第4話 幼馴染と妹
504号室。見慣れた番号。幼馴染のサクラの家。
家の前に立ち、俺は深呼吸をする。
そして、ゆっくりとドアフォンを鳴らした。
「……はい」
か弱い声がし、すぐにサクラだと分かった。
「……サクラ。俺だよ、トオル」
「それと、澪ですっ」
空気が強張り、ぷつんとドアフォンが切れる。
「……ムシされた?」
「…………」
心臓を抑えながらも待つこと数十秒、サクラがドアの隙間から、ピンクベージュの瞳を覗かせた。
「あ……サクラ。あの、話したいことがあってな……」
すると、サクラが目を強張らせた。俺は負けじとサクラを見つめる。
やがて、サクラが口を開いた。
「……トオルと二人きりなら、いいよ」
サクラはちらりと澪を見る。そのサクラの目は赤くなっている。
もしかして、泣いたりしたのだろうか。
「なんで私、仲間はずれなのー!! ずるいー!!」
案の定、澪が俺の腕をつかんで喚いた。
「……澪。先に家に戻っておいてくれ」
「おにいちゃっ…………」
澪が、突き放されたような、傷ついた顔になる。
「話し終わったら、すぐ帰るよ」
「うぅ……お、にいちゃんのっ……ばかぁ……っ!」
澪が目を潤ませ、顔をゆがめる。
そして、俺の手にすがろうと、手を伸ばしてきた。
俺も、つい手を伸ばそうとする。
が、サクラに手を引かれ、二つの手は空振ったまま、離れた。
「おにいっ――」
がちゃん、と扉が閉められる。
俺はサクラに抗議しようと振り返った。
途端に、サクラが、俺に抱きついてきた。
「サクラ……!?」
「……わた、私、寂しかったの。ずっと、一緒にいたのに……トオルから一番近いのは私だと思ってたのに……」
サクラは、頭を俺に当てて、嗚咽を漏らした。
「なのに、妹ちゃんが現れた瞬間、私たちの距離は離れて……それは、嫌なの! トオルにとっての一番がいいの!」
そのまま、サクラが俺をソファに押し倒す。
銀色の髪が、さらさらと肩を伝った。その輝きに、俺は息を詰めた。
「それは……サクラが、俺のことを……?」
「ち、違う! そういう意味じゃ……いや、えっと……」
サクラが、俺の上に乗ったまま、唇を噛む。
この癖は、幼いころから変わらない。悔しかったり、悩んだりするときに、サクラはこうする。
「その……私が、幼馴染として一番になりたい、というか……」
「幼馴染はサクラ一人だが」
「いや……同じマンション内の同級生で一番に……」
「このマンションの同級生はサクラ一人だが」
「んんぁあぁあー!」
サクラは俺をぽすぽすと殴る。そういう仕草も昔から変わらない。
「とにかくっ……私、妹ちゃんに負けないから! 覚悟してて、ってこと!」
そういうと、サクラは俺から離れ、ソファーに座った。
……サクラの言った事は訳が分からないが、とりあえずそのまま澪に伝えよう、と思った。
「それで? 結局、何を話にきたの? 妹ちゃんとキスしてたこと? 違うの?」
サクラが俺を軽く睨み、俺はサクラの隣に慌てて座る。
「それは誤解だ! あれは、その……ポッキーが……」
「ポッキー!? まさか、ポッキーゲーム、とか?」
ハイ。ソノトオリデス。
サクラは俺の反応に唇をゆがませ、そして、何かを思いついたように立ち上がった。
「じゃあ、私も、トオルとしたいことがあるんだよねー?」
そして、冷蔵庫から、裂けるチーズを持ってくる。
「ねぇ、一緒に、チーズゲーム、しよ?」
なんじゃそりゃ。チーズゲーム?
サクラは目を細め、嬉しそうにする。
「別に、妹ちゃんとやましい気持ちでやったんじゃないんでしょー? なら、私とだって、できるよね? チーズゲーム。ポッキーゲームよチーズ版」
謎理論……!
しかし、疑われるのも癪に障るため、俺は避けるチーズの端をおとなしく咥える。
サクラも、ぱくっと端を咥えた。
お互いにちびちびと進める。桃色の瞳が、だんだん近づいてくる。
「負けないよ?」
「俺こそ」
しかし、残り1センチでも、第二の俺は現れなかった。
むしろ、これはまずいんじゃないのか、話した方がいいんじゃないか、という概念に囚われる。
気づいたら、俺はチーズから口を離していた。
「えぇ?! 私の勝ち?!」
サクラが目を丸くした。
「あ、あぁ。そうだ」
サクラが、悔しそうに俺を眺めた。
「妹ちゃんとやってた時、トオル、めっちゃ攻めてたのにー……」
「いやっ、ま、まさか」
俺は気づかれまいと、急いで立ち上がった。
「そのだな、澪を待たせてるし、そろそろ帰る……っっっ?!」
と、サクラが俺を抱きしめ、頬に顔を寄せてくる。
そして、かわいい唇を、ちょん、と俺の右頬に触れさせた。
「これは、宣戦布告! と、トオルは、私のものにするから!」
そう言い、サクラは慌てて離れ、手を振る。
「また明日!」
「お、おう、また明日」
俺は逃げるようにしてサクラの家を出た。
てか、サクラ、本当に俺のことが好きそうな態度するじゃないか……誤解させるなよ……。
先程触れられた右の頬を手で覆う。
キスなんて……サクラのやつ、好きな人に取っておけばよかったのに……。
なんて思いながらも、俺は家に着き、ドアを開いた。
「ただいまー、澪、帰ったぞ」
返事がない。
俺は心配になり、急ぎ足でリビングへと向かった。
そこには、ソファーに顔を押し付けて、泣いている澪がいた。
「澪?! どうした!!」
「いやっ……おにいちゃ、嫌いっ……」
俺が澪に触れようとすると、澪は勢いよく俺の手をはらった。
それで、どれだけ澪が傷ついたのかが伝わってくる。
俺は、澪に避けられるのを覚悟で、強く澪を抱きしめた。
「おにい……っ、いやだ、はなしてっ……」
「澪が泣き止むまでこうしてる」
澪は声を上げて泣き始めた。
「お兄ちゃんのバカっ……なんで、一人にしたのっ……ひどい、ずるい、ずるい」
俺はただ澪を受け止める。
「もう、許さないんだからっ……」
「……どうしたら許してくれる?」
すると、澪は涙が残る目で、俺の顔を見る。
「……お兄ちゃんが、二度と私を一人にしないって言ってくれたら、許す……」
「これからも俺たちは一緒だ。寂しい思いなんてさせない」
すると、ようやく澪は俺に体重をかけ、体を預けた。
「約束だからね? 一人にしないでね? サクラさんばっかかまっちゃダメだからね?」
「あぁ。……あ、そういや……」
俺は、先程サクラから言われたことをそのまま澪に伝えた。
その瞬間に、敵意と共に頬を膨らます澪。
「やっぱり、らいばるじゃん!! サクラさんなんか、嫌いー! お兄ちゃんは、私のものーっ!」
そういうと、澪は、俺の左の頬に、勢いよく唇を当ててきた。
「せんせんふこく、なんだから!! お兄ちゃんは、私のものだからね!」
俺は、両方の頬を手で覆う。
左が妹、右が幼馴染。
一体、どういう風の吹き回しだ……。
全く訳が分からない。
「お兄ちゃん、だいすきっ!!♡」
しかし一つ分かることは。
今日も俺の妹はかわいい、ということだった。
かわいさランク:lv.10
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