第65話 出立


 『七福屋』のおじいさんが訪ねてきたこと以外は、特に何も起こらず出発の日を迎えた。

 ラルフとヘスターに友人がいても、俺達を出迎えてくれる人はおらず、重い荷物を背負って『シャングリラホテル』の部屋を出る。


 最初は冒険者として稼げるようになるまで――そう決めてこの格安宿屋に泊まり始めたのだが、結局レアルザッドを離れるまで住み続けてしまったな。

 ボロボロの宿屋で、お世辞にも広いとは一室で三人で雑魚寝。

 何度、部屋を変えたいと思ったか覚えていないほどだが、いざ出て行くとなると少し寂しいものがある。


「いよいよ生まれ故郷を離れるんですね」

「裏通りに暮らしていた時の良い思い出なんて殆どないけど……やっぱり少し寂しいな。この宿屋もさ、俺にとっては大事な大事な思い出の一つだ」

「私もです。実質、私とラルフにとっては、ここが人生の始まりの場所ですからね。……あの時、勇気を出してクリスさんに声をかけたこと。ラルフは私に一生感謝してくださいね」

「そうだな。俺は猛反対したっけか。……まぁ一番に感謝するのはクリスにだけどよ」

「それはそうですね。クリスさんには私も感謝しかないです」


 カビの生えたカッチカチの布団と、ボロ臭いランプを見ながら二人も感傷に浸っているようだ。

 この流れだと、もう何度目か分からない俺への感謝の流れになるため、俺は話を変えることに専念する。


「もう時間だ。そろそろ店主にお礼を言って出よう」

「そんな焦る必要あるか? もう少し思い出に浸らせてくれよ!」

「道中で休むための村に間に合わなくなる。夜中に着いたら野宿確定だぞ」

「…………それは嫌だ。急いで出ようぜ!」


 裏通り育ちでも外での野宿は嫌なのか、ラルフは慌てた様子で鞄を背負った。

 入室した時以上に、綺麗にした部屋に三人で一礼してから、俺達は『シャングリラホテル』を後にした。


 最初は驚きの連続だった商業通りを見渡しながら歩き、門へと向かって歩を進める。

 裏通りはここからは見えず、ちょっと覗いていきたい気持ちになるが……ここは我慢だ。

 そんな踏ん切りをつけた瞬間――目の前にとある建物が見え、俺は挨拶をし忘れていた人物のことを思い出した。


「二人共、すまない。一つ行き忘れていた場所があったのを思い出した。少しだけここで待っていてくれるか?」

「時間ないんじゃないのか? 本当に野宿は嫌だぞ!」

「大丈夫だ。五分もかからない」

「待ってますので行ってきてください」


 二人に謝罪を入れてから、俺は大荷物を抱えたまま、表通りの一等地にある教会へと足を踏み入れる。

 俺には『七福屋』のおじいさんしか知り合いがいないと思っていたが、教会の神父がいたのをてっきり忘れていた。


 あの神父を知り合いと言われると難しい判断だが、あれだけ変なことをやらせておいて、何も言わずに出て行くのは違うと思ってしまったのだから仕方がない。

 行われている礼拝には目も暮れず、俺は一直線で能力判断の部屋に入った。

 置かれたベルを手慣れた手つきで鳴らすと、すぐにいつもの顔立ちの良い神父がやってきた。


「あれ? 今日は大荷物ですが、どうしたんですか?」

「実は今日でこの街を離れるんだ。挨拶がてら、最後に能力判別をやってもらおうと思って来た」

「そうでしたか……。それは寂しくなりますね」

「懐が――か?」

「いえいえ。頂いているお金は上に徴収されますし、純粋に寂しくなるということです」

「ちゃかしてすまないな。それじゃ最後の能力判別を頼む」


 軽いやり取りを行ったあと、俺は神父に金貨一枚と冒険者カードを手渡した。

 

「それでは行わせて頂きます。――終わりましたよ」

「ありがとう。またレアルザッドに戻ってきたら、寄らせてもらう」

「はい。お待ちして……。――すいません。少しいいですか?」


 笑顔で見送ろうとしていた神父は、急に真剣な表情へと変わり、俺を呼びとめた。


「ん? まだ何かあるのか?」

「お伝えするかどうか迷ったのですが、贔屓にしてくれたお礼として情報を一つ教えておこうと思いまして。……実は、“クリス”と名の付く人物がいれば、すぐに報告しろと王都の枢機卿からお達しがありまして、もしかしたら貴方のことではないかと頭を過ったのですが」

「王都の枢機卿? 偉い人なのか?」

「教会では教皇の次に偉い方ですね」

「偉い人が“クリス”と名のつく人を探している? そんなこと普段からあるのか?」

「いえ、こんなことは初めてでした。私は……まぁ上には報告しなかったのですが、気をつけた方がいいという忠告ですね。余計なお世話でしたら申し訳ございません」


 クラウスの奴、教会とまで繋がっていたってことか?

 手紙の一件で、もしかしたら本気にされてしまったかもしれない。


「いや、本当に助かった。情報をくれて本当にありがとう。……その教会の情報網というのは、どこまで広がっているのか教えてもらうことってできるか?」

「詳しいことは分からないので断言はできませんが、王都を中心とした街全てには指示がいっていると思います。逆にいえば、他の三大都市の近くまで行けば、お達しは出ていないと思いますよ」

「色々と本当に恩に着る。……俺に話してしまって、神父は大丈夫なのか?」

「ええ。“報告漏れ”や“飲みの席でのうっかり”が一つあったところで、何も問題ございません。くれぐれもお気をつけください」


 俺は情報をくれた神父に深々と頭を下げてから、この神父以外は信用できない教会を足早に後にした。

 いい情報が得られたし、俺を担当してくれた神父があの人で本当に良かったな。


「おいっ、おせーぞ! 何が五分で戻るだよ!」

「ちょっと話し込んでしまってな。悪い、すぐに出よう」

「はい。行きましょう」

「野宿になったら、クリスに責任をとってもらうからな!」

「大丈夫だって。ラルフの足は治ったんだから、いざとなれば走ればいい」

「……へへへ。そうだった。俺、全力で走れるんだよな」

「いや、“全力”では走らないけどな」


 そんな会話をしながら、俺はたまたま流れ着いこの街で見つけた二人のパーティメンバーと共に、一年間過ごしたレアルザッドを後にした。

 少し下手をうってしまったが、離れてしまえばゆっくりと力をつけることに専念できるはず。

 クラウスへの復讐の心を胸に宿し、新天地を目指して歩みを進めたのだった。



一章終了時のステータス(最後の能力判別時)


 

―――――――――――――――


【クリス】

適正職業:農民

体力  :13(+45)

筋力  :8 (+28)

耐久力 :8 (+41)

魔法力 :1

敏捷性 :6


【特殊スキル】

『毒無効』


【通常スキル】

なし


―――――――――――――――



ご愛読ありがとうございました。

第65話 出立 にて第一章が終わりました。

よろしければ、ブクマと☆を頂けましたら作者は大喜び致します!!


そして、6/23(金)から書籍版第一巻が発売されております!

ぜひお手に取って頂けると幸いです!

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