第54話 宿屋


 闇市場を出た後は、商業街で滞在している間の宿を探しに向かう。

 ラルフとヘスターが前回泊まった宿屋は、闇市場にある格安宿屋だったようだが、大金を持っていることからも闇市場で泊まるのは怖いと判断した。


 ここはケチるところではなく、しっかりと安全の確保されているちゃんとした宿屋に泊まる場面。

 明日手術のラルフのこともあるし、しっかりと良い宿屋を探してゆっくりと体を休めてもらう。


「クリス、あの宿屋なんかどうだ? 安そうじゃないか?」

「いやいや、クリスさん。あの宿屋の方が安そうですよ」

「だから、安い宿屋には泊まらないっての。安全性の高そうな良い宿屋を探してくれ」


 根っこから染みついた貧乏性が許さないのか、いくら言ってもこの二人は安い宿屋しか提案してこない。

 こうなったら俺が探し出して、無理やりにでも決めないといけないため、必死になって良さそうな宿屋を探して回る。


 『ゆとりれ』、『ハレクラホテル』、『三平屋』、『ベイサンズパーク』。

 どれも良さそうなのだが、もう一声を求めてしまう。

 

 人を掻き分けながら探し続けること数十分。

 ようやく俺のお眼鏡に叶う宿屋を見つけた。


「二人共、ここはどうだ? 『ギラーヴァルホテル』」


 俺が指さしたのは、メインの通りから少し離れているが、安全面がしっかりと行き届いている綺麗なホテル。

 俺達が普段泊まっている『シャングリラホテル』とは格があまりにも違うが、王都に滞在している期間ぐらいは奮発してもいいだろう。


「いやいやいや。絶対高いってあの宿屋は!」

「ですね。やめましょう!」

「高いからいいんだろ。俺達は今、大金を持っているんだぞ。安宿に泊まって管理が甘いせいで金を盗まれたら、それこそ大損どころの騒ぎじゃない」

「それはそうだろうけど、見張りで番すればいいだろ。あんな宿屋じゃ逆に体が休まらねぇ」

「いいから行くぞ」


 渋る二人を引き連れ、俺は『ギラーヴァルホテル』と書かれた宿屋へと向かった。

 内装は黒っぽいレンガの作りでシンプルに見えるのだが……全てのバランスが整っているため、言い知れぬ煌びやかさを感じる。

 緊張で変に溜まった唾の飲み込んでから、正面の黒いカウンターの先に受付の男性が立っている場所を目指し、手続きをしてもらいに向かった。


「いらっしゃいませ。ご予約されているお客様でしょうか?」

「いや、予約していないんだが、部屋は空いていないのか?」

「空いておりますよ。ルームタイプは如何なさいますか?」

「る、ルームタイプ? ルームタイプってなんだ?」


 ラルフとヘスターを引っ張るように連れて来た俺だが、早くも後悔し始めてきた。

 丁寧な対応をされるより、雑に扱われた方がやりやすい。

 二人を根っからの貧乏性と馬鹿にしたが、いつの間にか俺も貧乏性となってしまっているようだ。


「ルームタイプというのは部屋の種類でございまして、シングル、ダブル、ツイン、トリプル、ファミリーの五つから選んで頂き、そこから更にグレードが分けられておりましてエコノミー、スタンダード、スーペリア、デラックス、スイートの五つの中からグレードを選んで頂きたいのです」


 本気で何を言っているのか分からない。

 この男は同じ言語を喋っているのか……?

 

 ヘスターに助けてもらおうと様子を伺ったのだが、ポカーンと口を半開きにして放心してしまっていた。

 魔法の特訓では訳分からない単語でも、スッと落とし込んでいるヘスターですら駄目か。


「すまないが初めてなもので、おすすめの部屋を選んで欲しい。一番安い三人部屋でお願いしたい」

「かしこまりました。それではこちらで手続きさせて頂きます。お掛けになって少々お待ちください」


 こういった時は全てを全任せにするに限る。

 下に見られてぼったくられる可能性もあるが、これだけしっかりしている宿屋ならそんな悪徳商法はしてこないはず。


 俺は言われた通りに椅子に腰かけ、ぎこちない座り方で受付の男性が処理をしてくれるのを待つ。

 ラルフとヘスターに関しては、座ることすらせずに立ったまま周囲を警戒していた。


「お待たせ致しました。ご希望通り、トリプルルームのエコノミークラスでお取りさせて頂きました。宿泊期間は如何なさいますか?」

「その前に一泊幾らか教えてもらってもいいか? ケチ臭くてすまない」

「いえいえ、こちらこそ気が回らず申し訳ございません。一泊辺り朝食付きで金貨一枚となります」

「金貨一枚!?」

「説明ありがとう。それじゃ三泊お願いしたい」

「三泊!?」

「ラルフうるせぇ!」


 後ろでいちいち大騒ぎするラルフを注意し、俺は三泊の宿泊予約を取った。

 確かに『シャングリラホテル』の一泊は銅貨六枚で、倍率で考えるのであれば約十七倍。

 

 三日間泊まるとなると、『シャングリラホテル』で一ヶ月半過ごせる訳だが、それは『シャングリラホテル』が安すぎるだけだ。

 最低ランク且つ三人一部屋にしたというのもあるが、思っていたよりも全然良心的な価格だったし、問題なく『ギラーヴァルホテル』に決めることができる。


「ありがとうございます。それではその手筈で手続きさせて頂きます。身分証をご拝借させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「ああ。これが身分証だ」


 受付の男性に冒険者カードを手渡し、書類に記載を終えるのを待つ。


「ありがとうございます。それではこちらお返しさせて頂きます。こちらのベルパーソンがお部屋までご案内致しますので、後について頂くようお願い致します」


 そういうと、受付の男性の横に立っていた男性がゆっくりと頭を下げてから受付から出てきた。


「お部屋までご案内させて頂きます。お荷物お預かり致しますね」

「――あっ、荷物は大丈夫だ。部屋の案内だけ頼む」


 手荷物を預かろうとしてきたベルパーソンに断りを入れ、部屋までの案内だけをお願いする。

 流石に大金の入った鞄を持たせるのは怖いし、何かあった時に疑いたくないからな。


 すぐに引き下がってくれたベルパーソンは、部屋までの案内を始めてくれた。

 広く豪華な造りのホテルを歩き、案内されるがまま部屋へと向かった。

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