第122話 片腕の男


 大きな荷物を背負い、居住区右の家まで帰ってきた。

 殺風景な庭を進み、家の扉を開けると――。


「アウッ! アウッアウッ!!」


 とんでもない速度で駆けてきたスノーが、俺に吠えまくりながら飛び掛かってきた。

 なんとかキャッチできたが、俺は勢いよく頭を玄関にぶつけた。


「いってぇな。元気よすぎるだろ……」


 玄関で尻もちをついた俺の顔を舐めまくり、尻尾をはち切れんばかりに振っているスノー。

 ……こうみると、スノーもかなり大きくなったな。

 最初は二十センチくらいしかなかったのだが、今は倍くらいまで大きくなっている。


「クリス! 帰ってきたか! どうだったよ、森の探索の方は!」

「順調だったが……その前に風呂に入らせてくれ。スノーを頼む」

「了解! 風呂から上がったら、近況報告会だな!」


 ラルフにスノーを預け、俺はひとまず風呂に入ることにした。

 二週間分の汚れを落とすように綺麗に洗い、さっぱりしたところでリビングへと戻る。

 自室にいたヘスターも下りてきたようで、二人と一匹が鎮座して待っていた。


「待たせたな。それじゃ近況報告をしようか。……まずはどっちから話す?」

「それでは、まずはスノーの報告からさせてもらいます! シャンテルさんに面倒を見てもらいながら、大人しくお利口さんに待っていたみたいですよ! それと……スノー、バーン!」


 ヘスターが弓を打つような仕草を見せると、座っていたスノーは仰向けになって横たわった。

 体も痙攣させており、泡まで吹いている。


「これはシャンテルさんがスノーに仕込んだ芸です! ちょっとだけやりすぎてる感はありますが、死んだふりができるようになりました!」

「そ、そうか」


 シャンテルの奴、とんでもない芸を仕込んでくれたな。

 ヘスターがよしっと合図を出すと、上手い具合に起き上がって一つ吠えたスノー。


「スノーに関してはこんなものですかね……?」

「それじゃ、次は俺達の成果を話すか! まずは――クリスを探しているっていう人物についてだけど、副ギルド長が言っていた通り存在した」

「やっぱ追手がノーファストまで来ているのか」

「ただ、情報は渡ってないと思うぞ。オックスターのゴールドランク冒険者のことなんて、ノーファストの人達は少しも知らない様子だったしな!」

「……ん? 二人はどうやって、俺を探している奴を探し出したんだ?」

「私達もクリスさんのことについて聞いて回ったんです。それで、『またそいつのことについてか?』みたいな反応をした人に、逆にどんな人が同じ質問をしたか尋ねたって訳ですね」


 なるほど。

 頭の良い質問方法だな。


「それは良い作戦だな。それで、俺のことを訪ねて回ってた人間ってのはどんな奴だったんだ?」

「三十代から四十代くらいの危険な臭いのする男性みたいでした。片腕しかなく額の傷が特徴的と言ってましたね」

「うーん……。心当たりはないな。手に入れた情報はそれぐらいか?」

「そうですね。結局、有力な手掛かりは手に入れることができませんでした」

「まぁ、とりあえず助かった。俺を探している奴がいるって分かっただけでも十分だ。――それで、他には何かしてきたのか?」


 俺がそう訪ねると、二人は顔を見合わせてから、もったいぶるように話し始めた。


「実は――俺達、指導をしてもらってきた」

「ん? 指導ってなんだ?」

「クリスさんを探している時に偶然知り合った方です! ノーファストを拠点したミスリル冒険者の方でして、仲良くなった際に軽く指導をしてくれるという流れになりまして……三日間ほど指導して頂いたんです!」

「ミスリルランクの冒険者? ……指導に大金がかかったとかじゃないよな?」

「好意で指導してもらったんだよ! まぁ飯代ぐらいは流石に俺達が払ったけどさ!」

「私達と境遇が似てまして、その方々達は孤児院育ちらしく意気投合したんですよ!」


 孤児院育ちでミスリルランクの冒険者か。

 相当苦労したか……超優秀な適正職業を運良く授かったかの二択だろうな。


「その話は少し気になるな。どんな冒険者パーティなんだ?」

「【銀翼の獅子】って冒険者パーティで、【斥候】【狩人】【僧侶】の三人。それからリーダーの【バトルマスター】で構成されてる四人パーティだ!」

「変則的のようにも思えるけど、バランスはしっかり取れているな。抜きん出てるのはやっぱりリーダーか?」

「そうそう! 獣人でめちゃくちゃカッコいい人なんだぜ! 俺はこの人に指導してもらった!」


 光景を思い出したのか、興奮するように話し始めたラルフ。

 ……これはちょっと俺も興味が出てきたな。


 他の冒険者とは、今まで友好的な関係を築けたことがなかったから、これきっかけで仲良くなれたら嬉しい。

 ミスリルランクだし、二人が指導を受けたように得られるものも大きいだろうからな。


「ヘスターは誰に指導を受けたんだ?」

「私は【狩人】の方です。遠距離攻撃を命中させる極意についてを教わってきました!」

「これまた凄そうだな。……ちょっと俺も会ってみたくなってきた」

「近々オックスター方面で用があるみたいで、その時に顔を見せに来てくれるって約束したから紹介するわ!」

「ああ、楽しみにしておく」


 予想の斜め上をいく成果を上げて来てくれた二人。

 単純に指導してくれるというのは、しっかりとした師がいない二人にはいいことだし、何よりもミスリルランクの冒険者と関わりが持てたのが大きい。


「ノーファストでの成果はこんなものかな。あとはちょこちょこ買い物したけど、大きな買い物はしてないから」

「クリスさんの方はどうだったんですか?」

「俺は特段報告することはないな。いつもと変わらない植物採取を行ってたって感じだ。……あー、強いていうなら、また新たなスキルを身に着けることができるかもしれない」

「新たなスキル!? 前回は確か、【繁殖能力上昇】とかいう訳分からないスキルだったんだよな?」

「今回は期待してくれていいと思う。あっ、そうだ。ラルフとヘスターもそろそろ能力判別してきたらどうだ? 能力判別はレアルザッドにいたときの一回だけだろ?」


 二人の能力も気になるからな。

 俺と比べてどれぐらいの上昇幅なのか。

 

 ゴブリンだけを狩っていた時であれだったからな。

 二人の能力値もかなり期待できると思う。


「いいですね! お金には余裕ありますし、久しぶりに能力判別したいです!」

「俺も今の能力を見てみたいな! この期間でどれぐらい強くなったのか。単純に気になるわ!」

「それなら決まりだな。明日は俺が識別を行うから……明後日にでも能力判別してくればいい」

「……ん? 明日、一緒にじゃダメなのか?」

「なんか能力判別ってのは、かなりの魔力を使うらしい。ここの神父は魔力が少なくて、俺一人でもカツカツだから一気には無理だな」

「そうだったんですか! レアルザッドの神父さんはあっさりとこなしていたので、てっきり労力なんてかからないのかと思っていました」

「もしかしたら、オックスターの神父がダメダメな可能性もあるけどな。……とりあえず、俺が明日識別を行い、二人は明後日能力判別を行ってきてくれ」


 こうして近況報告会はお開きとなり、俺は明日に備えてすぐさま寝ることにした。

 明日は前回から今日までの能力上昇幅の確認、自家栽培の有毒植物の識別とヴェノムパイソンの毒の識別、最後にグリースのオンガニールの識別の四回行う予定。


 一番楽しみな行事といっても過言ではないし、グリースのオンガニールに関しては予想もつかない。

 落胆しないよう、過度な期待はしすぎないようにしつつ、俺は明日に向けて眠りについたのだった。



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