第38話 白熊

「どうだった、麗美?」


「お父様、想像以上でしたわ..あれでは國本が可哀想ですわね、本当に戦ったら死んでしまいますわね..」


「本気か..」


「ええ、何しろ木刀一つで大きな木を切断するし、熊すら一撃ですのよ!」


「そんな事できる訳ないだろう?幾ら何でも可笑しすぎる..ちょっと待て..そこのお前、國本と親父を呼んできてくれ」


「解りやした」



「竜星、儂は組長じゃ幾ら親子でもお前から来なければ筋が通らんだろう?」


「すみません、親父、ちょっと動揺しまして...麗美が可笑しな事言うもんですから!」


「麗美、何を言ったんだ、同じ事を儂にも教えてくれないか?」



「可笑しな事を言っていませんわ、國本が石を砕くのと同じ様に大木を斬って、熊を殺した、そう言っただけですのよ?」


「お嬢、それは勘違いじゃないですか?」


「そうだな、國本、お前にも出来んだろう?」


「へい」



「可笑しいですわよ! 國本は昔し石を割って見せてくれましたわ!」


「お嬢、石は固いですが、案外石目に沿って叩けば割れるんですよ..ですが大きな木は木目に沿って切る事が出来ないからそう簡単には斬れません」


「そうなの? まぁ翼様ですからお前に出来ない事が出来ても不思議じゃありませんわ」




「いや常識的に出来ないと思うのだが」


「おじい様、私、嘘をついていませんわよ!」



「だが、お嬢、そんな事できたら達人ですよ」


「あらっ、翼様は多分達人ですわよ!」


「あのな、確かに強いのかも知れないが、達人なんてそう簡単には居ないと思うよ..麗美が美化したい気持ちは解るがね」


「お父様、確実に翼様は達人ですわ...だって天上鉄心がお弟子さんみたいにしていましたわ」



「鉄心だと、剣聖と言われるあの鉄心か..」


「流石にお嬢、無理があります..もし、そうなら翼殿は日本一ということじゃありませんか?」


「そうね、日本一なのかも知れませんわね..」


「所で、それは何処で見たんだ」


「おじい様、天上道場の裏山ですわ..」


「天上道場?」


「はい、天上心美さんとも友達になれたのでこれからもチョクチョク行くと思いますわ」


「そうか...麗美、さっきの話は本当なんだな?」


「嘘は言いませんわ...」


「だったら今度、うちに連れてきなさい..お父さんも会ってみたい」


「はい、それでは近いうちに連れてきますわ」




親父や國本は認めたかも知れないが..俺はまだ認めていない。


麗美は目に入れても痛くない程、可愛い俺の娘だ..そう簡単に認められるか!






「ワンうーっワンワンうーっ」


最近、可笑しいのですわ、絶対に鳴かない櫓錦が良く吠えています。


「櫓錦..どうしたのかしら? 元闘犬の貴方が鳴くなんて」


「うーっうーっワウ..」


「まぁ良いわ、もう齢だもの、仕方ないわね」



もし、櫓錦が喋れたら..その恐怖を語ったのかも知れない...この屋敷の何処かに化け物が居ると!





何時もは授業が終わると心美がくるのだが、この日は来なかった。


麗美があらかじめ手回しをしていたから。




「心美さん、明日一日翼様を貸して下さらないかしら?」


「嫌よ! だけど、なんで?」


「その、お父様が会わせろって煩いのよ」


《うちのお父様もお母様も男女交際は煩かったわ..これは仕方ないことですね》


「そういう事なら仕方ないわね」


「流石は心美親友だわ、ありがとう!」


「なぁに懐いているのかな..親友だなんて、親友..そうね親友の頼みだもん仕方ないわ」


《案外チョロいですわ..そして多分私と同じでボッチなのかも知れないですわね》


「ありがとう、心美、それじゃ..」




「翼様、今日は家に来て下さい..そのお父様がお会いしたいというので..」


「でも訓練が..」


「心美さんに許可は得ましたわ」


「そう、それなら..よく考えてみたら、僕から挨拶に行ってなかったね..うん行くよ!」





麗美さんの家に久々に来た。


「その節はどうも..」


少し気まずい..この前怪我させた人だ..


「そんな気になさらずに..貴方は客人なんだからな今日は堂々としてれば良い..」


「気に何かするな、あれは浮世のサガだ、もう気に何かしてねーよ..俺は強い奴が好きだかんな..今度、酒でも飲もうや」



「お前達、翼様はおじい様やお父様のお客よ..口の利き方に気をつけなさい」


「いや、この方が親しみやすくて良いよ..ありがとう..」


「おおっおう」



「全く、翼様は心が広いんですわね..それじゃ行きましょう」



《お嬢が怖くない..》


《お嬢から恐怖が消えている》


「「「「お嬢頑張って下さい」」」」



「お前達、何さぼっているのかしら? サッサと働きなさい! 」



「「「「解りやした」」」」




「翼さん久しぶりだな」


「今日は前みたいに殺気を出していないな..あの時は冷や冷やしたぜ」



「後藤田さん、國本さん..その節はどうも、また結構な物をありがとうございます、それで今日はどうかしたんですか?」



「今日は何でもない、竜星、麗美の父親を紹介しようと思ってな..その後はまぁ席を設けるんでゆっくりしていってくれ」



「そうですか! 有難うございます」


《しかし、本当に凄いですわね...おじい様を前にしたら現職の総理大臣ですら緊張しますのに..普通に話していますわ》




「初めまして、竜星、麗美の父親です....」


「初めまして、麗美さんとおつきあいさせて頂いています、天空院翼と申します」


《何でですの、お父様..相当不機嫌ですわね》


「所で君は、あの天上鉄心を弟子にしているんだって?」


《そういう事に..なるのかな?》


「まぁ、稽古は一緒にしていますが...」


「そうなのかい? そう言えば熊を簡単に倒したって本当かい?」


「まぁ一応..」



「いい加減なこと言うなよ、どこの世界に剣聖を弟子にしている高校生がいるんだ、なぁーふざけているのかい?」


《まぁ、普通はこうだよな..前の世界で僕が剣聖を弟子にしているなんて言ったら お父様も同じ事いうよな》


「嘘ではないですね..弟子はともかく稽古は付けています」


「ほう、じゃぁ熊も一撃で倒したと...お前は宮本武蔵の生まれ変わりだとでも言いたいのかい?」



今の僕は、天空院翼だ彼奴は嫌な奴だったけど、僕の世界を救ってくれた。


この名前は勇者の名前だ..馬鹿にされる訳にはいかない..


公爵家の僕が国を救った勇者の名前を辱める事は絶対できない。


「宮本武蔵? そんな奴なんか秒殺だ..熊、よく熊一匹殺せない人間がヤクザなんて張れますね..」


《翼様..不味いですわ、お父様を怒らせたら》


《今の侮辱は不味い..これでは竜星は引けない》



「そうかい、吐いた唾は飲むなよ..じゃぁ証明して見やがれ」


「そう? じゃぁ組員全員病院送りにして証明しますか?..それで良いんですか...」


《余りやりたく無いけど..》



「待て」



「いや、親父待てない..そんな事しなくても簡単さ...僕が用意した奴と戦って貰えばいいさ」



「その方が気が楽でいいですね」



「おい、お前、連れて来い..」


「待て、竜星さん..いや若は何を..」


「熊なら倒せるんだろう? だから用意したんだよ..熊」



「待て竜星大人気ないぞ..翼殿も強情張らずに..」


「熊を倒せば良いんですね..」



「まぁ熊位なら翼様なら楽勝ですわね!」


「お嬢、前の話は..」


「本当の事よ、熊なら楽勝ですわ」


「そうですかい」




「そんな、お父様ふざけないで..これは!」



「麗美、熊だろう? 白熊も熊だ...ははははっしかも此奴は3.5メートルの超大物、体重も800キロを超えるまぁ化物だ」


「竜星、ふざけているのか? 」


「ふざけているのはそいつだろう? 剣聖が弟子だ、熊を一撃だ..どうせ麗美が自慢話を信じたのだろう? 私はこう言う嘘をつく奴が嫌いなんだよ!」



《白熊ね..確かにこの世界では強いのだろうけど..オーガどころかオークの方が強そうだ、同じ熊なら六本足熊の方が此奴よりはるかに大きい》


「竜星さん...」


「何だぁー怖気づいたか?」


「麗美さんはアンタの子供かも知れないけど僕の友達だ...」


「だからなんだ..」


「嘘つき呼ばわりしたよね? 此奴倒したら謝って下さいね?」


「ああ、幾らでも謝るさ..倒せたらな..」




「流石、組長が見込んだ男..凄いな」


「國本...」


「すげーや、白熊を睨んでやがる」


「これはやりすぎだ止めないと..」


「翼様..辞めて下さい、死んでしまいます」




「僕を舐めるな!」


「翼様?」


「おい..」


「ここまでで充分だ、充分男気を見せた充分だろう」



「いい加減、そいつを離しませんか? 早くして下さい!」



嘘だろう、此奴死ぬ気なのか! 俺はただ脅すだけの予定だった。


嘘つきのガキ、自分の思い人を大きく見せようとする麗美、その両方にお仕置きするだけの予定だったんだ。


白熊だぞ..白熊、馬鹿なのか! 死ぬぞ..



「本当に放すぞ..」


「しつこいですよ..」





「凄い意地っ張りじゃな..」


「全く、こんな事位で命張りやがって」


「翼様..辞めて、本当に死んでしまいます..死んでしまいますわ..」




「はぁ、竜星さんてはったり野郎なんですね..良くこんな人でヤクザやれますね..こんな人破門した方が良いですよ..」



「「「ああっ」」」


「そうかい? そこまで言われちゃ引けないな..放せ!」


「竜星さん、本気ですか?」


「放せって言っているんだ..」


「はい」



だが白熊は翼の所には来ない..本能がそうさせたのかも知れない。


「ひっ!」



《ギヤ2》


「熊公、そっちに行くんじゃない..」


「がやるるるるる..」



拳を握りしめて思いっきり白熊を殴り倒した..手ごたえはあった。


白熊は数メートル吹っ飛んだ..



「白熊が...あああ」


「スゲーっ だが」


「ああっ熊を倒したのは嘘じゃ無いんだろうな?だが白熊は別だ」



流石、熊とは違う..顎にぶち込んだのに死なないんだな。


「はぁぁぁぁぁっ 」


白熊の攻撃をかわしながらひたすら殴った。


オーガのこん棒を躱しながら戦った事を思い出す..確かに強いのかな?


久しぶりだなこの感覚..



「おいっ..人って白熊より強くなれるのか?」


「嘘じゃ無かったんだな..」


「最初から言っていましたわよ私..」


「あははははっあの時のカチコミでも手加減していたのかよ..スゲー」



だが、怖くない...だってこの攻撃あたっても多分致命傷にならない..


この世界の地上最強の肉食動物が..こんな物か..


さぁ此処からは一方的になるな..


ひたすら蹴り続けた...そして白熊は..許しを乞う様に涙を流し始めた。



「白熊が..泣くのか..」



何だか可哀想だな...多分此奴、戦いを知らない...もしかしたら野生で無いのか..


あの熊よりも覚悟が無いな..


「良いよ...見逃してやる..」



白熊は逃げ出し檻に戻った。



「可哀想だから殺さなくても良いですよね?」


「ああっ良い、良いとも..」



「お父様! 翼様と私に謝るのでは無くて?」


「ああ、そうだったね..翼君、済まなかった..なぁこの通りだ」


「気にしないで良いですよ...」



「お父様、私には..土下座で謝って下さいね」


「麗美..」


「私、結構怒ってますわ」


「解った..」



「麗美さん、それは辞めてくれないかな? 親は敬う物だよ、そんな事したら嫌いになるよ..」


「冗談ですわ..お父様も本気になさらないで」



《あれ、翼殿が居なかったら絶対に土下座させていたな》


《お嬢ですから、その後頭踏んでいたでしょうね》



「おじい様、國本どうかしたのかしら?」



「何でもない..」



「しかし、翼様は凄いですわね、素手で白熊相手に勝てるなんて!」


「あの位なら何とか..それにあれ野生で無いからそんなに強く無いし」


「そういう物なのですか?」


「うん、野生と飼育された物じゃ雲泥の差だよ..それに僕は名前に誓ったんだ!」


「何をですの?」



《それでも白熊には勝てんよな》


《ええっ、普通は一撃で死にますよ》


《あれは確かに動物園から無理やり借りた物ですが、普通に巨大な肉を骨ごと食べていましたよ》



「出来る事なら、勇者の様に生きるってね」


「翼様なら..簡単ですわ」




勇者 翼...白熊には勝ったぞ...魔王にすら勝った君には届かないだろうけど..この世界で君の名前には傷一つ付けない..


だから、安心してくれ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る