第121話 カーライルの怪鳥
俺は小さい頃から、このゾーン状態には入ることができていたが、身体能力の低さと脳の処理の速さのギャップで思うように動けなかった。
ただ今は有毒植物で鍛えたお陰で、ギリギリではあるがついていくことができる。
周囲の景色や雑音が一気に頭から消え去り、余計な思考をせずに怪鳥のみに全意識が向けられる。
目に入る情報全てが正確に処理され、細かい筋肉の動きまで事細かに頭の中に入っていく。
奇怪な動きで威嚇しているだけに思えていたあの腹踊りも、どうやら何かのスキルを使っているようで、一連の動きを終える度に筋力量が増加している。
それと、奇声にしか聞こえないあの鳴き声も、空気を震わせるように発していることから、索敵の意味が込められていることが分かった。
目がしっかりついていることから失念していたが、どうやらこの怪鳥は目がよくないようで、声を発して空気を震わせ、音の反響で敵の位置の把握している様子。
ただの変な行動としか思っていなかった全てに、しっかりと意味があったことが分かり、怪鳥を無意識下で舐めてかかっていたことを反省する。
……ただ、行動の意図が分かってしまえば、負ける要素はほぼ消えた。
ギリギリまで近づいたのに気づかれなかったのは、俺が木の裏に隠れて音の跳ね返りがなかったから。
つまりは、遮蔽物があると見失ってしまうということ。
人間でいう閃光玉、ヴェノムパイソンでいう【ファイアボール】。
……怪鳥ならば、爆音を鳴らすことができれば、目眩ましならぬ耳眩ましになるのだが――その術はもっていないから、身を隠すのが一番良い。
俺は一目散にこの開けた場所から離れて、木の密集している地帯へと逃げ込む。
怪鳥も途中までは追いかけてきたのだが、俺が滑り込むようにして木の裏に隠れ、合間を縫うようにして木からまた別の木へと身を隠して移動すると……。
俺を完全に見失ったようで、奇声を上げながら辺りをキョロキョロとしだした。
後は進行方向を予測し、その先の木の上に登れば――この木の下を怪鳥が通り過ぎるのを待つだけ。
聴力が異常に発達しているため、木を登った際に音を立てないようするのが大変だったが、なんとかバレずに木の上に潜むことができた。
このまま怪鳥が引き返したら、今回は大人しく諦める。
そんな心構えで待っていると……誘き寄せるために身を潜めたのではなく、逃げるために隠れていると錯覚している怪鳥は、すぐ近くまで歩いてやってきた。
俺は息を呑み、真下を通るのを待ち――通った瞬間に木から飛び降り、勢いそのままに剣を振り下ろす。
巨体で空を飛ぶことのできる翼を持っている生物。
そんな生物がまさか上を取られるとは思っていなかったからか、先ほどのように躱されることはなく、振り下ろされた剣は怪鳥の大きな翼を斬り裂いた。
切り裂かれた羽が一気に舞ってから、血しぶきも共に上がる。
痛みで大きくよろけた怪鳥の翼の付け根を掴み、振り落とされないように上へと乗った俺は、鋼の剣を何度も何度も背中に突き刺していった。
俺が背に乗っている限り、足の爪も届かず、鋭いくちばしも届かない。
突き刺した数が十数回を超えた時、とうとうバランスを崩して転倒した。
俺も宙へと投げ出されたが、受け身を取って即座に立て直すと、倒れた怪鳥にトドメを刺しに向かう。
翼と背中から血を噴き出しながら、奇声を上げて必死にその場を離れようとする怪鳥の足元を狙い、袈裟斬りを行って再び転倒させると――頭へと回り込んで眉間に剣を突き立てる。
この一撃が脳にまで達したのか、最後に数回翼をバタつかせた後……怪鳥はピクリとも動かなくなった。
「ふぅー。倒せたか」
集中し過ぎたことにより、全身が気だるくなり視界もぼやけ始める。
戦っている時は最高なのだが、許容範囲以上の集中力を使うため、戦い終わった後の疲労感が半端ではない。
今すぐにでも眠りたい気分の中、倒した怪鳥をどうするか考える。
オンガニールの宿主とするのがベストなんだろうが、運ぶ気力が薄れているせいで面倒くさい気持ちが勝ってきた。
見た目が変とはいえ鳥だし、肉としても美味そうだから食べてしまうのもアリだな。
爪やくちばしも素材として使えるだ…………いや、運ぶか。
現実逃避し、この怪鳥の有効な使い道を模索したが、どう考えてもオンガニールの宿主とするのが一番良い。
スキルを使っていたのは確実だし、上手く作付してくれればグリース同様に期待ができる。
一度地面にへたり込んで少し休憩をしてから、俺よりもデカい怪鳥を背負い、オンガニールの場所を目指して歩を進めた。
怪鳥との激戦から、十日が経過した。
結局新たなオンガニールを見つけることはできず、七日目でオンガニールの捜索は打ち切って、残りの一週間は植物採取に励んでいた。
そして、今日はいよいよオックスターへと帰還する日でもあり、怪鳥を運んでから一度も足を運んでいなかったオンガニールの様子を見に行く日でもある。
グリースから生えたオンガニールから実が成っていることと、怪鳥に無事作付されていることを祈りつつ、俺は拠点を離れてオンガニールの場所へと向かった。
オンガニールの付近にまで来たのだが……嫌な気配が強まっている気がする。
二週間前も強まっていたが、今日は更に離れた位置からこの嫌な気配を感じた。
俺はその嫌な気配に期待の気持ちを膨らませながら、オンガニールの実がなっている場所へと辿り着くと――。
そこにはグリースの心臓から、立派に生えたオンガニールが目に入ってきた。
ゴブリンから生えているオンガニールと比べると、五倍くらいの大きさを誇っている。
実もしっかりと生えており、ゴブリンのが摘まめるサイズだったのに対し、グリースから生えているオンガニールは片手で掴み切れない大きさだ。
これは期待ができると同時に……このサイズのオンガニールを食べなくてはいけないという恐怖で背筋が寒くなる。
味が薄く、実が小さいゴブリンのオンガニールでさえ、食すのに気合いを入れなければ食べることができない。
ジンピーのようにポーションに出来ればよさそうだが、流石に近づくことすら禁じられているオンガニールの実を、ポーションにしてくれと頼む気にはならないからな。
とりあえず食べないという選択肢はないため、今は食べることは一度忘れて成っている一個の実をもぎ取り、しっかり封をしてから鞄の中へと入れた。
それから、怪鳥の方だが……これは作付がされているのか?
見ようによっては、心臓付近から小さく芽が出ているようにも見える。
まだ日が浅く、成長し切れていないだけの可能性も高いため、とりあえず期待はしていいはずだ。
グリースのオンガニールから実を収穫でき、怪鳥に作付されている様子もみえる。
新たなオンガニールを見つけることができなかったが、これはかなりの成果を得られたと思う。
……ただ、新しいオンガニールが生えたと同時に、ゴブリンに生えていたオンガニールがとうとう枯れてしまった。
二週間前から既に枯れ始めていたが、もう完全に萎れてしまっている。
ゴブリンという弱く小さな生態で育ち、俺の可能性を無限大に広げてくれたこのオンガニール。
植物であるため施し返すことはできないが、最大限の感謝の込めて俺は一礼した。
――よし。
それじゃ、そろそろオックスターに戻るか。
ヘスターとラルフのノーファストでの出来事も気になるし、スノーがどうしているかも気になる。
後は……オックスターに戻ったら今の俺の能力の判別をし、自家栽培で育てた植物の識別と、グリースから生えたオンガニールの実の識別も行う。
やることが山積みだが、どれも楽しみなものであるため、俺はワクワクした気持ちでカーライルの森を離れ、オックスターへと戻った。
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