第87話 明確な対立


 インデラ湿原からオックスターへと戻ってきた俺達は、オークジェネラルの死体は少し離れた位置に置き、そのままの足で冒険者ギルドへと向かう。


 スザンナと呼ばれていた受付嬢は、今も依頼を受けてくれる冒険者を探しているだろうから、少しでも早く達成報告をしたい。

 ――そう思って冒険者ギルドの扉を開けると、ギルドのど真ん中で仁王立ちしているグリースの姿が目に入ってきた。


 そして……その後ろには、土下座をさせられているギルド長とスザンナと呼ばれていた受付嬢の姿があった。

 ギルド長も正直気に食わなかったが、圧倒的に図抜けてクズなのはグリース。

 この光景を見て、俺は一瞬にして理解した。


「おいおい! 声が全然聞こえねぇぞ!! 街が危険なので助けてください! 二度と俺には口出し致しません――だろ? このまま帰ってもいいのかよ! あぁ?」

「す、すいませんでした。もう二度と口出しは――」

「オークの群れは全て倒してきたぞ。……残念だったな、グリース。帰りたければこのまま帰っていいぞ。お前はもう用無しだからな」


 俺はグリースと土下座している二人の間に割り込み、グリースをそう挑発する。

 ギルド長はまぁどうでもいいが、スザンナと呼ばれていた受付嬢がこの扱いを受けているのは黙って見ていられない。


「はぁ? またてめぇか! ……で、なんだって?? シルバーのカスが適当なことヌカしてんじゃねぇぞ!! てめぇのせいでこの街の奴らは死ぬハメになるんだぜ? 分かってんのかよッ!!」

「ラルフ、貸してくれ」


 俺は剥ぎ取ってきたオークの左耳の入った袋を、グリースに見せつける。

 小馬鹿にしたような表情だったが、それが紛れもなくオークの耳だと分かると、顔が一気に真っ赤になった。


「――てめぇ! 一体どうやったんだ!! 別の街に行って、他の冒険者に頼んだのか!? ……俺の邪魔ばかりして一体何がしてぇんだよ!!」

「ぐちゃぐちゃうるせぇな。いいから帰れよ。――お前の出番はもうない。もしかして言葉が理解できないのか?」

「ぐぬ、ぬ、ぬ…………ふっ、がっはっは! あー、本気でキレたわ。お前覚悟しておけよ?」

「早く帰れって。役立たずのプラチナ冒険者さん」


 俺に思い切り肩をぶつけてから、ドスドスと足音を立ててギルドから出て行ったグリース。

 これで完全に怒りを買った訳だが、まぁいいだろう。

 

 負ける気はしないし、いつかグリースとはやり合わなきゃ、俺の腹の虫も治まらないところまで来ているからな。

 直接来てくれるのが一番ありがたいんだが、何をどう仕掛けてくるか少し楽しみだ。


「あ、あの、ありが――」

「一体何度目なんだ! 君のせいでこのギルドは終わってしまう! ――グリースさんには歯向かわないでくれ。そうお願いしたはずだ!」


 受付嬢が俺に対して感謝の言葉を言おうとした瞬間、怒声を上げたギルド長。

 情けなかった先ほどまでの姿とは違い、強気な態度で俺をまくし立ててきた。


「了承したつもりはない。……一言言わせてもらうが、あのグリースに頼らなきゃやっていけないのなら、終わっていいだろ。こんなギルド」

「……お前、いいのか? 本気で除名にするぞ?」

「グリースではなく、オークの群れを倒してきた俺をか? 本気で言っているなら、お前もグリースと同等のクズ野郎だな」


 土下座の体勢から動かないギルド長を見下しながら、俺はそう言葉を吐きかける。

 カーライルの森が近くにあり、街の雰囲気も悪くない。

 ただ、ギルドの長と冒険者のトップがこれじゃ、本気で出て行くことを検討しなくては駄目かもしれないな。


「あっ、緊急依頼の依頼報酬はキッチリと貰うからな。ギルド職員で手が空いている奴はいるか? 今回の依頼に関して、確認してもらいことがあるから来てほしい」

「あっ、私が行きます! ――ギルド長は後ろで一度休憩を挟んでください」


 飛び出て来たのは、若いハキハキとした青年。

 暗く、陰険なギルド長とは正反対って感じの職員だな。


「それじゃついてきてくれ」

「はい。案内お願いします!」


 俺は一人のギルド職員を引き連れ、冒険者ギルドを後にした。

 それから、ギルドを出て数分後。

 ギルド内では静観していたラルフが、急にスイッチが入ったように喋り出した。


「おい、クリスッ! なんでグリースに喧嘩売ってんだよ! ……って言いたいところだけど、よくガツンと言ってくれた! 本当に最低の野郎だな、あいつ」

「親父やクラウスに匹敵するカス野郎だ。プラチナランク程度イキってるのも腹が立つ」

「あ、あの……」

「私もさっきのはちょっと許せないと思いました。ギルド長もギルド長ですよ! なんでクリスさんに当たるのか、理解に苦しみます!」

「グリースには文字通り頭が上がらないんだろうな。受付嬢と違って、何の迷いもなく頭を床に擦り付けていたから」

「あ、あの!! 先ほどはギルド長が本当にすいませんでした!」


 グリースとギルド長の悪口で俺達が盛り上がる中、ついてきてくれたギルド職員が大声で割り込むと勢いよく謝罪してきた。


「どうしたんだ? 急に謝ってきて」

「ギルド長が失礼な態度を取ったのは重々承知してまして……。副ギルド長としてこの通り、あなた方に謝罪と感謝を伝えたいんです! オークの群れを討伐して頂き、本当にありがとうございました!」

「えー! 副ギルド長だったのかよ! 若いし、ただの使いっ走りかと思って目の前で愚痴っちまった」

「愚痴なら、本当にいくらでも言って頂いても大丈夫です。身内の私でも、先ほどのギルド長の態度は駄目だと思いましたから」

「駄目だと思っていても止められないのか?」

「……はい。と言いますか、ギルド長も自分の態度が駄目だというのは分かっているんです。ですが、そうやらなければ崩壊してしまうのが、この冒険者ギルドの実態なんです」


 全てはグリースの機嫌を取るためにってことか。

 本当に追い詰められているって表情を、この副ギルド長から感じる。


「そこまでグリースが実権を握っているのか」

「はい。あなたたち以外のオックスターの冒険者は、みんなグリースに従っている状況です。恨みを買ってしまえば、誰も依頼を受けないようにと命令するんです。実際に昔、数日間ボイコットをやられたことがありまして……。その時のことが今でもギルド長は忘れられず、恐怖心を植え付けられてしまっているんです」

「だからと言って許す気にはなれないが、全てはグリースに帰ってくるってわけか」

「そうです。力も強く実力もあり、他の冒険者の手綱も握っている。あれほど厄介な冒険者はそうそういません」


 グリースよりランクの高い冒険者が、ノーファスト辺りから流れてくるだけで一瞬で崩壊するだろうが、わざわざ三大都市から移住してくる冒険者はいないんだろうな。

 それが、この惨事を生み出しているって訳か。

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