第55話 最高級


「こちらがお客様のお部屋となります。こちらが鍵ですので施錠はしっかりと行って頂くようお願いいたします」

「案内ありがとう」

「それではごゆっくりお寛ぎください」


 深々と頭を下げ、部屋まで案内してくれたベルパーソンが戻って行くのを見送る。

 それからカギを使って開錠し、早速部屋の中へと入ってみた。


「うおー!! なんじゃこの部屋! やべぇよ! 布団がふっかふかだぞ!」

「本当に凄いですね……。部屋からの眺めも綺麗ですし、こんないい宿屋に泊まっていいのでしょうか?」


 二人が興奮するのも分かるほど、部屋は綺麗で広々としている。

 シャワーにトイレまで完備されている上に、エアーコントロールの魔法が組み込まれた魔道具まで置かれているのだ。


 『シャングリラホテル』で生活している俺達からすれば、天国のような場所。

 ベッドも三つしっかりと綺麗に並べており、本当にこれが最低ランクの部屋なのかを疑問に感じてしまう。


「これまでずっと頑張ってきたんだし、ちょっとぐらいのご褒美があってもいいんじゃないか? レアルザッドに戻れば、金稼ぎに修行の毎日だ。王都にいる間くらいは羽を伸ばそう」

「確かにそうかもしれないけど……なぁ?」

「うん……ねぇ? 羽なんか人生で一度も伸ばしたことがないですし、初体験だからどうしたらいいのか分からないんです」

 

 かく言う俺も、羽を伸ばしたことは人生で一度もない。

 しいていうならば、ペイシャの森での植物採取がそれに当たるのかもしれないが、殺される危険のある場所だし食べる物は有毒植物。

 あれで羽を伸ばしているといえるのかどうかは正直怪しい。


「俺も詳しい訳じゃないが、肩の力を抜いて気楽にしてればいいんだよ。とりあえず入れ替わりでシャワーを浴びようぜ」

「それは賛成です! やっぱりお風呂付きはいいですね」

「時間がない時は濡れタオルで済ませちまうもんなぁ。それでも廃屋で暮らしてた時よりかはマシだけどもよ」

「シルバーランクに上がったら、拠点を移してもいいかもな。結局、冒険者の知り合いは作れなかったし、裏通りの『鳩屋』に移すのはアリだとずっと考えてた」

「いいねぇ! いいところにするって言っても、『鳩屋』なのが俺達の限界って感じもするけど」

「いや、もっと良いところにしようと思えばできるぞ。ヘスターの魔導書に加えて、今回でラルフの手術費を貯める必要がなくなる訳だしな。……ただ、いずれは俺達だけの一軒家を買いたいと思ってるから、また貯金生活を始めたいと思ってるんだよ」


 これは俺個人の希望だが、やっぱりクランハウスみたいなものには憧れる。

 ……有毒植物の栽培もできるようになるしな。


「一軒家!? それはまたデカい夢だな。……確かに憧れるけどよ」

「私は大賛成ですよ。家まで買えるところまでいけば、とうとうって感じしますね!」

「乗り気なようなら良かった。――っと、話が脱線してしまったな。シャワーは誰から浴びるか?」

「どうぞ、クリスさんから入ってください」

「俺もクリスからでいいぞ」

「それじゃ、遠慮なく入らせてもらう」


 二人が譲ってくれたため、まずは俺から汗を流すことにした。

 それにしても、一軒家を買おうと考えられるところまで来ているのか。

 

 数ヶ月前までなら、二人は絶対に無理と取り合うことすらしなかっただろうしな。

 全員の成長を感じつつ、俺は着替えを持って風呂に向かったのだった。



――――――――――――――――



「クリスさん、お風呂入ったかな?」

「シャワーの音が聞こえるし入っただろ」

「……本当に凄いよね。私たちがこんなところに泊まれるなんてさ」


 クリスが風呂に入ったことを確認してから、窓の外を見つめながら感慨深そうにつぶやいたヘスター。

 確かにクリスと出会う前までは、頭の中で想像することすらできなかった光景が、今俺達の目の前には広がっている。

 

「王都に来る道中も話したけどさ、本当に俺達の人生は変わった」

「うん。底辺を這いつくばって生きて、『天恵の儀』で変わったと思ったけど……それでも変わらなかった私たちの人生を、クリスさんが変えてくれたんだよね」

「ふと思い返すんだけどさ、俺達はそんなクリスから盗みを働こうとしてたんだよな」

「そうだね。私もあの日のことを思い出して胸が痛くなる時がある。あの時も、私に優しくしようとしてくれてたところを襲ったから余計にね」

「クリスは気にするなって言うだろうけど……。俺達は一生を尽くしてこの恩を返していこう」

「私はパーティに引き入れてくれた……ううん、一緒に暮らすことを受け入れてくれた時から決めてるよ。クリスさんのためだけに生きるってさ」


 真剣な眼差しでそう告げたヘスター。

 俺も恥ずかしいし、クリスは絶対に嫌がるから一生告げる気はないが、クリスのために人生を捧げる覚悟はとうの昔にできている。


「俺とヘスター。二人だけは、この先どんなことが合ってもクリスの味方でいるぞ」

「言われなくてもそのつもり。ラルフも早く怪我を治して役に立てるようにしないとね」

「それは俺の頑張りでどうにかなる問題じゃねぇからな……。ただ、もし本当に治ったとすれば、死ぬ気で強くなるよ俺は」

「私も死ぬ気で魔法を習得する。あと勉強もいっぱいする」


 二人の意思を確かめ合ったところで、丁度シャワーの水の音が止まった。

 この会話はクリスにはバレないようにするため、ヘスターと目配せしてから何事もなかったかのように世間話へと移行したのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る