第5話 妹vs幼馴染
ばちばちばちばち。
そんな音が聞こえた気がして、俺は恐る恐る左腕の方を見る。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
左腕につかまりながらも、澪が上目遣いで見つめてくる。
と、慌てて右腕へと視線をずらす。
「トオル、しっかり前向かなきゃダメだよ?」
俺の右腕に腕を絡めながらも、サクラが見つめてきた。
……なんだいこれは?
今日の朝、登校しようと思ったら、これだ。
俺、何かしたか? なぜこんなにべったりなんだ?
「サクラさん、そろそろ腕、離したら? お兄ちゃんが嫌がってるよー?」
「そういう妹ちゃんこそ、離したらどう?」
と、たまにばちばちと音が聞こえる。
本当に、何をしたんだ、俺……。
☆
学校に着くと、視線がずさずさと刺さる。
「あのーだな、二人共、そろそろ手を離してもらえると……」
「だって、サクラさん」
「らしいよ、妹ちゃん」
と、全く取り合わない。
ちなみに、澪の新しい制服は、早くても来週になるらしく、今日もかなり際どい格好をしている。
なんとか上履きを履き、澪の教室に着くと、澪はうるうると目をうるませる。
「お兄ちゃぁん、離れたくないぃー」
「お兄ちゃんだと?!」
「やらせか?! やらせなんだな?!」
周りがざわめく。
「い、いい子にしてるんだぞ。休み時間に会いに行くから」
「うぅーー」
10分経っても離れないので、最終的に担任の先生が引き離してくれた。
「ふふー。またね、妹ちゃん?」
「んぎぎぎいぃーっ……」
澪が悔しそうな顔をして、サクラを睨んでいた。
なんなんだ、この状況は!
周りからの視線をまだ浴びながらも、俺は片腕にサクラをつけて教室に入る。
不覚にも、サクラは俺の隣の席だ。
「今日もよろしくね、トオルくん……?」
その破壊力に、俺だけでなく、周りの人たちもノックバックを受ける。
同時に、かなりの敵意を背中に感じたのは気のせいだと信じよう。
さらに、廊下から僅かに響いてくる、俺を呼ぶ澪の叫び声。
……俺の平穏な生活は何処へ??
☆
「では、国語に入る」
なんとか朝の時間を乗り切り、授業が始まった。
俺の超苦手な国語。俺は教科書を立てて、一眠りしようかと考える。
しかし!
授業が始まっても、サクラの席から視線を感じる……!
そして目が合うと、微笑んでくるのだ! なんなんだ?!
困惑していると、不意にサクラの細い手が接近してきた。
そして、1枚のメモを残して離れていく。
『しりとりしようよ』
そう、可愛らしい字で書かれたメモ。
もともとサボる気だった俺からしたら、最高の暇つぶしだ!
俺は、『りんご』と書いてメモを投げる。
すぐに、サクラがシャーペンを走らせる。
『ごりら』
『ランドセル』
『留守』
『すす』
すると、サクラがちらりと俺を見た。
そして、手で覆うようにして何かを書き込む。
そして、急いでメモを回してきた。
『すき』
……???
脳が疑問符で埋まる。
どういう事だ? すき? すき焼きか? それとも……。
サクラの方を見ると、サクラは顔を伏せていた。
すき……好き?
『すきって、好き、でいいのか?』
そういうメモを回すと、サクラが顔を上げ、そして真っ赤になる。
『そう、好き』
しばらくして、メモが返ってきた。
俺は考える。そして、
『キリギリス』
というメモを返す。
「はぁ……?!」
サクラの面食らったような声が聞こえ、俺は首を傾げた。
「なんだ? 『き』じゃないのか?」
「な、なんで……しりとりなのよ……っ!」
いや、そりゃしりとりをしてたんじゃないか、俺たち。
しかし、サクラは怒りと悔しさを顔にうかべている。
「? どうした? 次、『す』だぞ」
「……そういうところが……!」
なにかサクラが言いかけたが、すぐに口を閉じた。
なんだ?
「では次、松岸、音読」
「げっ」
「ふっ……! 女子心を傷つけた罰よ!」
国語の先生が俺を指し、ぎょっとする。
サクラが打って変わって表情を変え、にやにやとする。
くそぉ……こんなこと、前まではなかったのに……!
俺の真面目な生活は吹っ飛んだも同然だ。
☆
お昼。
精神的にぐったりとして、机に突っ伏していると、肩を叩かれた。
「おーにいちゃん、一緒に食べよ!」
澪か。俺は少し顔をあげ、澪を見上げる。
「だいじょうぶ? 体調、悪いの?」
「いや、少し精神が病んでいただけだ。……どうした?」
すると、澪は俺の手を引っ張る。
「今日は、二人で食べよ?」
「ちょっ……妹ちゃん、ダメ、私が……!」
と、サクラが澪に抗議する。
ちなみに、ここは俺の教室だ。当然、敵意をたっぷりと受けている。
が、二人は怯まず争う。
「今日午前中、お兄ちゃんと話せてないのー! 二人がいい!」
「なんでよ! 私だって、二人で……!」
と、澪が俺の左腕を掴み直す。
サクラが、負けじと右腕を掴む。
そして、全力で俺の手を引っ張り始めた?!
「ぐぁああぁあ痛い痛い痛い!!」
「ほら、お兄ちゃんが痛がってる!」
「ほら、トオルが痛いって言ってる!」
肩の関節が悲鳴をあげる。
と、澪に筋トレをさせていたからか、サクラよりも強く引っ張る澪。
とうとう、その勢いに、サクラは手を離してしまう。
「やったあ、お兄ちゃん、一緒に食べよ?」
「くううぅ……っ!」
澪は俺に絡みつくと、悔しがるサクラに手を振る。
「またね、サクラさん!」
俺は、まだふらふらとしたまま、澪に手を引かれるがままに歩く。
「今日は、こう……こうばい……購買で、お弁当にしよ?」
「あぁ……いいよ」
頭肩を回しながらも、俺は頷く。
澪の舌ったらずな感じが、今日もかわいい……!
「じゃあお兄ちゃんは、ここで待っててね?」
澪は俺をベンチに座らせると、しばらくして、一つのお弁当を買ってきた。
「……おい、一つしか買ってないじゃないか」
「あっ……う、うん、ひとつしか、残ってなかったのっ!」
目を彷徨わせながらも澪はそういい、急いで俺の膝に座った。
お弁当が売り切れるなんてこと、これまでになかったが……?
「って事で、一緒に食べよう?」
そういうと、澪は卵焼きをお箸で挟み、俺の口に近づけ、
「はい、あーん?」
思考よりも先に行動で、口が開く。
澪が嬉しそうに微笑んで、俺にもたれた。
「おいしいー?」
「あぁ、おいしいよ」
「ねぇ、次はお兄ちゃんの番だよ? あーん、して!」
澪は犬のように目を輝かせて俺を見る。
しっぽが生えていたなら、きっとぶんぶんと振っている。
「はいはい」
「ダメ、あーんって、ちゃんと言って!」
俺が澪の口に唐揚げを入れようとすると、澪が首をぶんぶんと振る。
「あ……あーん……」
「んー!!」
唐揚げを口に含み、澪は幸せそうにして笑う。
とにかくかわいい。仕草のどれもが癒しだ。
その勢いのまま、俺は大半を澪に『あーん』する。
「ごちそーさまでしたぁ……お兄ちゃんがくれたから、美味しかった!」
そういうと、澪はベンチに横になり、膝に頭を乗せた。
「おい、ここでそれは……」
「ねむーくなっちゃって……ちょっとだけー……」
そうふにゃりと言うと、澪は寝息を立て始める。
俺の前を通る人たちが、赤い顔をして去っていく。
やべ……めっちゃ目立ってるじゃないか……。
「おにいちゃん、まわりなんて気にしなくていーの……私のことだけかんがえてて……」
寝言のようにして、澪が囁く。
俺は、そっと澪の頭を撫でる。
「ん……おにいちゃん、だぁいすき……」
「俺も……」
そこまで言いかけ、俺は口をつぐむ。
……俺の、澪に対しての『好き』は、家族愛……だよな?
実の妹に、恋愛感情なんて……ないよな?
わからない。
でも、澪への『好き』が溢れ出す。
俺は思考を無理やり断ち、ただひたすら、澪のかわいい寝顔を見つめていた。
かわいさランク:lv.15
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