第61話 手紙


「うっくっく……本当にごめんなさいね。ふっふっ、別に馬鹿にしている訳ではないんだけど、なんか妙にツボに入ってしまったの」

「別に構わない。馬鹿にされるのは慣れているからな」

「いやぁ……本当に馬鹿にしたわけじゃないんだけどさ。それにしてもそれは災難だったわね。弟が【剣神】じゃ比べられちゃうもの。【天恵の儀】が終わってから今まで大変だったでしょ?」


 確かに大変だったが、【天恵の儀】を行う前の方が俺にとっては大変だった。

 もし仮に、【天恵の儀】で【剣豪】でも授かって追い出されていなかったらと考えると、正直ゾッとする。


「まぁ大変だったが……それよりお前は誰なんだよ。こっちも自己紹介をしたんだ。そっちも名乗ってくれ」

「私はあなたの弟のクラウスと同じ学校に通っている、ミエル・クリフォード・エテックス。自慢ではないけど、私の適正職業は【賢者】よ」


 【賢者】。昨日、情報屋も口に出していたな。

 自慢じゃないとは口には出したが、思い切りドヤ顔だ。


 年も俺と近そうだし、そうではないかと思っていたが……。

 この様子や襲った動機を鑑みても、この変装女はクラウスのパーティメンバーか。


「クラウスのパーティメンバーか。悪い虫がつかないように見張っていたと」

「いいえ、私はまだパーティメンバーじゃないわ。今回、クラウスのことを嗅ぎまわる輩を殺せば、クラウスの方からパーティに誘ってくれるんじゃないかと思って行動したの。……でも、予想していたよりもいい結果が出たかもしれないわ。クラウスの実のお兄さんと知り合えたのだからね」

「そういうことか。確か、クラウスがパーティメンバーの決定権を持っているんだもんな。――分かった。俺からクラウスにミエルのことを推薦してやるよ」

「えっ? あなたをいきなり襲ったのにいいの?」

「そりゃクラウスのためを思ってくれてだろ? 俺としてはミエルは信頼のおける人物だよ」

「……本当にありがとう。あなたを笑ってしまって本当にごめんなさい」

「構わない。……その代わりと言ったらなんだけど、手紙を書くから渡しておいてくれ。そこに君の推薦状もつけておく」

「ええ、分かったわ!」


 実力があり【賢者】だろうが、まだ成人したばっかの子供。

 甘い言葉を囁けば、ほいほいと信じてくれた。


 とりあえずミエルが、俺とクラウスの本当の関係性を知らないようで助かった。

 クラウスも大々的に俺とのことを公表できないが故に、裏組織と繋がってまで俺を探していたのだろうからな。


 俺は月明かりの光を頼りに、クラウスへの書をしたためる。

 ミエルはソワソワとしていて俺に期待してくれているようだが、この手紙にはクラウスとミエルを対立させるような文章を書くつもりだ。


 この手紙がどう作用するかは分からないが、上手いこと対立してくれることを願うばかり。

 ミエルがどこまで俺のことを知っているのか分からないが、恐らく俺の情報を一番持っているこのミエルを、クラウスに近づけさせないためにも必要なことだ。


「これをクラウスに見せれば、ミエルをパーティに入れることを決めるだろうよ。もう一通の手紙の方もちゃんと渡しておいてくれ」

「ありがとう。この恩は一生忘れないわ。クリスのことはクラウスにもよろしく伝えておくから」

「ああ、クラウスによろしく伝えておいてくれ」


 何も知らずうきうきのミエルは、俺からの手紙を大事そうに持つと、俺に手を振りながら王都へと戻って行った。

 俺も作り笑顔を見せてミエルを送りだし、再び岩に腰を下ろして一口水を飲む。


 …………ふぅー。

 今回は偶然上手く撒けたが、本当に危なかった。

 

 ミエルが、クラウスが俺を殺したいと思っていることを知っていれば、あの場で殺されていただろう。

 追われている身ということを自覚し、これまで以上に気を引き締めなきゃ駄目だな。


 とりあえずこれで、俺が生きていることはクラウスに知られることになるだろう。

 ただ、俺が今どこでどの街で暮らしているのかまでは、俺自身一切口外していないため知られることはないはずだ。

 王都から近い街は無数にあるため、当分の時間稼ぎもできるはず。

 

 ミエルだけが俺の帰って行った方角を知っているが、あの手紙に加えて俺のことをよろしく伝えたとすれば、一切聞き入れてもらえないだろう。

 王都に残していった二人が心配だが、二日間なら二人まで辿りつくことはないはず。

 そう自分に言い聞かせ、俺は周囲を再三警戒してから、レアルザッドまでの道を進み始めた。


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