたが【名前】すら思い出せなかった。
ラク―ナ様も【困らない程度の記憶】と言っていたから仕方が無い。
少なくとも俺はこの世界で話が出来るし、文字も読める。
そう考えたらどうしようも無い範囲なのかも知れない。
母さんから聞いた話では俺はトラックに跳ねられたそうだ。
何でも小さな子供が跳ねられそうになり俺(翼)がその子を助けて代わりに跳ねられたのだとか...
此処でも翼は勇者だった。
力が使えない、そんな状況でも精一杯人を救おうとする...そんな男だった。
今の俺は、天城翼だ...世界を救ってくれた勇者、そして俺の命の恩人。
ジョセフィーナ姫の事は仕方ないだろう...こんな綺麗な母親と暮らしていたら、王国一の美女だって霞んでしまう。
多分、勇者天城はマザコンだった、これ程の美女が母親でいつも生活して居たら、ああなるかも知れない。
もう会う事も無いが...もし天城に会ったら言ってやろう。
お前の母親が女神の様に美しいだけだ、ジョセフィーナ姫は充分美しいってな。
今の俺は【個室】に入院している。
俺を跳ねたトラックは大手物流会社だった...だからしっかり保証してくれてこの個室を用意してくれた。
この個室は凄く設備が整っていてシャワーもトイレもある。
今現在は医者の先生と看護師さん、そして母さんしか会って無い。
看護師さんは男性で少し仲良くなった。
そして俺は母さんに困っている。
母さんの静流さんは恐ろしく綺麗な人だ...
その静流さんが、凄くベタベタしてくるのだ。
「翼、はい、あ~ん」
今日はウサギの形に切ってきたリンゴをこんな調子で食べさせられいる。
「あ~んもぐもぐ」
「静流さん、俺は息子なんだよな...」
「そうね、だけど、母さんの事好きなんだよね? これは母子のスキンシップ、別に良いでしょう?」
本当に困るのだ。
俺はどうしても【母さん】と呼ぶのに抵抗があった。
俺の中身は翼でなく、セレスだ。
頭の中で【これは母親だ】と言い聞かせても勝手に【なんて美しい女性何だ】に変換されてしまう。
セレスの気持ちが《母さん》と呼ぶのに抵抗があった。
そこで【静流さん】と呼ぶ事にしたのだが...最初に呼んだ瞬間、物凄く泣かれた。
「何で、何で、母さんって呼んでくれたのに...やっとまた呼んでくれたのに...そんな」
何故此処まで泣いたか解らなかった。
本当に恥ずかしい...だが泣いている女性に嘘は言えない。
あくまで記憶が混乱している。そう前置きを話してから告白した。
「母さんが、理想の女性にしか思えないんだ、母親じゃなかったプロポーズしたい位に」
顔がそっぽ向くのは仕方ないだろう。
俺はこういう事は余り得意ではない。
気まずい事に母さんも顔を耳まで赤くして黙っている。
俺は人生で2回目の失恋中...しかもその相手はよりによって自分の母親なのだから、何ていって良いか解らない。
人生2回目の失恋相手に気持ちを伝えないといけないのは凄く抵抗があったが仕方ないと諦めた。
「そ...そういう事なの、少し困るけど、そう言う事なら仕方ないわ、これから頑張ってくれるなら【静流】って呼んでも良いわよ」
《頑張るって》リハビリの事なのかも知れない。
認識阻害でまだ怪我している様に見えているが、俺は怪我なんてしていない。
個室で人が居ない事を良い事に俺は筋トレをしている。
剣を振れないのは悲しいが、腕立てや腹筋スクワットは出来る、こんな元気な状態で入院しているのは凄く申し訳ない。
しかし、本当に困る...
「あの静流さん、恥ずかしいから出てってくれないかな」
「先生に言われているのよ、倒れたら困るからちゃんと見ていて下さいって、本当なら母さんが一緒に入っても可笑しく無いのよ」
シャワーを浴びる時は、もし何か起きるといけないから付き添いが必要って事で静流さんが椅子に座って外に居る。
俺は健康な状態なのに、包帯が巻かれているからそこを濡らさない様にしながらシャワーを浴びる...そして。
「静流さん、それは良いって本当に大丈夫だから」
「だ~め、ちゃんと体を拭かないとね、ほらじっとして」
俺はシャワーの後だから真っ裸...静流さんは服を着ているけど、抱き着くように体を拭かれると、顔が赤くなってしまう。
この人は【母親なんだ】そう言い聞かせないと、つい抱きしめたくなる衝動に駆られる。
「あのね静流さん、俺は...」
「知っているわよ!もう何回も聞いたから...私だって愛しているわ、だって貴方は最愛の息子だもん」
こう言われると本当に困ってしまう。
「だから、静流さん」
「うふふっ愛の形は違うけど、世界で1番母さんが好きな男性は、翼だからね」
静流さんは魔性すぎる。
「そう言えば、妹の楓はなんで、お見舞い来てくれないんだ」
「楓はちょっと、貴方と揉めていたから、多分きずらいのよ」
「ごめん、その辺りの記憶も無い...静流さんの子供だから、多分凄く綺麗なんだろうな...」
「母さんの子供って、そうね記憶が混乱しているんだもん...仕方ないわ、写真みてみる?」
そう言って静流さんはスマホを見せてくれた。
見た瞬間、体に電流が走った。
凄く...綺麗だ、静流さんによく似ているが髪型は短くしている。
胸は流石に少女だから無いが...足はすらっとしており、スレンダーとはこういうタイプを言うのだと思う。
何より顔が整い過ぎている。
こんな少女が王国に居たら...間違いなく宝石に例えられ、例え平民に生まれても貴族からの婚約話が舞い込んでくるだろう。
ジョセフィーナ姫と比べても月とすっぽん...ちなみに月は楓だ。
はぁ~これじゃ仕方ないな...こんな家族に囲まれて暮らしたら、ああなっても仕方ない。
翼がこんな家庭環境で生活していたと知っていたら...責められない。
ジョセフィーナ姫に命を捧げた人間が...
婚約者だった俺が...翼の母親や妹の方が遙かに美しいと認めてしまった。
今の俺にはもう...責める資格は無い。
「どうしたのかな? まさか楓ちゃんが好きになったのかな? 浮気するなんて母さん悲しいわ」
本当に静流さんは魔性過ぎて困る。
母親だと思って諦めた...それなのにこんな事言われたら、また元に引き戻されてしまう。
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