第179話 ぺこぺこ


「よーし。これで武器屋、雑貨屋、錬金術師屋の紹介は終えたぜ! どこも良い店だったろ?」

「ああ、どの店も良い店だった。長く住んでいるだけあって、エデストルの店には詳しいんだな」

「今回は三つの店だけだったが、時間があるときにでももっと店を紹介してやるよ! ……それじゃ、暗くなってきたし飯にでも行こうか! 予想以上に儲けが出たし、今日は奢るぜ?」


 依頼を終えてから店巡りをしたため、辺りは暗くなりかけてきている。

 正直、依頼を終えた時には腹が減っていたため、俺も飯がかなり待ち遠しかった。


「奢ってくれるのか。それはありがたいな」

「ボルスさん、俺達いっぱい食うけど大丈夫なのか? 今日の儲け分、全部消えてしまうかもしれないぞ?」

「構わん、構わん。冒険者ギルドから依頼まで、恰好つけようと思ってつかなかったからな! ここぐらいは俺に恰好つけさせてくれ」

「ボルスさん、ありがとうございます。遠慮なく、奢ってもらいますね」

「おう! 良い店に連れていってやるから、期待して待ってろ」


 俺達と会ってから、初めてまともに先輩風を吹かすことができたからか、気分が良さそうに歩いていくボルス。

 ずっと俺達に良くしてくれる理由を考えていたのだが、性格がお節介というか――助けてあげたいみたいな考えの持ち主なのかもしれないな。


 ここまで完璧な店紹介だったため、飯屋についてもかなりの期待を持ちながら、俺達はボルスの後をついていくと……。

 立ち止まったのは、冒険者ギルドの近くに位置する小さなお店だった。


 ただ、ケヴィンの武器屋や『ガッドフォーラ』と違い、看板はしっかり出されている。

 えーっと、ステーキ専門店『ペコペコ』。どうやらステーキ専門店の店らしいな。


「ステーキ専門店なのか?」

「ステーキ専門店!? めちゃくちゃいい響きだな!」

「そう、この店はステーキの専門店だぜ。……しかも、ただのステーキじゃねぇんだよ。ここの店はな」

「気になる言い回しだな。というか、まだ『CLOSED』の看板が出ているぞ?」

「昔からの知り合いだから大丈夫だ! 逆にオープンしてからだと入れねんだよここは」


 オープンしてからだと入れない。

 ただのステーキじゃないという発言もそうだが、ステーキ専門店という分かりやすい店なのに分からない部分が多いな。


 ……まぁ、店に入ってみれば分かるだろう。

 『CLOSED』と書かれた看板を無視し、中へと入るボルスに続いて俺達も中へと入った。


 店内は薄暗く、かなり狭い店。

 カウンター席しかなく、その目の前に調理場があるという設計になっている。


「誰かと思ったら、やっぱりボルスか。勝手に入ってくんじゃねぇよ」

「今日もステーキを食わせてくれ! 連れもつれてきたんだ!」


 店の奥から出てきたのは、長髪の男だ。

 お洒落な白いコック服に身を包んでいるが、どことなく清潔感のなさを感じる。


 ボルスは知り合いだから大丈夫と言っていたが、見た限りでは歓迎されてるようには見えないな。

 ……本当に食べることができるんだろうか。


「仕入れにも限りがあるから、俺の店は完全予約制でやってんだ。四人分の肉なんかねーよ」

「そう言わずに食わせてくれ! 冷凍ので構わないからよ!」

「……倍の値段払うなら食わせてやる」

「倍かよ!? 三割増しでどうだ?」

「倍だ。それ以下は食わせない」


 一歩も譲る気配のないコックに、ちらりと俺達の方を見たボルス。

 流石に倍は払えないのかと思ったが……。


「分かった! 倍払うから食わせてくれ!」

「本気かよ。大人しく予約してから来りゃいいのに、相変わらず馬鹿だな」

「いいんだよ! 俺は今日食わせてやりたいんだ! エデストル一の料理をな!」

「……三割増しで良い。とりあえず座って待ってろ。肉を取ってくる」

「いいのか!? いつもありがとよ!! あぁ、それと良い牛の生肉も頼む!」


 コックは再び店の奥へと行くと、ボルスは親指を立ててニッコリ笑ってから、俺達をカウンターの席へと案内した。

 それにしても、完全予約制でエデストル一の料理か。

 ちょっと楽しみになってきたな。


「よしよし。ちょっと予定よりも高くついちまったが、これで食うことができるぜ!」

「ボルスさん、俺達も金を払おうか? 別に金に特別困ってる訳でもないしよ」

「いやいや、ラルフは金を貯めて玉鋼の剣を買うんだろ? ここは先輩冒険者である俺に甘えればいいんだよ!」


 割り勘の提案をしたラルフに対し、そう諭したボルス。

 やっぱりというべきか……ボルスは良い人感が凄い。


 まだ出会って一日も経っていないが、本当に良くしてもらってるからな。

 レアルザッドではラルフ、ヘスター、おじいさんに神父。


 オックスターではシャンテル、副ギルド長、神父に【銀翼の獅子】。

 エデストルでは早速、ボルスと知り合うことができたし……俺は本当に人に恵まれているな。

 

「ボルス、ステーキって何のステーキなんだ? はぐれ牛鳥とかか?」

「はぐれ牛鳥よりもっと凄い肉だ! とにかく食べるまでは楽しみにとっておけ!」


 店内を見渡してもメニューとかが一切ないし、本当に何の肉が出されるのか分からない。

 もやもやしつつもコックが戻ってくるのを待っていると、大きな肉塊を持って店の奥から戻ってきた。


「待たせたな。オープンの時間も迫ってきてるし、早速焼くぜ」

「おう! よろしく頼む!」


 手慣れた手つきで持ってきた肉塊を分厚く切っていき、熱した鉄板に油を垂らしガーリックを焼いてから、ステーキを鉄板の上に置いた。

 じゅわじゅわという心地いい音が聞こえ、それと同時にステーキの良い香りが店内に充満し始める。


 思わず生唾を吞み込み、釘付けになるようにステーキだけを見る。

 ……めちゃくちゃに美味そうだ。

 腹が減っているというのもあるが、今まで見た肉――いや、料理の中で一番美味そうに見える。


 塩、胡椒を塗しながら表面に焼き色つけていき、半分に切ってから更に切った部分にも焼き色をつけていく。

 見た目はこんがりと焼けたステーキとなったが、そこから更に一口大に切っていくと、中が完全に火が通っていないのが分かる。


 そこから更に火を通すのかと思いきや、そのまま更に盛り付け、最初に焼いたガーリックを添えて完成したようだ。

 中が赤いままの肉とか、ペイシャの森ですら食っていなかったが、はたして大丈夫なのだろうか。


「まずは三皿完成だ。誰から食べるんだ?」

「俺以外の三人から置いてやってくれ! 俺は一番最後でいい!」

「分かった。ほらよ、待たずにすぐに食べてくれ」


 俺、ラルフ、ヘスターの前に、ステーキの盛られた皿が置かれた。

 俺達三人は一度顔を見合わせてから頷き合い、食前の挨拶をしてからステーキを口に運ぶ。


 塩と胡椒だけのシンプルな味付け。

 添えられてあるガーリックと共に、俺は半生のステーキを口へと運んだ。


 …………………なんだこれ? ――美味い。美味すぎる!

 口の中に入れて噛んだ瞬間に、旨味が爆発した。

 ステーキなのにとろけるような食感で、あっという間に口の中から消え去ってしまう。


 脳が揺れるような旨味に、少し恐怖を感じつつも――手は止まることなく、次のステーキを口へと運ぶ。

 次の一口もすぐになくなり、また更にステーキを口の中へと運ぶ。

 皿には結構な量のステーキが盛り付けられていたはずなのだが……俺はあっという間に平らげてしまった。


 綺麗になった皿を見て、ようやく我に返って周囲を窺う。

 ステーキを口に運んだ瞬間から、ステーキのことだけに意識が向いていたため、周りのことが目に入っていなかったのだが……。

 どうやらラルフもヘスターも、俺と同じように一心不乱にステーキを食べており、俺に続くように二人もあっという間に平らげた。


「本気で美味しかった。……このステーキは一体何の肉なんだ?」

「これはワイバーンの肉だ。俺の店はエデストルで唯一、ワイバーンの肉を扱ってる店なんだよ」

「ワイバーンの肉……? ワイバーンって、あのワイバーンか?」

「へっへっへ! 驚いたか、クリス! 一応、ドラゴン種に属するワイバーンの肉なんだぜ! 痺れるほど美味しかっただろ?」

「ああ。本気で脳が痺れるほど美味しかった」

「俺もです! 本当に眩暈がしたほどうまかった!」

「私もひたすらに食べてしまいました。……人生で食べた物の中で、一番美味しかったかもしれません」


 俺の感想に続いて、ラルフとヘスターもワイバーンステーキの感想を述べた。

 そんな俺達の反応を見て、嬉しそうにニヤけているボルス。

 

「三人がそこまで喜んでくれたみたいなら、連れて来て良かったぜ! 流石にワイバーン肉じゃないが、スノーも喜んでくれているみたいだしな!」


 視線を落とすと、いつの間にかにスノーも肉を貰っていたようだ。

 皿に盛りつけられた生肉をペロリと完食した様子。


「ここまで美味しかったとは思わなかった。ボルス、最高の店を紹介してくれてありがとな」

「いいってことよ! これから少しの間、よろしく頼むぜ?」

「俺達に任せてくれ! ボルスさんにもいっぱい稼がせるからよ!」

「ですね。このお礼はしっかり返しますよ!」


 俺達三人の気合いも入ったところで、ボルスが食べ終わるのを待ってから『ペコペコ』を後にした。

 かなりの量を食べたはずなのだが、またすぐにでも食べたいと思える味だったな。

 ……というか近日中に予約して、またすぐに来たいと思っている。


「本当に美味しかった! ……まだ余韻が抜けないぜ!」

「俺も衝撃が抜け切れていないな。ここまでのものが食べれるとは思っていなかった」

「みんなが喜んでくれたなら良かったぜ! どうだ、クリス。俺を敬称で呼びたくなってきただろ!」

「正直、ワイバーンステーキの一件だけで、呼びたくなってきているが……まだ呼ばない」

「本当に頑固な野郎だな! んじゃ、最後におすすめの宿屋の紹介をさせて終わるか」


 約半日に渡って行ったボルス案内によるエデストル巡りも、いよいよ最後となる。

 最後は宿屋の紹介で、『ペコペコ』や冒険者ギルドからも近い位置にある、一軒の宿屋へとやってきたのだった。

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