第107話 罠


「なら、この依頼はお前らに譲ってやるよ。ラルフ、ヘスター。行こう」


 ここ最近は絡んでもこなかったのだが、急に来やがったな。

 こいつらと一緒の依頼を受けるなんて真っ平御免なため、俺達は早々に見切りをつけて立ち去ることにした。


「おいっ!! ちょっと待てよ! てめぇらがこの依頼を受けねぇなら、俺達も依頼を受けねぇ! ……へっへっへ。そうなったらこの街がどうなるか分かるよなぁ!?」

「この街がどうなろうと、俺は知ったこっちゃない」

「おいおいおいおい。副ギルド長さんよ、今の発言聞いたかよ! こいつのせいで街が襲われるってのに、知ったこっちゃないだと! こんな傍若無人な行為許していいのか?」


 俺から視線を外すと、そう副ギルド長を詰め出したグリース。

 全てブーメランで返ってきている言葉なのだが、それを指摘する者はこの場に誰もいない。


「く、クリスさん達は、あなた方が依頼を受けなければ引き受けてくれると言って――」

「だからッ! 抜け駆けは許さねぇって言ってんだろ! 話の分からねぇ馬鹿だな!」


 机を思い切り叩き、副ギルド長を威圧するグリース。

 これじゃ一生埒が明かそうだし、副ギルド長には悪いが帰らせてもらおう。

 そう思って冒険者ギルドで出ようとしたのだが……。


「クリス君だったか? ちょっと待ちたまえ」


 立ち去ろうとした俺達を引き留めてきたのはギルド長だった。


「おー! マイケルギルド長じゃねぇか! よー、よー。あんたは俺の言い分分かるよなぁ!?」

「クリス君、グリースさんと一緒に緊急依頼を受けてください。これを断るようだったら――職務放棄として、冒険者ギルドから除名処分とするしかありません」

「は?」


 聞き捨てならない言葉に、今度は俺が引き返してギルド長に詰め寄る。

 受付を挟んではいるが、真ん前まで立って睨みつけた。


「いくら睨みつけても無駄です。街に危険を及ぼす可能性のある緊急依頼で、あなたたちが受けたのはプラチナ冒険者からの協力要請。この要請は正式に冒険者ギルドが認めました」

「ギルド長! まだ緊急依頼だって出ていません! それに推奨討伐ランクはプラチナです! シルバーランクの冒険者への強制は――」

「緊急依頼とすることは、先ほど私が可決した。それにプラチナランク冒険者の補佐という形だから、推奨討伐のランクが適用される限りではない。……ローレンは黙っていてください」

「だから、グリースを依頼から外してくれ。だったら、俺は喜んで依頼を受けてやるって言っている」

「何度も言いますが、討伐推奨ランクはプラチナです。シルバーランク冒険者パーティに任せることのできる依頼ではありません」

「ヘーッヘッヘッヘ! こりゃ傑作だぜ! どうすんだよ、除名されるか俺達と一緒に依頼をこなすか。――二者択一だぜぇ、クリスさんよぉ!!」


 今すぐ暴れ回り、グリースを斬り殺してやりたい衝動に駆られるが……そこまで俺と一緒に依頼に行きたいなら、受けて立ってやろう。

 ――グリースには確実に後悔させてやる。


「…………分かった。シルバーランクの冒険者に手を貸して貰わなきゃ、依頼一つもこなせないグズ冒険者に力を貸してやる。その代わり――死んでも文句は言うんじゃないぞ」


 ギルド長からグリースに向き直し、殺意を込めてそう宣言する。

 その俺の宣言を聞いても尚、ニタニタと笑っていて余裕そうな表情をしているグリース。

 一切態度を改める気はないようだな。


「てめぇこそ死んでも文句は言うんじゃねぇぞ! 北の山の麓で待ってるから、必ず来いよ!」


 それだけ言い残すと取巻きを引き連れ、グリースは冒険者ギルドから出て行った。

 ギルド長も俺を睨みながら、バックルームへと消えた。


「――クリスさん! 本当に申し訳ございません!」

「……別に副ギルド長は悪くないだろ。俺を庇ってくれたのは見てたしな」

「で、ですが……。あのグリースと一緒に依頼だなんて……確実に何かを仕掛けてきますよ!」


 これは間違いないだろうな。

 何をしてくるのかは分からないが、今日まで大人しくしていたことから、緊急依頼が出されるこの時まで待っていた可能性が高い。


「なぁ、断ったらやっぱり除名は避けられないのか?」

「それは……そうですね。大義名分としては十分になってしまいますし、クリスさんは一度暴力沙汰で謹慎処分を受けています。ギルド長はギルドの存続に必死ですので、確実に根回しをすると思います。……何もお力になれず申し訳ございません」

「やはりそうなのか。さっきも言った通り、あんたは何も悪くない。ただ、ギルド長には今回依頼を成功したら、キッチリと謝罪してもらう。……あとは、グリースを俺がなんとかしたら――ちゃんと礼をしてくれよ」


 そうとだけ言い残し、北の山へと向かうべく、俺は冒険者ギルドを後にしたのだった。

 

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