第64話 怪しい人物
レアルザッドを出発する三日前。
夜で三人共に部屋にいるのに、なぜか部屋の扉が外から叩かれた。
「ん……? なんだ? クリス、誰か呼んだのか?」
「ラルフ、静かに」
俺は普通の声量で喋るラルフを黙らせ、扉の向こうの人物を警戒する。
『シャングリラホテル』に住み始めてから、俺達を訪ねてきたものは一人としていない。
……ということは、クラウスの追手である確率が非常に高い。
「声量を抑えて話すぞ。扉の向こうにいるのは追手の可能性が高い。俺一人で窓から飛び降りて回り込む。二人は素知らぬフリをして時間を稼いでくれ」
「分かりました。扉は開けずに対応します」
「うーん……。追手がノックなんかするか? こんな木造の扉なんかぶっ壊すだろ」
「追手じゃなければそれでいい。誰を名乗っても扉は開けるなよ。頼んだ」
俺は鋼の剣だけ帯剣し、音を立てないように窓から外へと飛び降りた。
かなりの高さがあったのだが、完全に勢い殺して地面へと着地。
素早く移動をして、背後から回り込むために俺の部屋へと向かう。
大人数で来ていないことを祈りつつ、バレないようにそっとノックをした人物を覗き込むように確認。
黒いローブに長杖。
顔は確認できないが、風貌は魔法使いのよう。
……まさかミエルか?
俺はペイシャの森で熊型魔物に気取られないために身に着けた歩行で、慎重に近づく。
築数十年のボロい木造の建物のせいで、足の踏み場に困りながらも、一切の音と気配を出さずに真後ろまで辿り着いた。
この間俺がやられた時のように、俺は背後を取って身動きの取れないように拘束する。
そこでようやく背後にいる俺の存在に気が付いたのか、体がビクッと跳ねるがここからの抵抗は不可能と悟り、ゆっくりと一回頷いた。
「動いても駄目だ。喋っても駄目。――ラルフ開けてくれ」
扉の向こうにいるラルフに指示を出し、俺はローブの人物の右腕を取ったまま、部屋の中へと連れ込んだ。
「ラルフ、ローブを捲って顔の確認を頼む。ヘスターはいつでも魔法を使えるように準備。お前は少しでも動いたら即座に腕をへし折る。――本気だからな」
「なぁ、さっき……」
「いいから顔の確認をしてくれ」
短く的確に指示を飛ばし、ラルフに顔の確認を行ってもらう。
この位置からでは顔の確認はできないため、全てラルフにやってもらうしかない。
「どんな顔だ」
「――ッ!! おいっ、すぐにその人を離せクリス! やっぱり『七福屋』のじいさんだぞ!」
その言葉に脳がパニックを起こすが、確かミエルは変装の達人だった。
『七福屋』のおじいさんに成りすましている可能性もある。
あいつは声まで変えることができていた。
「ラルフ、落ち着け。ひとまず俺の言った通り動いてくれ。変装している可能性も考えられる」
「いや! この人は本当にじいさんだって!」
「いいから、落ち着いて指示に従ってくれ。まずは指輪の確認をしてほしい。人差し指に指輪はないか」
「ついてない!」
「左手の手の甲に傷は?」
「ついてない!」
前回見つけた変装では隠せない部分も白。
…………これは本当に『七福屋』の店主のようだ。
これは完璧にやらかしてしまった。
すぐに襲ってしまったおじいさんを解放し、俺は謝罪の言葉をかけた。
「いきなり襲ってしまってすまなかった。ここに尋ねてくる人なんて今までいなかったから、てっきり追手かと勘違いしてしまった」
「ワシの方こそすまなかったのう。こんな時間に押しかけてしまった」
「いや、いきなり襲う方がどうかしているから謝らないでくれ」
俺は深々とじいさんに頭を下げた。
「クリスは警戒心が強すぎる! 危うくじいさんの腕を折るところだったぞ」
「……確かにそうかもしれないが、確認してからじゃ遅いんだよ。俺はここで死ぬわけにはいかないんだ」
「もうよいもうよい。伝えてから行けば良かったワシのミスじゃ。クリスは今後もその警戒を忘れずにいてくれ」
おじいさんが笑顔で間を取り持ってくれたことにより、俺とラルフの言い合いはストップした。
ラルフの言い分も分かるが、ミエルが襲ってきた時のことが頭の中にある俺としては、警戒を解くということが絶対にできない。
死なないためにも、ここだけは譲ることのできない相談だった。
「……クリスがいきなりすまない。それで、じいさんはこんな時間に何しにきたんだ? 何か用があって来たんだろ?」
「実はヘスターに渡したい物があってな」
「……え? 私ですか?」
ここまで完全に蚊帳の外にいたヘスターの名が挙げられ、素っ頓狂な声を上げた。
ヘスターに渡したい物……? 正直検討もつかない。
「これは昔、ワシの親が使ってたものでな。売りには出せないから、餞別としてもってきたんじゃ。クリスには本当に世話になったからの」
「頂いて本当にいいんですか?」
「構わん構わん。部屋で眠っているより使われた方が喜ぶじゃろ」
おじいさんがヘスターに手渡したのは、先ほどから手に持っていた長杖だった。
先端には綺麗な赤い宝玉のようなものがはまっていて、見るからに高そうな杖のように見える。
「おじいさん、本当にありがとう! 大事に使わせて頂きます!」
「そうしてくれると嬉しいのう。そんで、ワシが生きている内にまた顔を見せてくれ」
「ああ、必ず土産を持って訪ねる。この杖の借りもしっかりと返す」
「ほっほっほ。そりゃえらい楽しみができたのう」
おじいさんはそう言い残すと、ぺこりと軽く頭を下げてから部屋を後にした。
『七福屋』には、本当に最初から最後までお世話になったな。
初見で訪ねた俺から盗品を買い取ってくれ、挙句の果てには信用して、人生を大きく変えた本を後払いで売ってくれた。
そして今、手違いで襲ってしまったのに、怒る様子もなく笑顔でさらっと流してくれた器量。
目指す在り方は違えど、俺が唯一目上の人間で尊敬している人物。
いつか必ず、俺が大きくなったら恩を返す。
おじいさんの背中を見て、そう心に誓った。
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