第56話 再建手術


 翌日。

 ふかふかのベッドだったからか、いつもよりもぐっすり眠れた気がする。

 

 昨日は全員でシャワーを浴びた後、夕食を食べに行って帰ってくるなりすぐに眠った。

 夕食も美味そうな店が並ぶ中、安い定食屋で済ませ、今日の手術が成功したらパーッと豪勢にいくつもりでいる。


「ラルフ、気持ちの準備は整ったか?」

「ああ。この宿屋のお陰で肩の力が大分抜けた。いい精神状態で手術を受けられそうだ」

「そりゃ良かった。それじゃ、笑顔でまたこの宿屋に戻ってこれるように祈ってから――向かうか」


 二人にそう声をかけ、俺達は再び闇市場を目指し、『ギラーヴァルホテル』を後にした。

 先ほどラルフが言ったことは本当だったようで、いつものように緊張した様子を見せることなく、談笑しながらブラッドのいる建物まで着いた。


 今日は最初から患者の姿はなく、誰もいない建物の中を進み、昨日通してもらった手術室へと向かう。

 中には既にブラッドの姿があり、昨日の汚らしい恰好とは一変し、真っ白な白衣に身を包んでいた。


「どうも、どうも! お待ちしておりました。昨日は本当にすいませんでした」

「謝罪はいらないから絶対に成功させてくれ」

「お任せください。それではラルフさん、こちらに寝転んでくださいね。まずはラズールの葉から抽出した痺れ薬で麻痺させてから、ドミールの実で抽出した眠り薬で眠らさせて頂きます。それからの手術になりますので、少々お時間は頂きます」

「構わない。いくらでも待つ」


 俺のその言葉を皮切りに、ブラッドは手際よくラルフに痺れ薬を打ち込んでいき、ラルフは自身で飲んだ眠り薬によって三十分ほどで眠ってしまった。

 それから薬が完全に効くまで一時間ほど待ってから、いよいよラルフの膝の再建手術が始まった。


 助手や看護師はおらず、全て一人でこなしていくブラッド。

 その噂通りに、手際の良さは一流そのもので、何の知識もない俺でも名医と分かるほどの腕前。


 切開してから約八時間くらいが経過しただろうか。

 ようやく全ての作業が終わったようで、傷口を縫合し始めたブラッド。


 こいつは正真正銘の糞野郎だが、人格はともかくその手術の腕は尊敬に値するものだったな。

 額に滲んだ汗を拭ったブラッドは、作ったような笑顔を見せると俺とヘスターに手術終了を告げてきた。


「手術は大成功です。特注の回復薬も使ってますので、後は傷口が塞がるのを三日ほど待って、抜糸すれば全ての工程が終了致します。歩けるようになるまでには時間がかかるでしょうが、順調に回復していけば元のように動けるようになりますよ!」

「ありがとう。本当に助かった」

「いえいえ! 私はできることをしただけですので! ――それでなんですが、お金の方を頂戴したいのですけど……」


 尊敬した途端、すぐにこれだ。

 これだけの腕を持っている奴が、ここまで落ちぶれたのが納得できるのも珍しい。


 この性格さえ治せばもっと儲けられただろうし、もっと敬われる存在だっただろうにな。

 ……いや、この性格じゃなければ、ここまでの腕を身に着けることは逆に不可能なのかもしれない。


「金はまだ全額は払えない」

「…………はぁ?」

「とりあえず前金で白金貨三枚は渡す。三日後、また来た時に異変がなく、抜糸を終えた段階で残りの白金貨二枚は払わさせてもらう」

「……なるほど! そういうことでしたら、大丈夫です。それでは白金貨三枚だけ頂いてもよろしいですか?」


 本当はまだ白金貨三枚も渡したくはないのだが、渡さなければ発狂するのは目に見えているからな。

 がめつい男だ。白金貨二枚をまだ渡さずにしておけば、残りの仕事も完璧にこなすはず。

 俺は鞄から白金貨を三枚取り出し、にじり寄ってきたブラッドに手渡した。


「うっはっはっ! 偽物ではない本物の白金貨だぞ! ……おっと、確かに白金貨三枚頂きました。残りは三日後ということで、私はお先に失礼致します。起きたら勝手に出て行ってもらって構いませんので」


 手にした白金貨を見つめがらそう言い残すと、俺達を置いて出て行ったブラッド。

 あの様子を見る限り、後払いの成功報酬にしたのは正解だったし、残り二枚を渡すのを後回しにしたのも正解だったようだ。


 どっと疲れたような感覚に陥るが、ひとまずラルフの手術が成功して良かった。

 実際のところは起きてみなければ分からないが、この目で見ていた限りは問題ないと思う。


「…………クリスさん、本当にありがとうございました」

「前にも言ったがお礼を言うのはまだ早いだろ。俺達はまだ何も成し遂げてないぞ」

「分かっています。でも、この感謝の気持ちを心に留めておけないので」

「なら、素直に受け取っていく」


 二人で眠っているラルフを見つめながら、静かな手術室でそんなやり取りを行った。


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