第6話 かわいい妹は俺を悪にする


いつもの朝。


俺はぬぼーっと目覚めると、2段ベッドの上の眠り姫を起こそうと、はしごに足をかけた。


眠り姫ーー澪は、お気に入りのくまのぬいぐるみを抱きしめながらも寝ている。

その寝顔がかわいすぎて、思わず出そうになった手を押さえる。

危ない危ない、第二の俺よ、落ち着け!


このモーニングコール(?)は恒例行事なのだが、なぜかそわそわしている俺がいる……!

天使のように長いまつげに、すうすうと寝息を立てる唇。髪の毛はふわふわと澪を飾り立てている。



「澪、朝だぞ」

「んぁー……」


うさぎのパジャマのフードをつまんでやると、澪は目をゆっくり開いた。


「お兄ちゃん……おはよぉー」

「あぁ。早く起きろ」


しばらくぐずっていた澪だが、やがて、フードについたうさぎの耳をぱたぱたと揺らしながらも、2段ベッドから飛び降りた。


「んねむいー」


そして、そう言いながらも、パジャマを脱ぎ始める。


ま、待て……!


というよりも先に、澪はオールインワンのうさぎパジャマを脱ぎ捨てる。


「バカ澪! 俺がいるだろ!」

「んー? お兄ちゃんがいてなにが悪いのー?」


白い肌を惜しみなく晒し、澪は首を傾げた。


「いや、いつもは俺が出てから着替えてるだろうが!」

「んんー……もう気にしないっていうかー、お兄ちゃんもいいでしょ?」


そう言い、2ヶ月前と打って変わっておしゃれな下着をつけている澪は、くるんと俺に向き合った。

富んだ胸。申し訳程度にまとわりついている布は、澪の魅力を隠しきれていない。


「……いいから、さっさと着替えろ」

「んぁーい」


俺は目を逸らし、ぶっきらぼうに言う。

全く、なぜこんなに無防備なんだ……?


ぱさ、ふわー、ぽさ。


視界の端で、澪が制服を着替える。

音、生々しすぎるだろ……!

俺は、本気で部屋を出て行くか迷う。


「んー。……お兄ちゃん、スカートのチャック、やってくれない?」


と、澪の言葉で俺の足は止められた。


「おい、自分でやれよ……」

「私、それだけは苦手なんだよー」


俺が目を向けると、澪は既に上は着替え終わっていた。いつも通り、お腹を出して、心臓を高鳴らせやがる……!


「し、しょうがないな……」


何も気にするな、仏心だ。なにも見ない、触れない。よし。

俺は深呼吸をし、澪の横にしゃがんだ。

チャックを、太ももに触れないようにして掴んだ。


と、澪が体をよたつかせる。

俺の手は、がっつり澪の太ももに触れた……やべ!!

すべすべとした、少しひんやりとした感覚に、俺は視界をちかちかとさせる。


「お兄ちゃんのちかんー! ……なんてね?」


澪は悪戯げに俺を見下ろす。

なんだ、ドキドキしただろうが!

俺は澪のチャックを急いで上げ、澪を部屋から追い出す。


「ほら、サクラとの集合時間に間に合わないぞ? 朝ごはん、食べてこい」


まあ時間には余裕があるのだが、俺の着替えているところは、恥ずかしくて見られたくない。


「んー」


澪は、とてとてと部屋を出ていった。


ふう……第二の俺、よくぞ我慢した。

俺は息を吐き、パジャマを脱ぐ。


澪のやつ、一体どこからそのような真似を覚えてくるんだよ……最近、ますますあざとくなってきている。

そのせいか、授業中も、澪のことで頭が一杯だ。

ため息をつきながらも、俺は下着姿になり、制服をハンガーから取った。


と、部屋の扉の向こうから気配がし、嫌な予感に包まれる。



「……へぇ、男の子のパンツって、やっぱりそうなんだー?」



ぎい、と扉が開く音。

恐怖のあまり俺は悲鳴をあげかけた。


「な、な、な……」

「やっぱり穴が空いてるんだー……」


澪が興味津々に、俺の下着姿を見つめていた。


俺は半泣きになりながらも、澪を部屋から押し出す。


頼む、この妹を、誰か教育してやってくれ……!!







「おはよー……トオル、顔色悪いよ? どうしたの?」


朝ごはん後、玄関前でサクラに聞かれる。

俺がげっそりとしていると、澪がぴょんと飛び出た。


「なんでだろうねー、私が覗き見した後からだよね?」

「なっ、何を覗き見したわけ?!」

「それはぁ……」

「澪、お口チャックだ」

「んあー、チャックと言えば、朝……」

「澪、口を閉じろ」


澪はにこにこと笑い、反面俺はふらふらとよろける。


「……なんかずるい……」

「サクラさん、おつです!」


澪は全力でサクラを煽りにいく。


「うぅ……! 私にも教えてっ!」


そういうと、サクラは俺を壁際まで追い詰める。

そして、だぁん!! と壁に手をついた。


「か、かべどん……」


澪があっけに取られる中、サクラは俺を見上げる。


「……妹ちゃんにした事、全部私にしてくれる?」


モーニングコールをし、スカートのチャックを上げ、さらにパンツ一丁になれと?


「してよ、ね?」


逆らえない威力に、しかたなく俺はサクラの耳元に口を近づけ、


『サクラ、朝だぞ』

「ひぁっ」


さらに、サクラのスカートのチャックに手をやろうとし、


「んぁあ?! へ、へへ変態!」


ぶん殴られる。

最後に、おもむろに自分のズボンを脱ごうとし、


「いやーっ!!!」


と、全力で拒否された。


「お兄ちゃんは私のものなのーっ! いやーだっ!!!」


澪が泣きながらも俺に抱きついてくる。


「……よしお前ら、茶番はいいから学校行くぞ?」


真っ赤な顔でしゃがみ込む幼馴染と、俺に涙目で抱きついてくる妹。


俺は二人の手を取り、学校へと引きずった。









「またあとでね! サクラさん、私のお兄ちゃんに何もしないでね!」


学校につき、澪が教室に入りながらもサクラを睨む。これは、毎度の光景である。

二人きりになると、サクラが赤い顔をして、俺を見上げてきた。


「……あのー、朝私にしてきたことって、本当に妹ちゃんにしたの……?」

「? うん」


サクラがあっけに取られて目を見開き、俺は責められた気持ちになり焦る。


「そんな……そんなの、妹ちゃんの得しかないじゃん……」

「これに損得ないだろ、別に」


すると、サクラが俺の制服の裾を掴む。


「……なら、私は私なりに得していくから!」


そして、俺の腕とサクラの腕を絡めてきた。

同時に、倍に膨れ上がる殺気の視線!

これ、体育館裏とかで殺されるやつだよ、やべえ!!


「あのさっきから、周りからの視線が痛くてだな……」

「いいの、私のハッピータイムだし!」


もう訳のわからない域に入った……。

サクラの細い白い手は、俺の腕を離そうとしない!

俺は、半ばサクラに引っ張られるようにして廊下を歩く。



『……おにいちゃーっ……!』



と、絶望下の中、廊下をつんざくような絶叫が響いた。

この声は……澪しかない!


「ごめんサクラ、行かないと」

「と、トオルっ?!」


俺はサクラの腕を振りほどき、猛ダッシュで階段を駆け降りる。

もし澪の身に何かあったら……この俺が許さねぇ!!



と意気込んでいると、2人の男子に囲まれる澪を発見した。


「お兄ちゃんっ……! 大変、助けて!」


男子たちに向かってガンを飛ばすと、男子たちは大袈裟なほどにのけぞる。



「……俺の大事な妹に、何の用だ」

「す、すんません……実は俺たち、澪ちゃんのことが気になってて……それで、告ろうとしたら、叫ばれたんです……」


き、気になるだとぉ!!


俺は無意に澪の腕を引き、男子たちから引き離した。


「お、お兄ちゃんーっ!」

「澪は、あいつらのことが好きかい?」


やらせだと知りつつも、俺は澪を抱き寄せながらも聞く。


「う、ううん……。私のほんめ……えっと、ほんめいは、お兄ちゃんだからごめんなさいっ」


よくぞ言った、我が妹よ。


俺は、その場に固まる男子たちを置き、澪を抱き抱えながらも離れる。


そりゃ、澪はモテるだろう。

ビジュもリスのようにかわいらしく、スタイル抜群、声もお墨付きで癒しだ。さらに甘えたさんときた。



……こんな妹、誰にもやる訳ないだろ!!!



「ちなみにだな、澪はこれまでこういう、告白とかはされたのか?」

「ううーん、ハートのシールが貼られた手紙なら50枚くらい受け取ったかもだけど、それ以外はないよー!」



よし。

今日は、澪の身の保全のため、家に避難することにしよう!



俺は回れ右をし、澪を連れて家へ戻る。


こうして、初めて『かわいい妹を守る』という名目の、『学校サボり』を果たしたのだった。



かわいいランク:lv.50

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