第44話 指導


「それじゃ魔法の練習に入るぞ」

「はい。お願いします」

「お願いします」

「……なんでラルフもついてきてるんだよ」

「暇なんだから仕方ないだろ」

「――なら、ラルフには俺が剣の指導をしてやる」

「……え? いいのか?」

「追い抜かれるのが嫌だから、本音としては教えたくないんだが……そうも言ってられないからな」

「まともな剣の指導なんか受けたことないから、本気でありがてぇわ!」

「俺も他人の受け売りでしかないけどな。とりあえず先にヘスターからだ」


 教会で能力判別を行ったあと合流した俺達は、レアルザッドを出てすぐの平原へとやってきていた。

 流石に街中で魔法の練習をすると弊害が出そうなため、ぶっ放しても大丈夫そうな場所に出てきたという訳だ。


「えーっと、まずはイメージすることが何よりも大事です。蝋燭に火を灯し、その火を見ながら、魔力を火に変えてみるトレーニングを行ってみましょう――だってよ」

「魔力を火に変えるイメージですか。分かりました。試してみたいと思います」


 蝋燭に火を灯したヘスターは、その蝋燭の真横で左手の人指し指を立て、指を蝋燭に見立てたようだ。

 右手は蝋燭の火の上にかざし、イメージしやすいように火の温度を肌で感じている。


 その光景を見て俺も試してみたい気持ちになるが、まだ自身の魔力すら感知できていないため無意味だろう。

 能力判別の結果を見る限りは、本当に極僅かだが魔力を保有しているはずなんだけどな。


「よし。ヘスターが成功するまで俺達は剣を振るか」

「よろしくお願いします! ……師匠!」

「その呼び名、反吐が出るほど気持ち悪いからやめろ」

「なんでだよ。本当に俺には容赦ねぇな」


 親父が門下生に師匠と呼ばせていたこともあり、本当に鳥肌が立つくらいゾッとした。

 ふとした拍子に脳裏を過るからどうしようもない。


 気を取り直した俺は、ラルフに剣術の指導をしていく。

 ラルフは動きは滑らかだが、基本がなっていないため基本から徹底的に叩き込んでいく。


 【聖騎士】だから、基本さえ吸収すればあっという間に強くなるだろう。

 ラルフを容赦なく徹底的に指導していると……後ろからヘスターの声が聞こえてきた。


「クリスさん! 火がつきました!」


 ヘスターの方を見てみると、確かに左手の人差し指の先に火が灯されていた。

 時間にしてまだ三十分も経っていないが、こんなに魔法の習得って早いものなのか?


 ヘスターが凄いのか、それとも魔法の習得が簡単なのか。

 どっちなのか分からないが、なんにしても早いに越したことはない。


「もう火をつけることができたのか。えー次は、その火を飛ばす練習をしてください――だってさ」

「あの、こんなこと言ったらあれなんですが……。もう魔法の習得に入ってもいいですか?」

「基礎をすっ飛ばすってことか? ヘスターがそれでいいなら俺は別に構わないが」

「今ので、コツはなんとなく掴みましたので大丈夫です」

「分かった。じゃあ、書かれている魔法の術式を読み上げていくから覚えてくれ」


 俺はヘスターに頼まれた通り、魔導書に書かれた【ファイアボール】の術式を読み上げていく。

 俺のような素人からすれば、意味の分からない言葉が羅列されているだけに感じるが、魔導書に書かれていること曰く、その魔法を扱うのに最適な発声らしい。


 ヘスターに書かれている術式を伝え終わると、目を瞑りながら何度も小さくつぶやき始めた。

 俺が術式を唱えた時は、魔法の魔の字も感じられなかったが、ヘスターが呟くとヘスターの魔力が手の平を中心に動いているのがはっきりと分かる。


「また何かあったら呼んでくれ」

「分かりました。ありがとうございます」


 ヘスターの魔法の習得までもう近いと察し、ラルフじゃないが俺も若干の焦りが出てきた。

 この習得ペースでいくならば、俺なんかあっという間に追い抜かれる。


 ラルフもそうだが、二人が強くなるために尽力を惜しむつもりはない。

 ただ……追い抜かれるのは、俺の中に残る小さなプライドが許さない。

 二人に負けないためにも気合いを入れ直し、ラルフに指導しつつ俺自身も復習する感覚で剣をひたすらに振り続けたのだった。

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