第60話 帰り道


「それじゃ、俺は先に帰るぞ」

「ああ。俺達も抜糸が終わり次第すぐに戻る」

「……くっそ。明日もあの朝食を食べたかった」

「それは仕方ないですよ。いつかまた食べれますから」

「そうそう。命に代えられるなら安いもんだろ。まぁ、俺達がクリスの分まで美味しく頂いておくから安心してくれ」


 悪い顔で俺にそう告げてきたラルフに軽く蹴りを入れてから、俺は一足先に荷物を持って『ギラーヴァルホテル』を後にした。

 本当ならばもう少し王都を満喫したかったところだが、二人が言っていたようにこればかり仕方がない。


 夜なのに昼間と変わらないぐらいの人の合間を縫って、俺は入ってきた門へと目指す。

 レアルザッドと同じように入る際は厳重な入門検査を行うが、出て行くときはあっさりと抜けることができた。

 ひとまず無事に王都を脱出できたことに安堵しつつ、暗い公道をひたすら歩き、レアルザッドへ向けて歩を進めたのだった。


 

 王都を出て二時間くらいだろうか。

 夜ということもあり、人の気配がまるでしないな。

 昼間はちらほらと人も見えるのだが、月明かりに照らされている虫ぐらいしか見えない。


 周囲には何もおらず、安全で景色が綺麗だったということもあり、ここで一休憩入れるために近くの岩に腰を下ろし、革袋に入った水を飲もうとした瞬間――。

 背後から首に刃物を押し当てられたのが分かった。 


「お前は誰だ?」

「黙れ。私がお前に質問をする」


 声はしゃがれた男性の声……なのだが、何か少し違和感を覚える。

 何かが微妙に掛け違った、そんな声と喋り方。


「なぜクラウスについてを調べていた? 本当のことを話さなかった時点で、即座に首を掻き切る」


 やはりと思っていたが、クラウス関連か。

 もう足を辿られ、王都を発っても尚追いつかれてしまったようだ。


「何か勘違いしていないか? 確かに俺はクラウスのことを調べていた。ただ、兄が弟のことを心配するのは当然のことだと思うけど」


 俺が感情の部分以外を嘘偽りなく話すと、そっと首元から刃物が下ろされたのが分かった。

 ヘスターの魔法練に付き合っていたから僅かに感じ取れたが、この男は首元に刃物を当てると同時に何かしらの魔法を使っていた。

 それが何の魔法かは全く分からなかったが、この刃物を下ろした反応の速さから、心理を読むとかそういった類のものだったのだろう。


「…………本当にお前がクラウスの兄なのか?」

「そう言ってるだろ。嘘偽りない言葉だ」

「顔を見せろ」


 そう告げられたため、俺は振り返り襲って来た男と顔を見合わせる。

 男は三十代くらいで、無精ひげの生やした清潔感のない男。


 だが、森で鍛えに鍛えた索敵能力が一切通じなかった相手でもある。

 相当な実力者なのは目に見え…………ん?


「確かに言われてみれば、クラウスによく似ているな……」

「――ん? お前、昨日バーにいた男……か? ……? いや、さっき王都ですれ違ったおばあさん?」

「は?」


 会話に脈絡もなく、正直自分でも何を言っているか分からないが……昨日バーにいた細見の若い男と、さっき王都の門を通る際にすれ違った年老いた女。

 そして、この無精ひげの男の何かが一致しているのだ。

 記憶を必死に辿って――。俺はようやく類似点を思い出す。


「その人差し指にはまっている指輪だ。確かその二人も同じものをつけていた」

「貴様は何を言ってるんだ? 脅されたからとぼけた振りをしているのか?」

「いや、指輪だけじゃないな。袖から見えるインナー、それから靴も同じ。あと……手の甲についた傷もだな」

「…………………。いやぁ、驚きだね。正直気持ち悪いよ、君」


 思い出した類似点を次々と上げていくと、真顔になってそう呟いた無精ひげの男。

 そして――顔がぐにゃぐにゃと動き、原型を留めなくなった。

 以前戦ったスライムのように顔が液状に変化したと思いきや、徐々に別の顔へと形成されていく。

 

「まさかバレるとは思ってもみなかった。正解、大正解。君が今あげた三人共、全員私だよ」


 再構築され形成された顔は、長い黒髪の若い女だった。

 目は大きく若干吊り上がっており、鼻すじは綺麗に通っていて、唇は薄く絶妙な位置にある。

 誰が見ても美人だと思うであろう女だ。


「お前何者なんだ? なんで俺を付けていた。王都からずっと見張っていたのか?」

「あはは、誰があなたみたいなのを付けるのよ。昨日、たまたま私もあの情報屋を利用していただけ。そこであなたがクラウスの悪い噂についてを調べていたから、念のために消しておこうと思っていたの」


 昨日バーであったのは偶然だったって訳なのか。

 それで俺と情報屋の話を盗み聞きし、俺がクラウスの裏事情についてを調べていたから襲ってきた――と。


「なるほど。あくまで俺ではなくて、クラウスが第一だったと」

「そういうこと。――でも、その様子じゃ本当にクラウスのお兄さんのようね。私の変装魔法を見抜いた人なんて、初めて会ったもの。あなたも凄い適正職業なの?」

「いや、【農民】だ」

「の、【農民】……?」


 酷く驚いた表情を見せてから、急に両手で口を押え始めた変装女。


「お、弟が【剣神】で兄が【農民】。……ぷっ、あーっはっは! ご、ごめんなさいね、決して馬鹿にしているわ……くっ……くっくっ、あーっはっはっは! あっはっは、お、お腹が痛い……ぷっ、あはは」


 静かな夜の公道で、急に腹を抱えて馬鹿笑いをし始めた変装女。

 恐らくクラウスが【剣神】なのに、兄である俺が【農民】であるギャップがツボに入ったようだ。


 ……ここまで盛大に笑われると、逆にムカつきもしないな。

 変装女が笑い終えるのを真顔で待っていると、ようやく笑いが治まったのか涙を拭きながらこちらに顔を向けた。

 


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