第212話 極限の集中
【アンチマジック】の練習を開始して、今日は十一日目。
つまり、二週間の自由時間の最終日である。
本来の予定では魔法の練習は九日で止めるつもりだったのだが、九日時点で習得まであと少し感覚があったため、延長して最終日までもつれ込んでしまっている状態。
その最終日である今日も、残り二時間ほどで日が落ちてしまう状況なのだが……俺は未だに【アンチマジック】の習得には至っていない。
「ほれ! 休んでないで次の魔力の準備にかかるんじゃ!」
「分かってる。魔法を使ってくれ」
「いくぞ。【ファイアーボール】」
【魔力感知】【知覚強化】の二つのスキルを発動。
ゴーレムの爺さんが【ファイアーボール】の詠唱を始めたと同時に、手に集まる魔力の量と質の両方を瞬時に判断し――詠唱が終わる前に魔力の塊をぶつける。
ゴーレムの爺さんの魔法練度が高いというのもあるだろうが、詠唱から魔法の発動まで約四秒ほど。
短縮詠唱なるものも用いているらしく、あっという間に詠唱が完了し魔法が発現する。
しっかりと魔力を見て調整するなんてことをやっている暇はなく、このぐらいだろうという感覚だけで魔力を練り込み放たないといけないのだ。
そのスピード感に最初は習得は不可能だと感じていた【アンチマジック】だが、徐々にコツを掴んで形になり始め、あと一歩で習得できるというところまできた。
絶対に後二時間の間に、完璧にモノにしてやる。
「アンチマジック」
「コレッ! 魔力の質が甘いわい! 次行くぞ!」
それから更に約一時間半。
ボール系の初級魔法を次々に放ってもらい、【アンチマジック】で打ち消すという練習をこなし――俺はとうとう魔力の質を真似るコツを掴むことができた。
魔力の質を合わせるにおいて一番大事なのは、自分自身を一切出さないことだ。
俺はこれまで使っていた【魔力感知】【知覚強化】に加え、【生命感知】【聴覚強化】【知覚範囲強化】の三つの感知系スキルを発動。
合わせるのは魔力だけでなく、息遣いから細かな動作まで全てを合わせる。
流れる魔力から、詠唱に合わせて手のひらに集まる魔力を感じ取り――。
「【アンチマジック】」
「ファイアーボール……?」
完璧な感触で放った俺の魔力塊は、ゴーレムの爺さんにぶつかった瞬間にぐにゃりと溶け込み、発動しかけていた【ファイアーボール】と打ち消し合って完全に消失した。
――よしっ。よっしゃ!!
初めての【アンチマジック】の成功に、ガッツポーズで握った拳の力も強くなる。
…………落ち着け。喜ぶのはまだ早い。
この感覚を逃さない内に、次の【アンチマジック】を試したい。
俺は爆発する喜びをなんとか抑え込み、次なる魔法を放ってもらおうとゴーレムの爺さんの方を見たのだが、爺さんはというと魔法を放とうとしていた右手を見たまま固まっていた。
「……? おい、爺さん。何か体に変化でもあったのか?」
動かないゴーレムの爺さんにそう声を掛けたが、それでも返事をせずに固まったまま。
もしかして、【アンチマジック】による思わぬ別の弊害が出たとかか?
俺は真ん前まで近づいて爺さんの様子を確認しに向かったが、体に異変があるようには見えない。
……耳元で大声を出してみるか。
「おいっ、爺さん! 聞こえているか!?」
「ぬわっ! なんじゃ!! 耳元で大声だしおって!!」
俺が大声を発した瞬間に、ゴーレムの爺さんは体を跳ねらせてから動きだした。
この様子を見る限り、何か異変があった訳ではなさそうだな。
「声掛けたのに返事しないから大声だしたんだよ。現に俺が近づくのにも気づかず呆けていただろ」
「考え事をしていただけで聞こえておったわい!」
「なら、とっとと返事しろよ。……それで、魔法の方はどうだったんだ? 成功したでいいのか?」
俺がそう尋ねると、また手のひらを見て固まったゴーレムの爺さん。
一体、この時間は何の時間なんだ。
時間も残り僅かだし早く次なる練習をしたいため、俺はまた声を掛けようとしたが……俺が声を発する前に爺さんは話を始めた。
「恐らく成功と言っていいと思うぞ。ただ、ワシが思っていたのとは違った形で少し困惑しておる」
「恐らく……? 思ってたのと違った形……?」
「まず、【アンチマジック】はメルキロウヒ様の造ったゴーレムが扱う魔法なんじゃ。本来の【アンチマジック】は、放大な魔力によって魔法を遮るという魔法に過ぎなかったが、それをワシが人間用に改良したのがお主に教えた【アンチマジック】」
何やらまた語り始めたな。
聞き流そうとも思ったが、いつもと違って興奮した様子ではなく淡々とした感じなため……俺も少し真面目に聞いてみるか。
「ワシがまだ若かった頃、その本来の【アンチマジック】を受けたことがあるんじゃが、まさに自分に流れる魔力が入り乱れて妨害させられるという表現が正しかったが……。今回、お主が放った【アンチマジック】にはその感覚がなかった」
「言っている意味が分からん。つまり、失敗ということなのか?」
「いいや。成功を通り過ぎて、ワシが考えていた魔法とは別物の魔法になっておる」
別物になってるって……それは喜んでいいものなのか?
まともな魔法は【ファイアボール】しか使ったことがなく、魔法に疎い俺には凄いことなのかどうかも分からない。
「良い意味で――って認識でいいんだよな?」
「当たり前じゃろ。ワシの考えた【アンチマジック】を使いこなせるかも怪しいと思っていたのじゃが、期待を優に超えてくれたわい。魔法の才は皆無じゃが、集中力と戦闘に関しての才はあるようじゃな」
「魔法の才能はやっぱりないのかよ」
「ワシが使えない時点で、【アンチマジック】は欠陥魔法と言わざるおえないからな。習得できるかは、魔法の才とは関係ない部分が大きいんじゃよ」
「俺に教えたのは習得不可前提ってことだったのか? とんでもない魔法を勧めてきたんだな」
「お主は逆に、【アンチマジック】くらいしか習得できそうな魔法がなかったからのう。でも、別に魔法使いになりたい訳じゃないのだろう?」
「ああ。実際に魔法を使ってみて分かったが、魔法使いに向いていないということだけは理解した。魔法を使うの自体は楽しいけどな」
「だったら、【ファイアーボール】、それから【アンチマジック】だけで十分すぎる成果じゃろう。この二つだけ――特に【アンチマジック】を極めるといい」
ゴーレムの爺さんが言う通り、この二つの魔法を覚えられただけで十分すぎるものを得られた。
元々は魔物の死体の処理のために、【ファイアーボール】を覚えられたいいな程度だったところを、魔法使い相手への特攻魔法【アンチマジック】まで習得できたからな。
習得不可前提だったとはいえ、俺の可能性に賭けて勧めてくれた爺さんには感謝しなくてはならない。
「そうさせてもらう。この二週間で色々言い争ったが、魔法の指導は本当に助かった。魔法経験も知識もゼロの俺でも分かりやすい指導だった」
「ふん。急にちゃんとした礼なぞ気持ち悪いわい」
「まぁこれからも無料指導は受けさせてもらうからな。ちょっとくらいは良好な関係にしておきたい」
「本当に小賢しい男じゃのう。……ほれ、日没まであと少し。感覚を逃さないように練習を再開するぞ」
「よろしく頼む」
こうして、日没までの残り約三十分。
成功させた【アンチマジック】の感覚を忘れないよう、時間ギリギリまで【アンチマジック】を繰り返し使い続けた。
複数のスキルに加えて、高い集中力を発揮するためにゾーン状態に入らなければいけないということもあり、肉体精神共に疲労が半端ではないが……。
成功率は九割と実戦で使えるぐらいの確率まで、引き上げることができた。
これで、ひとまず魔法の習得は完了。
折角だし、もう少し色々とゴーレムの爺さんに教わりたいところでもあるが、俺にはやらなければいけないことが山ほどある。
時間を見つけて、細かな指導をしてもらいに来ることはあるだろうが、しばらくは『マジックケイヴ』には来れないだろうな。
なんだかんだ付きっ切りで魔法の練習に付き合ってくれたゴーレムの爺さんに礼を伝え、俺は明日からの依頼備えるべく早足で『ゴラッシュ』へと戻った。
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