第213話 追跡者


 途中途中で低級魔力ポーションを貰っていたから魔力切れの心配はないだろうが、とにかく精神的な疲れが酷い。

 一日中高い集中力を要求されていたし、【アンチマジック】を習得してからの最後の三十分は、これまでの比ではない集中力を発揮していた。


 頭がずっとぽやぽやとしていて、気を抜いたら一瞬で眠ってしまうような状況なんだけど、さっきまでの感覚が抜け切れておらず、反比例して気が立っているというおかしな状態。

 このままでは明日までに疲労を回復し切れないため、早く風呂に入って布団に潜りたい。

 その一心で『マジックケイヴ』を出てから、早足で『ゴラッシュ』に向かって歩いていたのだが……。


「……………………」


 人で賑わうメインストリートに入ってから、どこからか俺に向けられた視線を感じる。

 最初は知り合いかとも思ったが、向けられている視線が好意的なものではなく、監視するような嫌な視線。


 それに完全に気配を消しているため、間違いなく俺を敵視している側のもの。

 直前まで【アンチマジック】の練習をしていたお陰で、気が立っているから視線に気づけただけで、どこから見られていて誰のものの視線なのかまでは分からない。


 追手なのか、それともレアルザッドでのラルフ達のように悪さをしようとしている者なのか。

 どちらかは分からないが……とっ捕まえて聞き出すのが手っ取り早い。


 なんで疲弊しきっているこのタイミングなんだと心の中で文句を垂れながらも、メインストリートを離れて人気のない道へと俺は入って行く。

 人が多すぎたせいで絞り切れなかったが、人が少ない場所ならすぐに見つけることができるはず。


 仮についてこなければ、そのまま帰ればいいだけ。

 いつ襲ってくるかも分からないため、スキルを発動させて最大限の警戒をしつつ、俺は人気のない路地裏へとやってきた。


 俺を監視していた人間は、かなり離れた位置からだがまだついてきている。

 【魔力感知】も【生命感知】もギリギリ届かない距離。

 もう少し釣り出したいが、この距離以上に近づいてくることはなさそうだ。

 複数人ではなく単独犯だと分かったし――。


「……めんどくさいな。こっちから捕まえに行くか」


 駆け引きが怠くなった俺はボソリとそう呟き、つけてきた人間目掛けて一気に走り出す。

 【肉体向上】【戦いの舞】【疾風】【身体能力向上】【脚力強化】。


 戦闘スキルを即座に発動させ、今出せる最高速度でつけてきた人間との距離を詰めにかかった。

 一気に近づく俺に気が付いて一瞬逃げる素振りを見せたものの、俺の速度を鑑みて逃げられないと悟ったのか、つけてきた人間は隠れるのを止めて俺の前へと姿を見せた。


 ……見たことのない人間。

 三十代の男で金髪。体格は中肉中背で背も高くはなく、決して戦闘が得意とは思えない体型。


 パッと見では、一対一なら絶対に負けることはないと思えるが、念には念を入れて索敵スキルを発動させる。

 【生命感知】【魔力感知】【知覚強化】。

 生命反応は普通。魔力反応も中の下ってとこだが、なんか違和感が――。

 

「お前は……ミエルか?」


 俺は違和感の正体に気が付き、ミエルの名を発した。

 全体的に魔力の膜のようなものが全身に覆われており、綺麗にカモフラージュされていたが、この二週間散々ゴーレムの爺さんの魔力を見て、真似ることだけを行ってきた俺はその違和感に気が付くことができた。


 確証はないが、以前王都からの帰り道で見たミエルの変装魔法。

 その時に見たものと、何かが僅かに一致にしている感覚が俺の中にあった。


「…………。なんでバレたのよ。以前にも増して完璧な変装だったはずなんだけど」


 少し言葉に怒気を含ませながら、間を置いてからそう話し出したミエル。

 その瞬間、前に見た時と同じように顔がぐにゃぐにゃと動き始め、次第に原型を留めなくなっていった。

 液状化したと思えば、新たなる顔が形成され始め――見覚えのあるミエルの顔へと変わった。


「やっぱりミエルだったか。隠れて後をついてきて、一体俺に何の用だ」

「――はっ、“俺に一体何の用だ?” まさか身に覚えがないとでも言う気?」

「すまないが、本当に身に覚えがない。俺はミエルに恩を売ったはずだぞ」

「恩? あんたは仇ではなく、恩を売ったという主張をする気?」


 白を切ることができないかと考えたが……このミエルの怒り具合から察するに、あの手紙は凄まじい効果があったようだな。

 俺の思惑通りに全てが上手くいき、ミエルとクラウスは完全に仲違いしたと思って良さそうだ。

 となれば、白を切ることは不可能って訳か。


「……流石に誤魔化せないか。クラウスを撒くのに丁度良かったから利用させてもらった。すまんな」


 俺は一応謝罪したのだが、ミエルは下を向いて体をプルプルとさせたまま返答しない。

 それと同時に魔力が内側から漏れ出て、左手に集まり出したのが見えた。


「謝って許される訳ないでしょ!? ずっとあんたを殺すために探し回ってたのよ!? まさかエデストルで会えるとは思っていなかったけど……私をコケにして、人生を狂わせてくれた罪を死で償ってもらうわ!!」


 発狂に近い恨み節を吐きつつ、強烈な魔法を唱えようとしているミエル。

 まさかの習得して一時間もせずにいきなり実戦。

 それもこれまで練習してきた初級魔法ではなく、ミエルは上級魔法に近い魔力練り上げている。


 ……ただ初級魔法相手だろうが上級魔法相手だろうが、俺はただそれに合った魔力を放つだけだから要領はそう変わらないはず。

 一つ心配なのは、低級魔力ポーションを飲んだとはいえ、さっきまで散々【アンチマジック】の特訓をしていたから、魔力が足りるかどうかだけだ。

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