第70話 『旅猫屋』
翌朝。
ラルフとヘスターに付き添い、俺達は朝一で冒険者ギルドへと向かった。
朝一ということもあったからか、昨日たむろっていた冒険者たちの姿はなく、平和な空気がギルド内には流れている。
「これなら大丈夫そうだな。俺が中に入る必要もなさそうだし、もう行くわ」
「ああ。クリスも気をつけて植物採取しろよ!」
「分かってるよ。こっちで何かあれば、地図に書いた森まで来てくれ。森の奥にいると思うから探すのは大変だろうが、頑張って探してほしい」
「多分大丈夫だと思いますが、分かりました。何か大事件がありましたら、探しに行かせてもらいます」
「ああ、それじゃあな。二人とも頑張れよ」
二人が冒険者ギルドの中に入って行くのを見送ってから、俺は商業通りへと目指した。
大まかな野宿のための用品は揃っているものの、回復ポーションと食料、それからオブラートは買っておかないといけない。
……あと、森に入る前に、錬金術師の店にも顔を出したいと思っている。
良い人そうならば、ここで回復ポーションを買いつつ、カーライルの森についての情報を聞き出したい。
そんなことを考えながら、俺は商業通りへとやってきた。
早速、錬金術師の店に入ってみるか。
朝早いためやっているかどうか不安だったが、看板が『OPEN』となっているため、どうやら営業しているようだ。
俺はお洒落な外観の、『旅猫屋』と書かれた錬金術師の店へと入る。
ドアについているベルが心地良い音を鳴らし、その音で店の中に入ってきた俺に気が付いた店員が出迎えに来てくれた。
「いらっしゃいませ。ようこそ『旅猫屋』へ!」
店員は俺よりも若干年上ぐらいの、若い女性の店員だ。
髪は短いながらも可愛らしい顔立ちで、猫の刺繍の可愛らしいエプロンもつけているため……。
見た目で判断するのは失礼であるが、この人が錬金術師には見えない。
「初めてきたんだが、店主はいたりするか?」
「え? ……あの、私が店主なんですけど!」
「そうだったのか。失礼した。……ということは錬金術師なのか?」
「はい! こう見えても、小さい頃から錬金術を教えられてきましたので、オックスターでは一番の錬金術師と言われています!」
「――あれ? オックスターって他に錬金術屋ってあったか?」
「……うーん、どうでしたかね?」
「昨日見た限りでは、ここしかなかったはずだが。オックスターに一店舗しかないなら、オックスターで一番なのは当たり前なんじゃないか?」
「………………えーっと、ですねぇ。――まぁ細かいことはいいじゃないですか! それで今日はどんなご用事で来てくださったんですか?」
ニコニコと笑顔で話を変えてきた錬金術師。
決して悪い人ではなさそうだが、どうにもパッとしないな。
想像していた錬金術師ともかけ離れているし、信用するのが少し怖い。
「回復ポーションを買いに来たんだが、やっぱりやめ――」
「回復ポーションですね! 丁度いいのがありますよ! こちらちょっと試してみますか? どうやら少しお怪我なされているみたいですし、ぜひ試供してみてください!」
俺がやめると告げる前に、すかさず回復ポーションを手に取ると、試供品を勧めてきた胡散臭い錬金術師。
これを使ったら、逆に怪我をしてしまうんじゃないか――そんな怖さがあるのだが、こんな笑顔で親切にされたら断るのが申し訳なくなるな。
「うーん……。タダって言うなら、少しだけ使わせてもらうか」
「ありがとうございます! 是非使ってみてください!!」
小瓶に入った緑色の回復ポーションを手渡され、俺は恐る恐る、昨日の乱闘で出来た唇の傷にポーションをかけた。
一瞬、辛味を塗りたくったような痛みで跳ね上がったが、すぐにその痛みが消えると、ずっとヒリヒリとしていた傷口の痛みも一緒になくなった。
「おおっ。本当に効いたぞ」
「ですです! このポーション、本当に良いポーションなんですよ!」
「ちょっと顔を確認してもいいか?」
「どうぞ、こちらに鏡台がありますので、ご確認ください!」
案内された鏡台の前に立ち、今ポーションを塗った傷を確認してみる。
……? 傷は完全には塞がってはいないようだな。
てっきり一瞬で傷が塞がったのかと思ったが、どうやらそういう訳ではないらしい。
「店主。これはどういうことなんだ?」
「聞いちゃいます? それ聞いちゃいます!? 実はですね、普通の回復ポーションに冷却作用のある植物を混ぜているんです! 安上がりのポーションでどうにかできないかなぁって考えてたら、このポーションを思いついたんですよ!」
ノリはかなり面倒くさいが、この錬金術師本当に腕が立つのかもしれない。
先ほどまでの考えを一転させ、俺はこの錬金術師と仲良くなることに決めた。
「このポーション、気に入った。信用ならない店主だと思ってすまなかったな」
「え? ……ええっ! 私のことそんな風に思っていたんですか!?」
「いちいちリアクションしなくていいから、とりあえずこのポーションはいくらなんだ?」
「そう言われても難しんですけど……。えーっとですね、こちらは低級ポーションですが少しお値段かかりまして、銀貨二枚となります!」
「そうか。とりあえず五本売ってくれ」
「えっ! 五本も買って頂けるんですか? ありがとうございます!!」
「その代わりといったらアレだが……少しだけ話に付き合ってくれるか?」
俺はカーライルの森についての話を聞くため、交渉へと移った。
このノリの良さなら、即了承してくれるだろう。
「え、え、え? お、お話ですか……? す、すいません! ここはそういうお店ではないんです! え、エッチなことがしたいなら、他のお店に行ってください! ポーションは買わなくて結構です!!」
訳の分からないことを言い出した錬金術師に、俺は思わず頭を抱えてしまう。
最初から会話が微妙に噛み合わないし、この錬金術師はもしかして妄想癖持ちなのか?
「だれがそんなこと頼んだんだよ。知りたいことがあるから教えてくれと頼んだだけだ」
「ほ、本当にそれだけが目的ですか……?」
「はぁ、もう帰るわ。ポーションはいらない。お前と話していると疲れる」
両腕で体を抱えるようにし恥じらいを見せている錬金術師に、俺はうんざりとしてそう告げた。
買おうとしたポーションを机に置き、店を後にしようと扉に左手をかけたその瞬間、俺の右腕を錬金術師が引っ張られる。
「――なんだよ。離せ」
「すいませんでした! やっぱりポーションを購入してください! 売上が上がらなくて困ってるんです! なんでもしますから!!」
ラルフより面倒くさいのは久々だな。
ため息がとまらないが、情報を教えてくれるなら買ってやってもいいのか?
……でも、こいつとは仲良くなりたくはないな。
「変な妄想をして失礼なことを言ってしまったこと、どうか許してください!」
「…………ちっ、分かったよ。ポーションは当初の予定通り買う。あとは情報を話してくれ」
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
何度も頭を下げる妄想癖の錬金術師に金貨一枚を手渡し、俺は冷却効果のある低級ポーションを五本鞄の中へと入れた。
……本当に金に困っていたのか、俺の渡した金貨を大事そうに握り、即座に金庫の中へと入れている。
「おい、質問していいか?」
「あっ、ちょっと待ってください! ハーブティーを淹れますので、こっちに来てください!」
「いらない。ゆっくりするつもりはないからな」
「……そんなすぐに終わる質問なんですか? ということは、本当にエッチなお願いじゃない?」
「次言ったら、本気で返金してもらうぞ」
「すいません! すいません!」
本日二度目のため息を吐いてから、俺はやり取りが面倒くさいためそのまま質問をぶつけることにした。
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