第77話 待ち伏せ


 準備を整えた俺は、今日は一人で冒険者ギルドへと向かう。

 絡まれるとしたら俺だし、二人を巻き込んでも面倒くさくなるだけだからな。


 冒険者通りへと入り、チラッと奥に佇む教会が目に入る。

 まだオックススターの教会はまだ訪れておらず、早く教会で能力判別したい気持ちになるが……。

 それは今日依頼を無事にこなし、明日になったら行う予定。

 楽しみにとっておきつつ、俺は冒険者ギルドの中へと入った。


 今日は朝一で来たのだが、やっぱりというべきかグリースの姿ある。

 まぁ一週間の謹慎明けを狙い、わざわざ俺のために早起きしたと思えば可愛く見えるな。

 無視して横を素通りしたのだが、立ち上がると俺の前へと立ち塞がってきた。


「おいおいおい! 無視は酷いんじゃないかぁ!?」

「触るな。お前の手下のみたいに、殴られたくないならな」

「ひゅー。かっくいいなぁ! ……おら、殴ってみろよ。――おい、殴ってみろや!!」


 目と鼻の先まで顔を近づけてくると、脅すように叫び始めたグリース。

 ……本気でイライラするな、こいつ。


 斬り殺してもやろうかなと頭に過ったが、流石にこの場所で殺すのはまずすぎる。

 殴れって言っているんだし、殴るくらいならばいいか。

 そう考え、グリースの顔面に拳を叩き込もうとしたその瞬間――。


「ぎ、ギルド内での騒ぎは……お、おやめください」


 自身のスカートを両手で握りしめながら、そう声を発したのは一人の受付嬢だった。

 前回は静観して見ていた冒険者ギルド側だったが、今回は仲裁に入ってくれたみたいだな。

 俺は振り上げかけた拳をゆっくりと下ろし、受付嬢の指示に従う。


「……おい、どの立場で俺に文句を言っているんだ? ああ!? 俺がこの冒険者ギルドから脱退したらどうなるのか分かっているのかよ! おいっ!!」


 標的を俺から受付嬢へと変えたグリースは、重たそうな巨体を揺らしながら怯えている受付嬢に近づいて脅し始めた。

 ……確かこの場合は、人のためにやることだし殺しても罪に問われないんだよな。


 謎の言い訳で自分を正当化させてから、背後を向けたグリースに斬りにかかる。

 大層な防具を身に着けているが、首を跳ねれば流石に死ぬだろう。

 柄を掴んだまま、一気に近づき――居合の要領で首を撥ねにかかった。


「いい加減にしなさい! ――後ろの冒険者も止まれ!」


 確実に首を落とせる状況だったが、またしても止めに入られてしまった。

 他のギルド職員とは服が少し違う、細見のおじさん。

 冒険者ギルド職員である証のバッジが金色に光り輝いていることから、あのおじさんがここのギルド長ってことか?


「なんだ、マイケルギルド長じゃねぇか! まさかギルド長まで俺を止めようとしてるのか?」

「君がこのギルドにおいて、どれほど大事なのかは私も重々承知している。だからこそ、君の行いは多めに見ていたが……私の部下に手を出すつもりなら見逃すことはできない」


 ハキハキとした口調で、グリースにそう告げたギルド長。

 怒りからか、グリースのこめかみは背後から見ても分かるほど痙攣しているが――。


「冗談だ、冗談。ちょーっとからかってやっただけだ。手を出すつもりはないから安心してくれよ。俺に出て行かれたら、そっちも困るだろ?」


 両手を上にあげると、おちゃらけた口調に変えてそう宣言した。

 口ではああ脅しているが、この手の輩がみすみす自分の城を手放すはずがないのは分かってる。


 プラチナランク如きでイキがれる最高の環境だもんな。

 だから、普段から冒険者ギルドも強気に出ろと思ってしまうが、本当にグリースが去ったら厳しいのもまた事実なのだろう。


 本当に去るという、万が一を考えて下手に出るしかないといったところか。

 こんな糞野郎に媚を売らなきゃやっていけないなら、俺は潰れてしまった方がマシだと思うがな。


「それは良かった。あまり問題は起こさないように気をつけてほしい」

「分かってるって。お互い仲良くいこうや」


 そういってから踵を返すと、俺を睨みつけながらすぐ真横を通り過ぎた。


「良かったな。助けてもらってよ」


 俺の耳元で鼻息を荒げながら、ボソリとつぶやいたグリース。

 その気持ち悪さにゾッとし、全身に鳥肌が立ったが、俺は無視して注意してくれた受付嬢の下へと向かう。


「声を掛けてくれてありがとう。助かった」

「い、いえ。し、仕事なので」


 まだ震えが治まっていないようで、体を小刻みに震わせながらスカートを握る手は、より強くなっていた。

 どうにか落ち着かせてあげたいと思考するが、グリースと揉めた俺が何をやったところで無駄だろう。


「スザンナさんは後ろで休んでいてください。……そして、君に少し話があります」


 受付嬢は受付から出てきた二人にギルド職員に連れられ、バックヤードへと下がっていった。

 代わりに出てきたギルド長が、俺は相談受付の一つへと呼びだした。


「あなたは、この間もグリースさんと揉めていた方ですね」

「正確に言うならば違うが、グリースと言い合いはしたな」

「やはりそうでしたか。……これはギルド長としてのお願いなのですが、グリースさんに歯向かうのは止めてもらいたい」


 その言葉に深いため息が漏れる。

 そんなあからさまな俺の態度に不快感を覚えたのか、仏頂面のギルド長の顔が少し崩れた。


「無理だな。あいつから絡んできてるんだ。俺は何もするつもりはないから、争いを止めてほしいならグリースに言え」

「それができるのであれば、こんなことをあなたに頼んでいません」

「それなら、俺を説得するのも無理だ。誰になんと言われようと、あいつにへこへこする気はないと頭に入れておいてくれ。……さっきあんたも気づいたと思うが、度を越えた瞬間に俺はグリースを斬るからな」

「――ちょっと待ってください!」


 そう警告してから、俺は相談受付を離れて依頼掲示板へと向かう。

 腐っている組織にもイライラするが、この感情を抱えていても無駄でしかないため、頭を切り替えて依頼を選ぶことにした。

 グリースの取り巻きも既におらず、快適な状況で俺はゆっくりと依頼を選ぶことができたのだった。

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