第88話 達成報告


「手立てはないのか? 冒険者ギルドが試みようとした方法とか」

「ギルド長が下手に出るしかないと、諦めてしまっていますので……。グリースを超える冒険者が現れるのを大人しく待っているっていうのが現状です」

「それも無駄だと思うけどな。この環境下で育った奴は絶対に性格に歪みが生じる。グリースを超える者が育っても、第二のグリースとなって延々と繰り返されるだろうよ」

「そ、そんな……。それでは、オックスターの冒険者はずっとこのままってことですか?」

「まぁその道を選んでいるんだから、そうなる運命だろうな。今、グリースに従っている全冒険者を切る覚悟で、グリースを締め出さなきゃ変わらないと俺は思う」


 副ギルド長は悲痛な表情を浮かべているが、これが当たり前の対応だと思うけどな。

 俺達も底辺冒険者をやっていたから分かるが、依頼を受けないという選択肢を取るのにも限度がある。


 グリースが、従わせている全冒険者の金を払うとは思えないし、数日間誰も依頼を受けなかっただけで音を上げたギルド長が弱いと俺は感じた。

 俺がギルド長なら、向こうが頭を下げるまで依頼を受けさせない――その心積もりでいくけどな。


 そんなこんなグリースとギルド長についてを話しながら歩き、俺達は副ギルド長を連れてオークジェネラルの死体置き場についた。

 このオークジェネラルの死体を見せ、報酬金額に上乗せをしてもらうためについてきたもらったのだ。


「これって…………。お、オークジェネラルですか?」

「ああ。オークジェネラルを含む、十九匹のオークの群れだった。わざわざ言うことではないと思うが、報酬の上乗せは期待してもいいだろ?」

「も、もちろんです! これの群れが街に迫ってきていたと考えると、鳥肌が立つくらいゾッとしました。本当にありがとうございます」

「まぁ、礼はスザンナと呼ばれていた受付嬢に言ってくれ。あの受付嬢が募集していなければ、絶対に緊急依頼なんて受けていなかったからな」

「す、スザンナにですか? もしかして、今回引き受けてくださったのって、スザンナがグリースとの仲裁に入ったからですか?」

「ああ。元はと言えば、俺が引き起こした揉め事だからな。あの受付嬢を巻き込んでしまったから、その礼のつもりで依頼を受けた」

「そうだったんですか……。私の方からスザンナには伝えさせてもらいます」


 副ギルド長はペコペコと何度も頭を下げながら、そう強く言ってきた。

 これで、あの受付嬢が被害に合うことはないはず。

 二番目に力を持つ、副ギルド長がこう言っているんだからな。


「ああ、伝えてあげてくれ。それでこのオークジェネラルの死体はどうする? これで証明ができたというなら、素材とかを剥ぎ取りたいんだが」

「もちろんです。一応左耳だけ頂き、後は自由にしてくれて構いません」

「分かった。付き合わせて悪かったな。もう戻ってくれて構わない」

「はい。それでは、私は冒険者ギルドに戻らせて頂きます。…………あの、一つだけ質問していいですか?」


 副ギルド長は一度立ち去ろうとしたのだが、足を止めて振り返るとそう尋ねて来た。


「ああ」

「あなたたちは全員シルバーランクで間違いないんですよね? それも昇格したばかりの」

「そうだ。……ただ、実力はゴールドくらいはあると思ってるけどな」

「一体何者なのでしょうか? 冒険者自体になられたのも最近のことのようでしたし、ヘスターさんとラルフさんに至っては、ルーキーの依頼に手こずっていた情報も残っていました」


 そんなことまで知れるんだな。

 どこで冒険者になり、どんな依頼をこなしてきたのか。

 冒険者ギルドで全ての情報が共有されているというのが、この副ギルド長の発言から分かった。


「俺とヘスターは、クリスに助けてもらったんだ」

「そうです。私達はクリスさんのお陰で強くなれたんです!」

「……いや、二人の努力の賜物だ。オックスターの冒険者連中が、集まってヘコヘコしながら威張ってる間、俺達はずっと強くなることだけを求めていたからな。そりゃ強くなるだろ」

「お答え頂き、ありがとうございます。――どこまで手助けできるか分かりませんが、私は貴方たちの味方になると決めました。何か困ったことがあれば相談にきてください。今回は本当にありがとうございました」


 最後にもう一度、深々と頭を下げてから、そう言い残して戻って行った副ギルド長。

 グリースもギルド長も糞だが、もしかしたらあの副ギルド長はまともな人なのかもしれないな。


「ふいー。これでやっと終わりか? ひっさびさに本気で疲れた」

「私もです。戦闘時間はそう大したものじゃないと思うのですが、強敵との戦闘ってこんなにも疲れるものなんですね」

「それだけ緊張していたってことだろ。筋肉も強張るし、考えることもやることも複数あるからな。……とりあえず今日はここで解散にしよう。二人は宿に戻ってくれ」

「……ん? クリスはどっか別のとこ行くのか?」

「ちょっとカーライルの森に行ってくる」 

「はぁ!? 今からかよ! オークの群れを倒して、森に行くのか?」

「植物採取に行くわけじゃない。ちょっと試したいことがあって、このオークジェネラルの死体を置いてくるんだ」

「いやいやいや。理解できないわ! 帰ってパーッと祝勝会だろ!」

「祝勝会は明日な。金が入るのも明日だろうし、いいだろ」

「まぁやるならいいけどよ……。オークジェネラルと戦った後だし、本当に気をつけろよ? ――何ならついていこうか?」

「ラルフがついていくなら、私もついていきますよ!」

「ついてきたら毒にやられて死ぬぞ。俺は大丈夫だから休んでいてくれ」


 二人にそう告げ、俺はオックスターの入口で別れると、オークジェネラルの死体を持ってカーライルの森を目指した。

 今の時刻は夕方前。早くしないと日が暮れてしまうため、急がないとな。


 道中、一人でオークジェネラルの死体を運んでいたため、すれ違う人に完全に変人扱いされたが……なんとかカーライルの森まで運び込むことができた。

 あとは、オンガニールの木の近くまで置くだけだ。


 背負う形で引きずりながら、オンガニールの木を目指す。

 それから道中の魔物なのだが、俺がオークジェネラルの死体を背負っていたからか、避けていくように逃げていったため、苦労せずにオンガニールの場所まで辿り着くことができた。


 人間からも避けられ、魔物からも避けられる。

 はぐれ牛鳥を運んでいた時よりも、嫌われ度がランクアップしたかもしれないな。


 そんなくだらないことを考えつつ、俺はオークジェネラルの死体を並べるように、オンガニールの生えたゴブリンの死体の横に置いた。

 それにしても……何度見ても、気持ちの悪い絵面だな。


 ドス黒く魔物以上に気配を放つ植物にそんなことを思いながらも、オークジェネラルに作付されることを祈り、生えていた実を一つもぎ取ってからその場を後にした。

 日はすっかりと落ち切ってしまい、俺は真っ暗な森の中を一人、来た道を戻ったのだった。



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