第54話 お見舞い

心美さんが僕の目の前に横たわっている。


僕は天上家から知らせを聞いてすぐさま病院に駆け付けた。


病室の前には鉄心さんしかいなかった。


他の家族は入院の準備や道場の事もあり、一旦戻ったそうだ。



「翼殿!」


「心美さん! 心美さんは大丈夫ですか!」


「命という意味なら大丈夫じゃ、だが剣道家と言う意味なら終わりかも知れぬ」


「すいませんでした..」


「何故、翼殿が謝るのじゃ..」



僕が人の殺し方まで教えなかったからだ..


この世界は凄く平和だった...だから教えなかった。


人を疑う事を、警戒心を持って接する事を...



「こういう時の対処法を教えていなかった..」


「それは翼殿が謝る事ではない」


「ですが」


「そんな事は儂でも教えん、だが悔やまれる!」



詳しい容態を聞いた。



心美さんは銃で撃たれていた。


お腹に一発、足に一発。


お腹の傷は運が良く致命傷は逃れていた、だが足の一発は関節にあたっていた。


その一発が、心美さんの未来を奪った。


リハビリしても歩けるようにはなるが、もう元の様には戻らないそうだ。




「心美さんが目を覚まされました」


鉄心さんが最初に入って僕がそれに続いて入った。


目を覚ました心美さんは叫ぶように言った。


「麗美、と絵里香..を助けて..」



これは僕に言ったのか、鉄心さんに言ったのか解らない。


だが、僕も鉄心さんも静かに聞く事にした。



「心美さん、今はゆっくりと休んで、後の事は任されたから」


「どうするの?」


「相手が解らないから、今は情報収集しかないと思います、取り合えず、何か目的があるのなら暫くは大丈夫でしょう、まずは麗美さんの家か二条家に行く、それしか無いと思います」


「冷静なのね..」


「冷静で無いと助けられる者も助けられませんから...鉄心さんは心美さんをお願いします。又襲われるかも知れませんから」



「お主」


「心美さん..」


「何かしら?」


「貴方の人生が変わってしまっても、僕は傍に居ますから..」


「何を言っているの..」


「僕は心美さんが大好きだと言う事です」


「凄く嬉しい..だけど今はそれどころじゃないわ」


「はい..では僕は僕で動いてみます」


「お願い..私は友達を守れなかった、何の為の剣道か解らないわ..頼める人は翼くんしか..」


「頼む必要は無い..友達の為に何かするのは当たり前の事だから..それじゃ..」


「あっ」


「また来ます」



心美さんは多分、まだ気が付いていない..自分の足がもう動かないという事を..


だが、自分の事よりも何よりも「友人の助け」を望んだ。


今の僕がする事は、敵の特定と殲滅、それだけだ..




僕は振り返らないで病室を出た。



「待たんか、翼殿!」


鉄心さんが追いかけて来た。


「どうかしましたか?」


「翼殿...その顔は..」


「どうかしましたか?」


「相手を殺す気じゃな!」



気づかれたか...流石にこの甘い世界とは剣聖と呼ばれる事はある...



「当たり前ですよ...」



僕は冷たくなればなるほど、静かになる。


そうするように小さい頃いから生きていたから..今僕はこれでもかと言う程心は冷え切っている。


どれ程残酷に殺すか..それしか思いつかない..相手に家族が居たら、その中に赤子が居ても今の僕は火にくべて殺せるだろう。



「それを心美が望まなくてもやるんじゃな」


「はい」


「なら、それは儂がやる、なぁに先が短い年寄りじゃ気になどするでない」


「駄目ですね、貴方じゃ多分銃には敵わない」


「そうじゃな..」


「まだ、殺すと決まった訳じゃありません、麗美さんが無事に帰ってきて犯人が罪をちゃんと償うなら、何もしないかも知れないですし」


「そうじゃな」


「はい」




《あれは、修羅の目をしておる、犯人が償うと言っても殺すだろう..人を殺した事が無い剣聖...口惜しい..止める事もたしなめる事できぬ》




拾っても良いだろう!


「あっ翼さん、大変申し訳ないですが今日は建て込んでおりますので後日来てください!」


「それで、後藤田さんは何処に?」


「さぁ、二条に行くって言っていました」


孫が誘拐されたんだ、それは大変な事になっているだろう。


追い返すのは僕を巻き込まない為..解かっている。



二条に出向いているのは今後の対策の為だ..


なら、ここに居ても仕方ない..余り行きたくないが二条に行くしかない。



「翼様、今日は建て込んでいますし、お嬢様も居ませんので日を改めてお越し下さい」


「絵里香さんが居ないのも事情も解ります..その事でお話にきました」


「しばし、お待ちください...はい、はい..権蔵様と覇人様がお会いになるそうです..」


「解りました」




中には 後藤田さんに國本さん、二条家の人が揃っていた。



「翼ちゃん..絵里香ちゃんが、絵里香ちゃんが..」


華子さんが泣きながらこっちに走ってきた。


「事情は、天上家の方で聞いてきました..」




「天上、天上家にも何かあったのか?」


「二人が攫われた現場に心美さんが居ました、助けようとして銃で撃たれたそうです」



「それで、心美さんは大丈夫なのか?」


「命は助かりました..」


「そうか、それは良かっ」


「良くは無いんですよ! 権蔵さん! 心美さんはもう満足に歩けない、好きな剣道をする事も出来ない! 何が良かったんですかね!」


「済まない..」



「それで、こんな事は誰がしたんですか? 誰が!」


「相手は解かっておる、目的もな..」



「辰夫さん、相手は誰ですか、目的は?」



「相手は関西連合煉獄会だ、そして裏には二つ橋家がいる」


「目的は?」



「関東と戦争をする為の名目作りだ!」



「戦争?」


「ああっ、ヤクザという物は名目が必要..こちら側から攻めてきた、そういう名目が欲しいのだろう」


「人質を誘拐して置いて、それでも攻めてきた? そんな事が通用するのでしょうか?」


「それは事がすんだら、若い者が勝手にやった、組は関係ない、そういう事にでもするのだろうな..」




「それで、皆さんはどうするのですか?」


全員の顔が暗い..もう結論は出ているのだろう..



「何もしない..」



やっぱりな、後藤田さんは組長、二条は財閥..娘1人の為にそれらを動かす訳にはいかない。


しかも、戦争をする位だから向こうは確実な勝算がある、そう考えて良いだろう...


こうなるのは解かっていた。


実際、僕は前の世界では三男だった、貴族の弟はという物は、兄が成人するまでに何かあった時のスペアだ。


つまり僕の父上でも同じことをする。



「誰1人動かないか..仕方ない..お二人を捨てるんですか...いやはや立派な財閥に組もあったもんだ」



「お前いい加減にしねぇか! 組長の気もしらねぇで!」


「國本さん..どうせ、アンタも動かないんでしょう? だったら、何処に二人が居るか位教えて下さいよ!」


「あっあああっ」



知らないうちに僕の気が漏れているようだ、だが今は気にしない。



「教えてくれますよね..」



「解った...」




関東での拠点に二人が監禁されている事。


そして、解放の条件が組の解散と、二条の今行っている事業の撤退...どう考えても出来ないのを解ってて言っている事。


それらについて教えてくれた。




「それでどうするんだ?..どうせ翼だって何も出来ないだろうが?」



「僕ですか? 皆んなが捨てるって言うなら、僕が貰います...二人とも凄く魅力的な女性ですから!」



もう聞く事は無い...僕は二条家を後にした。




目的は解った、場所は解った...そして時間もない、なら僕のする事は一つだ。



そして、僕は2人が監禁されている施設がある岬にいる..



どう見ても、要塞にしか見えない...後ろは断崖絶壁、しかも道は一本道で身を隠す事も出来ない。


正面から行くしか方法はないだろう。



考えても仕方ない、突き進むしかないのだ。



一本道を進むと直ぐに見つかった。


「お前は一体何者だ!」



誤魔化すしかないだろう..それとも



「天空院翼と申します、後藤田さんと二条さんの代わりにお嬢様たちの安否確認に来ました」



こんなものだろう..


「何だと!」


「こちらは交渉に応じた、実は二人とも殺されていたでは洒落にならない、だから僕が来た訳です」


「確かにな、お前一人か? ボディチェックはさせて貰うぞ?」


「勿論」




「安否確認に学生1人..武器は持っていない!  解った」




「ガキ、行って良いぞ、特別に確認させてくれるそうだ、まだ指一本触れちゃいない..まだな、ちゃんと伝えろよ..それと下手な真似するなよ、したらハチの巣だ」



「解りました...怖いからそんな事しません」



「それが賢明だ」


僕は館に向って歩き出した。



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