第106話 異変


 スノーを連れての植物採取から、約二週間が経過した。

 その間俺達は、ほぼ毎日のようにシルバーランクの依頼を受け続けた。

 話し合いで同行させると決めたスノーも、逃げ出さないために買った首輪のお陰もあって、何事もなく二週間を過ごすことができている。


 スノーに関してはやはり戦闘センスが素晴らしく、ゴブリンなら俺よりも綺麗に、そして速く狩ることができるぐらいにまで成長した。

 ヘスターは威力の高い魔法でも大分安定するようになってきているし、ラルフも攻撃のバリエーションが増えた上に一撃の重さもついてきた気がする。

 ヘスターとラルフの二人には、そろそろ能力判別を受けてもらうのもいいかもしれない。


 ――そして俺はというと、五種類全ての自家栽培を成功させていた。

 部屋に大きなプランターを置き、各植物に合った環境を作ってライトを浴びせ、毎日水やりをしているだけなのだが……。

 無事に実や葉の収穫ができている。


 特にキノコ類に関しては、原木に霧吹きをしているだけで生えてくるし、手間暇がかからないから非常に楽。

 あとは室内だからなのか、有毒植物だからなのか分からないが、虫が一切寄ってこないのもいい。


 栽培において一番厄介なのは、葉や実を食いつくしてしまう虫と聞いていたが、室内で有毒植物を育てている限りはその心配は一切しなくてよさそう。

 そして一番気になるのは、この自家栽培で採取した植物の効能についてだ。


 効能が落ちているのか、それとも【農家】の適正職業のお陰で上がっているのか。

 まぁ種から育てた訳じゃないし、効能が上昇していることはないと思うが……それでも少しは期待してしまう。


 自家栽培で採取したものは分けて置いてあるため、時間があるときにでも識別したいと思っている。

 ……後は、そろそろオンガニールの様子も見に行きたいところ。

 やらなければいけないことの多さに頭が痛くなってくるが、その成果もあって着実に俺達は強くなっていっている。



「クリス、今日はどうするんだ? どくどくドッグの依頼でも受けるか?」

「どくどくドッグは受けたいと思っているが、夜の依頼だから中々受ける気にならないんだよな。とりあえず掲示板見ながら見繕おう」

「賛成です! そろそろ指定なし依頼に手を出すのもアリかもしれませね」

「はぐれ牛鳥みたいな、金を効率良く稼げる依頼があればいいんだけどな」


 そんな会話をしながら、俺達は冒険者ギルドへと入った。

 …………なんかいつもと違って、ギルドの様子がおかしいな。


 俺達が冒険者ギルドに入ると、いつも他の冒険者から睨まれるのだが、今日はその視線を感じない。

 朝一なのにかなり騒々しいし、ギルド職員たちも何やら忙しそうに動き回っている。


「なんか慌ただしいな! これ、また緊急依頼が入ったとかじゃないのか?」

「ラルフの言う通り、緊急依頼が入った可能性が一番高そうだな。……もし、緊急依頼が入っていたとしたら二人はどうしたい?」

「私は受けたいですね。強い魔物と戦う機会なんてあまりありませんし、自分の成長を感じるのにも――自分を成長させるのにも、絶好の機会ですから!」

「俺も受けたい! ヘスターの言い分も分かるが、やっぱなんと言っても……金が良いからな! この間の報酬は引っ越し等で全て消えちゃったが、今回こそは大パーティーを開きたい!」


 どっちの意見もその通りだな。

 成長にも繋がる上に、金もたくさん入ってくる。

 その分危険がついていくるのだが、その見極めさえしっかりすれば、これほど美味しい依頼はない。


「俺も賛成だな。副ギルド長にでも聞いてみて、緊急依頼が入ってたら受けるか」


 こうして方針を決めた俺達は、受付嬢に副ギルド長を呼んでもらい、何が起こっているのかを聞き出すことにした。

 それから、奥の部屋から出てきた副ギルド長は、かなり急な要件で動き回っているのか、かなり疲弊している様子。


「クリスさん、ヘスターさん、ラルフさん、どうもご無沙汰しております。今回はどうしたんですか?」

「いや、ギルド職員が忙しなく動き回っているから、ちょっと気になってな。何が起こっているのかを聞こうと思って呼んだんだ」

「……やはりお気づきになりましたか。実はですね……情報が不確かで、緊急依頼はまだ出ていないのですが、北の山でヴェノムパイソンの群れが現れ、餌を探して北の山から下り始めているという報告が入ったんです」

「ヴェノムパイソン? なんだその魔物は」

「普段は暖かい地域にのみ生息する魔物で、全長十メートルにもなる猛毒を持つ大型の蛇型の魔物です。推奨討伐ランクはプラチナ。熱を感知するのに長けた魔物でして、離れた場所からでも生物を見つけ、一気に襲い掛かるのが特徴の非常に好戦的な魔物です」


 何かとんでもなく危険な臭いがする魔物だな。

 俺は毒は効かないが、全長十メートルともなれば噛まれたら深手を負うだろう。

 ……これは依頼を受けるかどうか、かなり悩む案件だな。


「群れっていうと、どれぐらいの数が確認されているんだ?」

「最低でも十匹と噂されてます。この間、クリスさん達には緊急依頼である、オークの群れを倒してもらいましたが……。そのオーク達が山から下りてきたのは、このヴェノムパイソンが原因ともされていますね。ですから、どれだけ低く見積もっても、あのオークの群れよりも確実に討伐難度が高い依頼になると思います」


 推奨討伐ランクがプラチナで、そいつらが群れを成しているってことか。

 これは引き受けるか迷うところだな。


「討伐推奨ランクがプラチナな理由ってなんだ? やはり身体スペックが高いのか?」

「うーん……。一番の理由は猛毒を持っていることですね。牙から噴出する毒を浴びるだけで、全身が痺れて動けなくなります。そして、噛まれた際に体内に打ち込まれたら――死に至る可能性も非常に高いです」

「なるほど。仮にだが、ヴェノムパイソンに猛毒がなかったとしたら、討伐推奨ランクはどれくらいだと考えてる?」

「そうですね……。ゴールドには落ちるって感じじゃないでしょうか」


 毒さえ対処できれば、推奨討伐ランクはゴールドまで落ちるのか。

 ラルフとヘスターには相変わらず危険な魔物ではあるのだが、俺が前に出て壁役を務めながら戦えば、決して勝てない相手ではない。

 報酬も期待できそうだし、ここは受けるべきだな。


「副ギルド長。俺達はこの緊急依頼を受けたいと思ってい――」

「おいおい、クリスさんよぉ! 一人で抜け駆けするのは許さないぜ! 俺達もその緊急依頼を受けさせてもらおうか! へっへっへ!」


 俺が依頼を受けるべく、副ギルド長にそう声を掛けようとした瞬間――遮るように誰かが話しかけてきた。

 振り返ると、そこに立っていたのはブクブクと太った巨体の男性。

 そう――グリースだった。

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