第54話 そして、聖女も賢者も居なくなった

水上静香は、平城綾子が心配だった。


よく考えたら《魔法を教わる前》に城から出て行った記憶がある。


自分が居る間は手を出さないかも知れないが、出て行ったらどうなるか?


早くても数年は帰って来ない。


多分、元通りになるかも知れない。


だったら、自分が一番影響を与えることができる教会に移せば良い。


そう考えた。


それなら、まずは身柄の確保に行かなくちゃ。


そう思い、アカデミーに向った。



「おや、聖女様、如何なさいましたか?」


可笑しい、ついこの間の事なのに、なんで平然としてられるのかしら。


「平城さんに会いたいんだけど?」


「ああっ平城なら此処には居ませんよ」



頭の中が暗くなった。


恐らく、私なんかが手の届かない何処かに連れ去られたんだ。


「平城さんの居場所を教えなさい...何かしてたら許さない」



「怒らなくてもお教えしますよ」


「さっさと教えなさい」



「はいはい...あっそれと聖女様、平城の事は示談が成立していますから、もう文句は言えませんよ、ですが、良いですねあんた達は、誰かが介入したんですか? 私達は全員命は助かりましたが、罰則で給料4割カットで暫く家には帰れません、ハァ~上のいう事を聞いただけなのに暫くは地獄ですよ」



良く見ると、薄っすらと隈が出来ている。


私と揉めたから、枢機卿辺りが動いてくれたのかも知れない。



「それで何処にいるの?」


「礼二様が引き取られました」



この間の男の所だ。


もしかして、あの男は...凄く女癖が悪い奴だったのかな。


三浦さんや湯浅さんは仕方ない...あの体じゃ1人で生きていけない。


だから、世話する人が必要だ。


しかも、かなり性格が可笑しくなっていたが、2人が彼を好きなのは解った。


奥に隠れていた女の子を含んで3人も愛人がいる可能性が高い。



それなのに又1人加えようと言うの。


良い人なのかも知れないけど...女たらしだ、女たらしに違いない。



まぁ、あれだけのイケメンだから仕方ないのかも知れないけど、釘止め位はした方が良いだろう。


そう思い、再び彼の家に突入した。



「いらっしゃい」


「ちょっと上がるわね」


彼を押しのけ上がらせて貰った。


そこで私が見た物は...


「何でカレー南蛮を食べているのよ?」


美味しそうにカレー南蛮を食べている平城綾子だった。


「水上さん、どうしたの?」


何がなんだか解らなくなった。




【礼二SIDE】



2~3日は平城さんに休ませてあげようと考えダラダラする事にした。


丁度、お昼になりあらかじめ、朝頼んでいた出前が届き、皆で食べていた。


しかし、出前は不便だ。


日本と違い、電話が無いから誰かが頼みに行かないとならない。


電話が欲しいな...



ドアがノックされたから開けたら、そこに居るのは水上さんだった。


僕がドアを開けて挨拶をすると、その横を「ちょっと上がるわね」と言って強引に部屋に入っていった。


僕は何か悪い事でもしたのか? 少し表情が怖い。



そこで水上さんは平城さんを見つけて驚いていた。


「何でカレー南蛮を食べているのよ?」


「水上さんどうしたの?」


可愛らしく平城さんが首を傾げた。



そして...



「嘘でしょう? 何で天丼に中華丼にカツ丼があるのよ...可笑しいわ」


ちなみに、僕とサナが中華丼、三浦さんがカツ丼、湯浅さんが天丼を食べている。


しかし、平城さんはカレーが本当に好きなんだな、今日はカレー南蛮だ。



「これはですね、くくり姫様を信じているからこそ起こる奇跡なのよ」


「そうなんですよ、くくり姫様からの恩恵ですね」


「ちょっと待って、三浦さん、湯浅さん、それはどういう事なの?」


《この部屋を見た瞬間から違和感があった...いまそれに気がついた、この部屋の中の物は多分日本製の物ばかりだ、この世界の物は殆ど無い、パナビニックにカエレヤ、日本のブランドじゃない》


「「詳しくは礼二様に聞いて下さい」」



水上さんが僕の方を見ている。


結局丸投げじゃないか....



僕はまた《迷い人》の話をして、今現在どんな恩恵があるのか? 逆にどんなデメリットがあるのか話した。



「魔物に襲われなくなるの?」


「うん、だけど熊や猪に襲われたら普通に死ぬよ」



「こんな風に日本の物が買えるの」


「その代わり、異世界の物が手に入りにくくなるよ」



《後でこんな筈じゃ無かった》そう言われない為に悪い事中心に話した。


水上さんは聖女、この世界で凄く優遇された存在。



魔王に勝てさえすれば、僕らと違い、最高の幸せが貰える。


そう考えたら態々こちらに来る事はない。



「だったら、私も迷い人になるわ、女神への信仰を捨てれば良いのね」


「そうだけど」


「だったら捨てるわ」



そういうが、僕の目の前に《日本に括りますか》の文字はなかなか現れない。


水上さんは聖女そう簡単にはいかないのかも知れない。



「ごめん、多分水上さんは女神への信仰が捨てきれていないと思う」


「そんな...」


泣きそうな顔で水上さんは飛び出していった。





【水上さんSIDE】



羨ましかった。


死の運命も関係なく、笑っていられる生活...


あそこは本当の意味での天国だった、あそこに加われるのなら何でもしたい、そう思う位に。


あそこのリーダーの礼二さんは凄く大人だ。


そして凄く優しい人だ、たらしなんかじゃない。


解ってしまった。


三浦さんも湯浅さんも最初会った時から凄く綺麗だった。


平城さんと違って、2人は腕が無い、だったら誰がそれをしているんだ、考えたら彼ともう一人の女の子しか居ない。


確かに二人は凄く可愛い、だが此処は異世界だからエルフも居る、普通ならそっちを選ぶだろう。


だが、礼二さんは2人を選んだ...そこには介護も含まれる。


お婆ちゃんが自宅介護の時にオムツを変えたことがあったが嫌で仕方なかった。


お風呂に入れるのも一苦労だった。


私は偶に手伝うだけなのに、それでも嫌だった。


髪は綺麗だし手入れが行き届いていた。


あんな、綺麗な男性が世話してくれるなら、惚れるのは当たり前だ。


平城さんにしても、もう一人の女の子も彼をチラチラ見ていた。



解る気がする。


祥吾なんかと違う《本物の美少年》なんだから。


祥吾が幾らカッコ良いと言っても、芸能人の中を漁れば、幾らでもそれを越える美形は頭に浮かぶ。


だが、礼二さんより綺麗な人って言われたら《だれも頭に浮かばない》


ヤバイ、彼は私の理想の男性だった。


少なくとも外見だけは、そうだ...


本物の美少年...平和な生活、全て諦めきれない。



私は教会に走った。



【再び礼二SIDE】


ドアが再びノックされた。


可笑しいな此処に来るような人間は居ないん筈だけどな...


ドアを開けると其処に居たのは水上さんだった。


「どうしても、試したい事があったの、もう一度チャンスくれないかな?」


何か思い詰めている気がする。


「うん、良いよ、あがって」


水上さんは何かを袋一杯持って来ていた。



湯浅さんも三浦さんもサナも僕も水上さん座って見ていた。


何だか、かくし芸を見ている...そんな感じだ。



「ジャジャジャジャーン...女神イシュタスの絵画ぁ~」


何をするんだ。



「水上静香...女神イシュタスの絵画を踏みます...このこのこのこのっ」


昔のキリシタン狩りを思い出す..



「「「「おおーーーっパチパチパチ」」」」



此処にはイシュタスが嫌いな人間しかいない。


だから思わず、声援と拍手をしてしまった。



「女神イシュタスの像~っ」


水上さんはイシュタスの像を手にすると手足をもぎ取り足で踏みつけ始めた。


「死ね死ね死ねしねーーーーっハァハァゼイゼイ」


「「「「おおおーーーっ凄い」」」」




「ジャジャジャジャーン 聖書ーーっ」


今度は聖書を破り始めた。



凄いな、この世界で本来は一番信仰が厚い筈の聖女が女神像を壊し、絵を踏みつけ聖書を破る。


多分、教皇や司祭が見たら気絶するんじゃないかな?




「うん合格だよ、迷い人の世界にようこそ!」


「本当....ありがとう」



実は絵画を踏み始めた辺りから既に《日本に括りますか》という表示は出ていた。


だけど、つい面白いから見続けてしまっていた。



「「「「良かったね、これで仲間だよ」」」」



だけど、これで大丈夫なのかな。



聖女に賢者が居なくなっちゃったけど、もう魔王に勝てないんじゃないかな。


まぁどうでも良いけどさぁ。


ある意味、女神も困るんじゃないか。


まぁ、それは僕にとっては凄く喜ばしい。



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