群青
芥山幸子
第1話
この日は夏日になると予想されていた。いつも通りの田舎の緑と無人駅。体勢を動かす度にギ、と簡素な音を立てるベンチで列車を待っていると、同い年くらいの少女が一人分空けた隣に座った。
知らない制服だった。洗練されながらも古めかしさもある、青色のセーラー服を彼女は着ていた。
「暑くないの」
「長袖?」
「そう」
「……暑いよ。もう着たくはない」
暑さにじわりと溶かされた脳でそう話しかける。目線は前を向いたままだった。
「群青日和、好きなんだよね。」
今日はなんとなく夏期講習もサボってしまいたい気分だったし、たまには付き合ってあげようか。君は音楽プレイヤーを取り出すとイヤホンの片方をこちらに差し出した。
椎名林檎の癖になる歌い方に、画面の東京事変という文字に懐かしさを覚えながら聴く。目を閉じているとより歌詞が染み渡っていく。
__演技をしてるんだ。貴方だってきっと、そうだ。
「…あ、もう行かなきゃ」
「君から誘ったんじゃん」
「そうだったんだけどね」
膝に乗せていたハンドタオルを鞄にしまい、スカートを軽く払う。せっせと身支度をすると、おもむろに立ち上がった。
「…相変わらず気まぐれだなぁ、涼香は」
君が振り返る。ぼやけていても、その目は寂しさを帯びてるような気がした。
「背、伸びたね」
「一年経つからね」
「もうそんなに?」
「懐かしいね」
噛み合っているような噛み合っていないような、そんな会話をする。
『間もなく列車が到着します。』
しばらく見つめ合っていたけれど、時間は待ってはくれない。風圧でふわりと涼香の髪をなびかせると鈍い音を立てて電車のドアは開いた。喉になにかが引っかかったまま、その背中を見送る。
「__も肩の力抜きなよ」
聞き取れない名前。そして微笑んで優しい言葉を紡ぐ。久しぶりに見た君を彩る背景はどこまでも淡い群青色だった。
瞬間、この身を攫ってしまいそうに強い風が吹き思わず目を細める。
次第に落ち着いて、目を開けると、もうとっくに電車はいなかった。
目の奥を涙のようなものが熱く滲んで、一瞬でそれを夏の暑さのせいだと思い込んでしまえる程、感情と共に凪のように引いていく。そして、ぽっかりとした感覚だけが胸に残った。
最後に生きてる君を見たのもこの季節だった。私立の中学を受けるためこの田舎から引っ越して行った君が自殺したと聞いたのは、同じ年の寒い冬の季節だった。
一緒に過ごしたのはたったひと夏のことだったのに、夏が来る度に現れて消えて行く彼女の幻に縋って、そんな現実を平気だと演技をしている。
胸いっぱい息を吸い込んで、大きく広がる空を見上げた。
もう大丈夫だ。もう何も残っていない。覚えてもいない。だからその名を聞かなくて良かったと心底思う。
「……だから、もう安心して。早くあの世へ消えてよ」
滲んだ声が消える頃には、切なくヒグラシが鳴いていた。
群青 芥山幸子 @pecori_
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