第2章
閑話 ラルフとヘスターのコソ練
夜中。
ラルフとクリスさんが寝静まったのを見て、私はこっそりと部屋を抜け出す。
そんな私が向かった先は、以前拠点にしていた裏通りの廃屋だ。
夜中にこんなところに来て何をしているのかというと、もちろん魔法の特訓である。
明るい内は依頼に勤しんでいるため、魔法の特訓に時間を割けないのでこうして夜中に特訓を行っているのだ。
まだ睡眠が足りなく大きなあくびが出るが、自分に気合いを入れ直して、早速魔法の練習へと入っていく。
現在の私の習得魔法は、ボール系、アロー系、ウォール系の三種類でいずれも火、水、風、土の四元素全てをマスターしている。
これで基礎中の基礎は覚えたことになるため、今はこの四元素の魔法の応用である複合魔法に取り組んでいる。
四元素の基礎魔法の習得はあっさりとできたんだけど、複合魔法は本当に難しい。
今は風と水の複合魔法である【アイシクルボール】の魔法に取り組んでいて、右手に風属性、左手に水属性の魔法を発動させ、この異なる二つの魔法を完璧に同じ威力で放たないと失敗に終わってしまうのだ。
「んんっ、【ウィンドボール】が大きい。もう少し抑えないといけない」
口に出して意識的に【ウィンドボール】の威力を弱めたのだけど、今度は弱めすぎたせいで【ウォーターボール】の威力が勝り、水が風で撒き散るように噴射してしまった。
ビショビショに濡れてしまったが、めげずにすぐ次の【アイシクルボール】を発動させることに専念する。
おじいさんの話では、名を上げる魔法使いというのは、幼少期から英才教育を施されている人のみらしい。
魔法はやはり少し特殊で、才能に加えて経験に頭脳と知識も必要とされる。
【天恵の儀】から魔法の習得を始める人ももちろんいるし、普通の冒険者くらいの力なら身につけることができると昔に言われた。
魔導書を買おうと決めた時は、その普通の冒険者を目指していたんだけど……。
クリスさんの役に立つには普通の冒険者では駄目。
魔導師であろうが、賢者であろうが、どんな魔法を司る人よりも私は一つ頭が抜け出た存在にならなければ、【剣神】を超えようとしているクリスさんの役には立てない。
もう私の人生は私だけの人生じゃなく、クリスさんのために戦っていくと決めたから。
だから、睡眠を削ってでも魔法を習得するし、少しでも多くの知識を身に着けるつもり。
幸いなことに、私には唯一と呼べる天賦の才がある。
それは【魔力回復】のパッシブスキル。
人よりも魔力の回復が速く、魔力ポーションに頼らずに魔法を連発することができる。
クリスさんのように努力すら無に帰してしまった才がある中、私はいくらでも努力ができる才能を授かったのだ。
近くで試行錯誤しているクリスさんを見て、私は絶対に弱音なんか吐けないし、王都へ向かう道中で伝えてくれた――“精神面では絶対に負けない。勝つまで挑めば絶対に勝つ”の言葉。
その期待に応えるためにも、私はただひたすらに努力を積み重ねるだけだ。
……いつか全ての恩を返せるようになるためにも。
私は気合いを入れ直してから濡れた服を絞り、再び『アイシクルボール』の特訓を始めたのだった。
――――――――――――
ヘスターが一人手に部屋から出て行ったのを確認し、俺も鉄剣を手にして後を追うように外へと出た。
最近、ごそごそとしていると思っていたが、一人で隠れてコソ練をしているようだ。
リハビリのお陰で大分足を動かせるようになってきたため、俺も三日前からヘスターにバレないようにコソ練を開始した。
まずは夜のレアルザッドの街を、ランニングで徘徊する。
見回りにしている兵士に見つかると面倒くさいため、気配を探りながらランニングしなくてはいけないんだが……。
このバレないように走るのが、意外と楽しいし索敵の特訓にもなっている。
レアルザッドの中をぐるりと大きく二周したところで、ようやく準備運動は完了。
ここからはひたすらに敵を脳内で想像しながら、実践に近い形で剣を振っていく。
基本の型はクリスに習ったため、後はどう幅を広げることができるかの模索だ。
俺には圧倒的に実践経験が足りないことは、クリスとの戦闘で身を持って感じている。
本当は色々な魔物や様々な人と戦いを積み重ねたいのだが、それは無理な話のためイメージで全てを補うことにした。
イメージするのは昔から得意で、母親と義父とで暮らしていた頃から、何も娯楽を持ち得ていなかった俺は、脳内で色々な物語を想像しながら過ごしていた。
想像というのは本当に無限大で、現実では戦うことのできない相手とも戦うことができる最高の特訓方法。
そこに加えて、今までは自分の腕の届く範囲でしか戦うことができなかったのだが、今は自由に駆け回って戦うことができる。
痛みもなく、膝がガクンと崩れることもない、圧倒的に自由な世界。
やれることが増えて幅が広がったことで、戦いがより難しくなったのだけど――それ以上に楽しさが大きい。
鎖に繋がれていた俺にこの自由を与えてくれたクリスのためにも、少しでも早くそして誰よりも強くなるため、俺は夜が明けるまでひたすらに剣を振り続けたのだった。
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