第180話 挨拶
見た目はごく普通の宿屋。
オックスターで一時的に泊まっていた『木峯楼』よりも、若干大きくて綺麗な作りだな。
「ここがボルスおすすめの宿屋なのか?」
「ああ! 俺も泊まっている宿屋なんだぜ! ちょっと中を案内するからついてきてくれや!」
中は木造で少し古い感じもあるが、『シャングリラホテル』のような汚らしさは一切なく、風情の感じる内装も良い宿屋だ。
そのまま受付をスルーして、ボルスについていくまま部屋へと案内された。
「ちょっと待っててくれよ。――おーい、俺だ。ボルスだ。開けてくれ!」
ドアを数回ノックしてから、部屋に向かってそう声を掛けたボルス。
……ボルスは誰かと一緒に暮らしているのか?
中の人間が出てくるのを待っていると、扉がゆっくりと開かれ――中からやつれた様子の青年が顔を出した。
髪はぼさぼさだが、顔が非常に整っている。
「いきなりきて、どうしたんですか?」
「一時的にパーティを組むことになったから、そのパーティを紹介しに来たんだよ!」
「紹介なんかいらないですよ。体調悪いんで寝かせておいてください」
「大分良くなったって聞いたぞ! 面倒くさいから、そう言ってるだけだろ? ほら、挨拶ぐらいしてくれ!」
青年を部屋から引っ張りだし、俺達の前へと連れ出したボルス。
顔立ちの良いぼさぼさの青年は、非常に面倒くさそうな表情で軽く会釈してきた。
……宿屋の紹介ついでに、パーティメンバーの紹介もしたって訳か。
「こいつが俺のパーティメンバーの一人、ルーファスだ! こう見えても俺と同い年だからな!」
「どうもです。……ボルスに手を貸してくれてありがとうございます」
「いや、こっちも大分世話になってる。俺がクリスで、こっちの二人がラルフとヘスターだ」
気だるそうにしているが、物腰はかなり低い人物。
……ボルスと同い年ってことは、この見た目でおっさんなのか。
正直見た目からでは、脳がおっさんと認識することができない。
「俺が完全に回復するまで、ボルスをよろしくお願いしますね。……これでいいですか?」
「ああ! もう部屋に戻っていいぞ!」
「うす。……それじゃ、また体調が良くなったらよろしくです」
ぺこりと小さく頭を下げると、ルーファスは部屋の中へと戻って行った。
病気を患っていると聞いていたが、確かに大分辛そうな感じだったな。
「別にわざわざ挨拶させなくても良かったのに。大分、辛そうにしてただろ?」
「ルーファスは元々あんな感じなんだわ! あいつの場合は風邪をこじらせただけだし、大した病気ってほどでもない」
「そうなのか。それじゃ、ルパートって呼ばれてた人が重い病気を患っているのか?」
「ああ、そうだ。でも、ルパートの方も大分良くなってきたから、完治したらまた挨拶をさせる。……それより、宿屋の方はどうだ? 良い宿屋だろ?」
「うーん、確かに良い宿屋だとは思うが……値段の方はどうなんだ?」
「値段は一泊銀貨一枚と銅貨五枚! 飯をつけるならプラス銀貨一枚だ!」
今泊まっている宿屋『ゴラッシュ』より値段は少し安いのか。
質も値段も全てにおいて、完全にこの宿屋の方が高いと思うのだが、一点気になることがある。
「好条件だし、すぐにでもこっちに移りたいぐらいなんだが……。ここの宿屋はスノーは大丈夫なのか?」
俺のその問いに、笑顔を張り付けたまま固まったボルス。
やっぱりスノーについては、頭から抜けていたか。
「だ、大丈夫じゃないか? ここの店主さんは良い人だからな!」
「良い人だから大丈夫って訳にはいかないだろ。受付をスルーしたから、スノーについてを聞けてないし……正直、嫌な予感しかしてないぞ」
「………………戻って聞いてみようぜ!」
それから宿屋の入口まで戻り、受付でペットについての話を聞いたのだが、やはりというべきかペット不可だった。
綺麗なところは大抵駄目だと相場が決まっているし、まぁこうなるだろうとは内心思っていた。
「本当にすまねぇ! 無駄足を踏ませちまった」
「まぁいいさ。ルーファスに挨拶しに来たと思えばなんてことない」
「そうそう! 良い店もいっぱい教えてもらえたし、ボルスさんは気にしなくて大丈夫!」
「ですね。……『ペコペコ』は特に良かったです」
またしてもワイバーンステーキを思い出したのか、ラルフもヘスターも呆けた表情をしている。
かくいう俺も……ステーキの味を思い出したせいで、唾液がどんどんと出始めてきた。
「確かにワイバーンステーキは衝撃的だったな。俺ももう食べたくなってる」
「そこまで喜んでくれたなら、大枚叩いた甲斐があったってもんよ!」
「とりあえず今日は依頼の手伝い、エデストルの案内助かった。……明日もボルスは依頼を受けるのか?」
「俺は受けるつもりだが、クリス達は受けないのか?」
「いや、しばらくは連日で依頼を受けるつもりでいる。ボルスも受けるというなら、明日もよろしく頼む」
「ああ! 俺の方こそ、よろしく頼むぜ!」
しっかりとボルスに礼を伝えてから、ボルスはこのままこの場所が宿屋なため、その場で解散の運びとなり『ゴラッシュ』への帰路へと着いた。
明日以降もガンガンと依頼こなし、ある程度の金を貯まったらロザの大森林へと赴く予定。
それまではボルスと共に依頼をこなしていこうか。
その間にボルスがどう戦っているかも分かればいいのだが、そこは何度も戦闘を見て目で盗むしかないな。
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