需要と供給

牛尾 仁成

需要と供給

 ”スイッ〇、在庫あります”


 そんな広告がネットの片隅であがる。光るに群がる蛾のように客はその明らかに定価より割高な商品が掲載されたECサイトに群がる。出品者の名前は『M・Uchida』と表示されていた。どこにでもいて、どこでも起きるような現象であったが、ウチダのサイトは少し変わった部分もある。


 ある一部の商品については、その価格表示が『要相談』となっているのだ。一見するとこれは要するに金に余裕のありそうな奴にはもっと吊り上げた価格で売りつけたい、という逞しすぎる商魂の現れなのか、と思うかもしれない。しかし、そうではないのだ。価格が『要相談』となっている商品について、購入した人物があるつぶやきをネットの世界に残していた。


「金が無くても売ってくれた! 超便利だよ」


 このような内容の書き込みが出始めると、ただ一方でこんな書き込みも残されている。


「払う代償がヤバすぎる。絶対割に合わないから止めておいた方がいいぞ」


 払う対価について、奇妙な食い違いを見せる中、商品についても謎が残るモノも多かった。


 ”海で拾った空き瓶” ”ミンミンゼミの抜け殻” ”自由研究”等と言った、どこかのフリマアプリとかで売られているような商品から、”不動産投資でボロ勝ちした人生”や”自己破産した人間の思考”、”相対性理論を原文で理解できる能力”等のそれは商品なのかと言いたくなるような商品までラインナップに入っていたのだ。


 さて、この奇妙な商品を扱うウチダという謎の人物。インターネットという匿名性の高い世界でしか活動が確認されていないが、こういった商品をどうやって受け渡すのだろうか。特に、人生だとか思考と言った、実体のない商品はどうしているのか。これを証言したつぶやきが残っていた。


「なんか購入してみたら、メールが送られてきて、それを読んだら本当にこの世の全ての米の味が判別できるようになってたんだわ」


 どういうメールなのか、ということで大いにSNS上では盛り上がったのだが、何故かそういうメールの原文は上がってこなかった。スクショやプリントスクリーンなど、果てには画像を移そうとカメラなどで直撮りしようとしてもなぜか「できない」ということだけが報告されている。


 SEやプログラマーと言った人々がこれを解析しようと試みたが、尽く失敗したという。中身を見ても、どこにも不審な点は無いのだと言う。単純に、人に見せたり記録を取得しようとすると必ず電子機器が不調に陥る、ということのみが伝わっているわけだ。


 こんなエピソードが残されている。このウチダのサイトでサービスを購入した人物がインターネットの生配信でメールの確認を生配信しようとした時のことだ。その購入者がメールを開いた瞬間、配信していたサーバーが落ちるという現象が発生し結局本人以外確認できなかった、記録されている。


 こういう下手な都市伝説になりそうな記録ばかりに目が行きがちだが、実はもう一つ面白いデータが残っている。話が戻るが売り方が奇妙なら、扱う商品も奇妙だ。では、どうやってその商品を仕入れているのだろうか。ただの転売ヤーなら店頭から買い占めればいいだけだが、そもそもモノですらないものは売りようがない。ただ、この時期社会的に成功したと言われている人や、特殊な才能、奇妙な境遇にあったと言われる人々が、突然その人生を至って平凡な道へと移ったというのだ。


 株で成功した人間が、全株式を手放してただの勤め人になったり、世界中で公演をする音楽家が実家の個人商店を継いだり、等だ。それだけならもちろん個人の自由の問題だから、たまたまそういう道を選ぶ時期だったと言えるかもしれない。だが、その人々が人生の岐路を選んだ時期とこのサイトでその人々のステータスや境遇が商品として並んでいた、ということを知っている人間は少ない。彼ら、彼女らの人生の転機から彼らと同じようなステータス、境遇で活躍する人材が別に現れていることを知っている者も多くはない。


 これらが意味するのは何か。それは即ち、人生の転売だ。誰かにとって価値のあるモノも、誰かにとっては価値が無い。社会的に成功している人間が必ずしも自身のステータスを必要としているとは限らない、ということだ。だからウチダはこの需要と供給に目を付け、それを商品とした。どういう手法かは未だに謎であるが、少なくともこのサイトの出現から、社会の人材流動は世界的に激しくなったと主張する学者もいる。 


 少なくともそういった商品を扱っていたという記録だけは確認できるため、これを入手する対価というのもそれに類することなのは想像に難くない。

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需要と供給 牛尾 仁成 @hitonariushio

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