閑話 ミエルの報告 その一


 ふふふ。最初に考えていたこととは違うけど、これでクラウスの評価を得られるはずだわ。

 まさかクラウスのお兄さんから、推薦してもらえるとは思ってもみなかった。

 預かった推薦状と手紙を大事に手に持ち、王都へと戻ってきた私はクラウスの元へと向かう。


 これまで【剣神】を授かって歴史に名を残せなかった人物は一人もいない。

 つまり【剣神】を授かるということは、圧倒的な才を持つことを意味する。

 秀でた才能を持つ者だけが集まる王都の育成学校の、今年は数百年に一度の大豊作と呼ばれている中でも、【剣神】は頭一つ抜け出ている存在。


 数百年に一度の大豊作に、数百年に一度の才能を持つ者が現れた。

 つまりは【剣神】であるクラウスに、どれだけ気に入られるかでこの後の人生が左右するといっても過言ではない。


 今現在でも、【賢者】は珍しい上に有用なことから良好な関係を築けているけど、このお兄さんの手紙のお陰でより強固なものとなるはず。

 私は堪えられない笑みを溢しながら、私はクラウスの元へとやってきた。


「失礼するわ。クラウス、こんばんは」

「……ミエルか。なんだ、この時間に」


 ノックをすると返事があり、中に入るとクラウスと――一人の怪しげな男が部屋にいた。

 この間情報屋から情報を貰ったから知っているんだけど、この怪しげな男は『アンダーアイ』のリーダーのミルウォーク。


 顔の右半分に深い傷を負っていて、その傷を隠すかのようにタトゥーが彫られているのが特徴のイカれた男。

 今はフードを深くまで被っているため顔は見えないけど、体から発している違法薬物の臭いや人を何十人も殺っている人間特有のオーラ。

 それから『アンダーアイ』のメンバーのみが持つ、奇怪なバッジを身に着けていることから、この男がミルウォークだということが断定できる。


「……ちょっと大事な話があって来たの。そっちの人を外してもらえるかしら?」


 私のその言葉にミルウォークはこの場から立ち去ろうとしたのだが、それをクラウスが引き留めた。


「いや、この客人が先客だ。この状況で話せない用事なら、また別の機会にしてくれないか?」


 ……本気でイカれているわね。

 裏の人間と繋がっていることを隠そうともせず、【賢者】の私よりもそっちを優先する。

 こいつが【剣神】でなければ、私は絶対に関わることを避けている人物だわ。


「分かったわ。なら席を外さなくて結構よ。この場で話す」

「手短に頼む」


 私はおもむろに受け取った手紙を出し、それをクラウスに手渡した。

 口で説明するよりも、兎にも角にも見てもらった方が手っ取り早い。


「なんだ? その手紙」

「とある人から預かった手紙よ。とりあえず読んでみてくれるかしら?」


 雑に折りたたまれ、雑草の根っこで封がされてあるだけの手紙を、クラウスは警戒しながら読み始める。

 一体どんな反応をするのか、ミルウォークには警戒しつつも楽しみに見ていると、私の予想に反してクラウスの怒気が急に強くなった。


 手紙が破れるのではと思うほど強く握りしめていて、普段は作り笑いか無表情しか見せないクラウスの顔が、眉間にシワが寄りこめかみには青筋、更には目まで血走っている。

 この時点で強烈に嫌な予感がしたのだけど、もう手渡した以上私にはどうすることもできない。

 読んでいた一枚目の手紙をビリビリに破り捨てると、続いて二枚目の手紙――そう、私の推薦状に目を通し始めた。


「ちょっとま――」


 止めようと声を掛けたが、時すでに遅し。

 推薦状を一目見てからすぐにぐちゃぐちゃに握り潰すと、クラウスは私の真ん前まで近づいてきた。


「ミエル。お前、クリスに会ったのか?」

「え、ええ。あなたのお兄さんと名乗っていたから、軽く話をしただけよ? それ以上の関係はないわ」

「なら、なんでこの手紙を持ってきた」

「内容は全く知らなかったの。……変なことが書かれていたの?」

「しらばっくれてんじゃねぇぞ。――薄汚い雌豚がッ!」

「め、め、めすぶた?」

「とっとと出ていけ。そして二度と俺の前に姿を現すな。……殺されたくないのならな」


 ブチ切れたクラウスは一方的にそう私を罵ると、思い切り突き飛ばして部屋から追い出した。

 扉も思い切り閉められ、扉が閉まるその瞬間、ミルウォークが私を見下すように笑っている顔が見えた。


 突き飛ばされたせいで私は廊下に尻もちをつき、そのまま状態で頭が真っ白になる。

 …………全く意味が分からない。

 クラウスのお兄さんと知り合えて、私の立ち位置は盤石になる――その予定だったはずだ。


 それがなんでクラウスが怒り、私は部屋から突き飛ばされて追い出され、二度と近づくなと言われたの?

 もしかして、あいつがお兄さんであることを騙っていた……?

 いえ、それにしては顔も似ていたし、知り得ない情報を持っていたことの辻褄が合わない。


 だとすれば、手紙の内容だ。

 雑草の根で結ばれていたため、中を覗くことができなかったが、私を貶すような内容を書いていたのだろう。


 ……手紙の内容を確認してから、クラウスに渡すべきだった。

 クリスには嘘を感じなかったし、お兄さんだと確信を持っていたから信用してしまった。


 あの弟にして、あの兄だ。

 推薦するといって喜ばせた上で、地獄に叩き落して喜んでいるのだろう。

 今頃、手紙を渡した後の私を想像し、楽しそうにほくそ笑んでいる顔が浮かんでくる。


 確かに殺しかけたとはいえ、ここまでの仕打ちを普通するの……?

 少なくとも、私はクリスの弟を助けようとした人物だ。

 ここまでコケにされる理由はないはず。


 ……今日は一度寮に戻り、日を跨いで少し落ち着いたであろう時に謝罪しにいこう。

 認識に誤解があり、クラウスのお兄さんとの関係が良好であることを伝えれば、きっと分かってもらえるはず。

 そう自分に言い聞かせて、私は痛む腰を押さえながら、寮へと戻ったのだった。

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