第5話 妹vs幼馴染


ばちばちばちばち。



そんな音が聞こえた気がして、俺は恐る恐る左腕の方を見る。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


左腕につかまりながらも、澪が上目遣いで見つめてくる。


と、慌てて右腕へと視線をずらす。


「トオル、しっかり前向かなきゃダメだよ?」


俺の右腕に腕を絡めながらも、サクラが見つめてきた。



……なんだいこれは?


今日の朝、登校しようと思ったら、これだ。


俺、何かしたか? なぜこんなにべったりなんだ?



「サクラさん、そろそろ腕、離したら? お兄ちゃんが嫌がってるよー?」

「そういう妹ちゃんこそ、離したらどう?」


と、たまにばちばちと音が聞こえる。


本当に、何をしたんだ、俺……。







学校に着くと、視線がずさずさと刺さる。


「あのーだな、二人共、そろそろ手を離してもらえると……」


「だって、サクラさん」

「らしいよ、妹ちゃん」


と、全く取り合わない。

ちなみに、澪の新しい制服は、早くても来週になるらしく、今日もかなり際どい格好をしている。


なんとか上履きを履き、澪の教室に着くと、澪はうるうると目をうるませる。


「お兄ちゃぁん、離れたくないぃー」



「お兄ちゃんだと?!」

「やらせか?! やらせなんだな?!」


周りがざわめく。


「い、いい子にしてるんだぞ。休み時間に会いに行くから」

「うぅーー」


10分経っても離れないので、最終的に担任の先生が引き離してくれた。


「ふふー。またね、妹ちゃん?」

「んぎぎぎいぃーっ……」


澪が悔しそうな顔をして、サクラを睨んでいた。


なんなんだ、この状況は!

周りからの視線をまだ浴びながらも、俺は片腕にサクラをつけて教室に入る。


不覚にも、サクラは俺の隣の席だ。


「今日もよろしくね、トオルくん……?」


その破壊力に、俺だけでなく、周りの人たちもノックバックを受ける。

同時に、かなりの敵意を背中に感じたのは気のせいだと信じよう。


さらに、廊下から僅かに響いてくる、俺を呼ぶ澪の叫び声。



……俺の平穏な生活は何処へ??







「では、国語に入る」


なんとか朝の時間を乗り切り、授業が始まった。

俺の超苦手な国語。俺は教科書を立てて、一眠りしようかと考える。


しかし!

授業が始まっても、サクラの席から視線を感じる……!


そして目が合うと、微笑んでくるのだ! なんなんだ?!


困惑していると、不意にサクラの細い手が接近してきた。

そして、1枚のメモを残して離れていく。


『しりとりしようよ』


そう、可愛らしい字で書かれたメモ。

もともとサボる気だった俺からしたら、最高の暇つぶしだ!


俺は、『りんご』と書いてメモを投げる。

すぐに、サクラがシャーペンを走らせる。


『ごりら』

『ランドセル』

『留守』

『すす』


すると、サクラがちらりと俺を見た。

そして、手で覆うようにして何かを書き込む。


そして、急いでメモを回してきた。



『すき』



……???

脳が疑問符で埋まる。


どういう事だ? すき? すき焼きか? それとも……。

サクラの方を見ると、サクラは顔を伏せていた。


すき……好き?


『すきって、好き、でいいのか?』


そういうメモを回すと、サクラが顔を上げ、そして真っ赤になる。


『そう、好き』


しばらくして、メモが返ってきた。


俺は考える。そして、



『キリギリス』



というメモを返す。


「はぁ……?!」


サクラの面食らったような声が聞こえ、俺は首を傾げた。


「なんだ? 『き』じゃないのか?」

「な、なんで……しりとりなのよ……っ!」


いや、そりゃしりとりをしてたんじゃないか、俺たち。

しかし、サクラは怒りと悔しさを顔にうかべている。


「? どうした? 次、『す』だぞ」

「……そういうところが……!」


なにかサクラが言いかけたが、すぐに口を閉じた。

なんだ?



「では次、松岸、音読」


「げっ」

「ふっ……! 女子心を傷つけた罰よ!」


国語の先生が俺を指し、ぎょっとする。

サクラが打って変わって表情を変え、にやにやとする。


くそぉ……こんなこと、前まではなかったのに……!

俺の真面目な生活は吹っ飛んだも同然だ。







お昼。

精神的にぐったりとして、机に突っ伏していると、肩を叩かれた。


「おーにいちゃん、一緒に食べよ!」


澪か。俺は少し顔をあげ、澪を見上げる。


「だいじょうぶ? 体調、悪いの?」

「いや、少し精神が病んでいただけだ。……どうした?」


すると、澪は俺の手を引っ張る。


「今日は、二人で食べよ?」

「ちょっ……妹ちゃん、ダメ、私が……!」


と、サクラが澪に抗議する。

ちなみに、ここは俺の教室だ。当然、敵意をたっぷりと受けている。

が、二人は怯まず争う。


「今日午前中、お兄ちゃんと話せてないのー! 二人がいい!」

「なんでよ! 私だって、二人で……!」


と、澪が俺の左腕を掴み直す。

サクラが、負けじと右腕を掴む。


そして、全力で俺の手を引っ張り始めた?!


「ぐぁああぁあ痛い痛い痛い!!」


「ほら、お兄ちゃんが痛がってる!」

「ほら、トオルが痛いって言ってる!」


肩の関節が悲鳴をあげる。


と、澪に筋トレをさせていたからか、サクラよりも強く引っ張る澪。


とうとう、その勢いに、サクラは手を離してしまう。


「やったあ、お兄ちゃん、一緒に食べよ?」

「くううぅ……っ!」


澪は俺に絡みつくと、悔しがるサクラに手を振る。


「またね、サクラさん!」


俺は、まだふらふらとしたまま、澪に手を引かれるがままに歩く。


「今日は、こう……こうばい……購買で、お弁当にしよ?」

「あぁ……いいよ」


頭肩を回しながらも、俺は頷く。

澪の舌ったらずな感じが、今日もかわいい……!


「じゃあお兄ちゃんは、ここで待っててね?」


澪は俺をベンチに座らせると、しばらくして、一つのお弁当を買ってきた。


「……おい、一つしか買ってないじゃないか」

「あっ……う、うん、ひとつしか、残ってなかったのっ!」


目を彷徨わせながらも澪はそういい、急いで俺の膝に座った。

お弁当が売り切れるなんてこと、これまでになかったが……?


「って事で、一緒に食べよう?」


そういうと、澪は卵焼きをお箸で挟み、俺の口に近づけ、


「はい、あーん?」


思考よりも先に行動で、口が開く。

澪が嬉しそうに微笑んで、俺にもたれた。


「おいしいー?」

「あぁ、おいしいよ」

「ねぇ、次はお兄ちゃんの番だよ? あーん、して!」


澪は犬のように目を輝かせて俺を見る。

しっぽが生えていたなら、きっとぶんぶんと振っている。


「はいはい」

「ダメ、あーんって、ちゃんと言って!」


俺が澪の口に唐揚げを入れようとすると、澪が首をぶんぶんと振る。


「あ……あーん……」

「んー!!」


唐揚げを口に含み、澪は幸せそうにして笑う。

とにかくかわいい。仕草のどれもが癒しだ。


その勢いのまま、俺は大半を澪に『あーん』する。


「ごちそーさまでしたぁ……お兄ちゃんがくれたから、美味しかった!」


そういうと、澪はベンチに横になり、膝に頭を乗せた。


「おい、ここでそれは……」

「ねむーくなっちゃって……ちょっとだけー……」


そうふにゃりと言うと、澪は寝息を立て始める。

俺の前を通る人たちが、赤い顔をして去っていく。


やべ……めっちゃ目立ってるじゃないか……。


「おにいちゃん、まわりなんて気にしなくていーの……私のことだけかんがえてて……」


寝言のようにして、澪が囁く。

俺は、そっと澪の頭を撫でる。


「ん……おにいちゃん、だぁいすき……」

「俺も……」


そこまで言いかけ、俺は口をつぐむ。


……俺の、澪に対しての『好き』は、家族愛……だよな?

実の妹に、恋愛感情なんて……ないよな?


わからない。

でも、澪への『好き』が溢れ出す。


俺は思考を無理やり断ち、ただひたすら、澪のかわいい寝顔を見つめていた。




かわいさランク:lv.15

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