第45話 二人の能力


 ヘスターが魔法の練習を始めた日から、約二週間が経過した。

 俺ははぐれ牛鳥狩りを行いつつ、夜はヘスターの魔法練習に付き合いながら、ラルフに剣術を指導する日々を過ごしている。


 ヘスターの魔法習得スピードはやはり尋常ならざる速度で、既に【ファイアボール】を含む、四元素の基礎ボール系魔法を全て習得し、今は速度に特化したアロー系の魔法に取り掛かっている。

 アロー系の魔法も覚えることができたら、いよいよブロンズランクの依頼を受ける手筈だ。


 ラルフもラルフで成長速度が凄まじく、静止した状態での打ち合いでは五十回に一回は打ち負けるぐらいには成長を見せているため、問題なくこなせると思っている。

 そして、俺の方はというと……あまり進展がなく筋力を増強させる植物を特定したぐらい。

 紫色に白い斑点がある実で、俺は『リザーフの実』と名付けた。


 前回採ってきた植物は既に底についているし、そろそろ採取に行きたいところだ。

 熊型魔物の件もあるが、ビビって行かないという選択肢は俺にはない。

 レイゼン草とゲンペイ茸とリザーフの実に狙いを絞れているし、もっと大きな鞄を買って一気に大量採取してくるのもいいかもしれない。


 それに体力、筋力、耐久力と必要な増強系の有毒植物を見つけて識別の必要もなくなったため、今後は金貨の消費も大分抑えられる。

 その分の金貨を回し、ラルフとヘスターの能力判別を行ってもいいな。

 ……いや、流石に能力判別の金は二人に出させるか。


「ヘスター。今日もこれから魔法の練習に行くのか?」

「はい。クリスさんも来てくれますか?」

「ああ、ラルフの指導もするからな。それなら一つ提案があるんだが……練習の前に、能力判別を行わないか?」

「能力判別ですか?」

「冒険者になった時、受付嬢から説明を聞いているだろ?」

「すいません……。聞いていなかったです」

「俺も聞いてないな。なんだよ、その能力判別ってのは」


 二人共詳しく説明を聞いていなかったようで、能力判別のことを知らないらしい。

 確かに、俺は受付嬢が無表情となるほど質問攻めにしたから聞き出せたが、普通は能力判別の説明はされないのかもしれない。


「自分の身体能力を数値化してくれる儀式みたいなものだ。簡単にいえば『天恵の儀』のようなもんだよ」

「へー。そんなサービスがあるのか。今まで存在すら知らなかったわ」

「サービスじゃなくて金を払ってやってもらうんだがな」

「金を払う? いくらかかるんだ?」

「金貨一枚」

「……は? はぁー? 金貨一枚!? 誰がそんな大金払ってまで自分の能力の判別なんかするんだよ! 別に強くなるとかじゃないんだろ?」

「強くなる訳じゃないが、自分の今の能力を正確且つ詳細に把握できる」

「詳細に把握なんかしないでも、別に何も困らないだろ。なぁ、ヘスター?」

「そ、そうですね。金貨一枚は確かに高すぎる気がします」


 ヘスターもラルフの意見に賛同を見せた。

 恐らくこれが世間一般的な意見だからこそ、受付嬢も説明をしないのだろうな。


 二人に金を出させようと考えていたが、この反応を見る限りは絶対に出さないだろう。

 重要な指標になる訳だし、今回は俺が金を出してやってもらうか。


「現状の能力を判別しておいて損はない。一日の努力量でどれだけ能力が上がるのかが分かるだけで、効率だって上がるだろうしな。とりあえず今回は俺が金を出すから能力判別を行ってくれ」

「いや、俺はいいよ。金貨一枚あれば、十日は贅沢な食事ができるしそっちに使いたい」

「誰がラルフに贅沢させるために金貨一枚払うんだよ。能力判別したくないなら無理強いはしないが、やらないからといって金貨一枚は渡さないからな」

「えー……。ならやった方が得なのか?」

「私はお金を出してくれるのならやりますよ」

「それじゃ、教会が閉まってしまう前に行くか」

「教会でやるんですね」

「場所も『天恵の儀』と同じだ。受け方もほぼ同じ」

「…………ちょっと待て。タダなら俺も受ける!」


 こうして二人を引き連れ、俺は教会へと向かった。

 もう通い慣れた教会に入ると、キョロキョロと中の様子を見ている二人を他所に、一直線で能力判別の部屋に入る。


 一人でも狭い部屋なため、三人がいっぺんに入るとすし詰め状態だ。

 早いところ済ませてもらうためすぐにベルを鳴らすと、いつもの神父が部屋の中へと入ってきた。


「……あれ? 今日はおひとりじゃないんですか?」

「ああ。今日は仲間の能力判別をやってもらおうと思って来たんだ」


 決して口には出していないが、変人が三人に増えた――。

 そう言いたそうな目で俺達を見ている神父。


「――分かりました。それではお二人の冒険者カードと金貨二枚よろしいでしょうか?」


 俺は二人に冒険者カードを手渡すように促す。

 俺も金貨二枚を袋から取り出し、神父に手渡した。


「確かに金貨二枚頂きました。それではまず女性の方から行わせて頂きます。――終わりました。次に男性の方。――はい、無事に終わりました。ご確認ください」

「ああ。またよろしく頼む」

「はい。お待ちしております」


 神父から二人の冒険者カードを受け取り、俺達は教会を後にした。

 能力判別なんて意味あるのかと言っていた二人も、先ほどからずっと冒険者カードを凝視し能力値を確認している。

 ラルフに至っては文字が読めないのに、熱心にヘスターから聞いて見ているぐらいだ。


「どうだった。反映されていたか?」

「はい、大丈夫です。すぐに終わったので少し心配でしたが、ここまでしっかりと記載されるんですね」

「ちょっと面白いかもしれない。……でも、能力が思っていた以上に低いがあってるのか?」

「見終わったら俺に見せてくれ。金は俺が出したんだし、拒否権はないからな」

「マジかよ。クリスには見せたくねぇ……」

「なら金貨一枚渡すか選べ。ラルフが金を払うなら俺は見ないぞ」

「払うわけないだろ。ほら、見ろよ。……絶対に笑うなよ?」

「笑わねぇよ」


 俺はラルフから冒険者カードを受け取り、すぐに能力値を確認する。



―――――――――――――――


【ラルフ】

適正職業:聖騎士

体力  :28

筋力  :10

耐久力 :31

魔法力 :10

敏捷性 :11


【特殊スキル】

『神の加護』


【通常スキル】

『神撃』『守護者の咆哮』


―――――――――――――――

 


 分かってちゃいたが、やっぱり強い。

 まだゴブリンしか狩っていないのにこの能力だ。


 本格的に様々な魔物を狩れるようになり始めたら、ぐんぐんと上昇していくだろう。

 一緒にいて体力も耐久力も敏捷性もないように感じるが、足の怪我の影響が大きいということがこの能力値を見て理解した。


「どうだよ。見たなら返せ!」

「やっぱり聖騎士なだけあって能力が高いな。怪我が治ったら下手すりゃ抜かれるかもな」

「この能力って高いのか……? 筋力に至っては10だし、てっきり弱いのかと思ってた」

「俺も俺の能力しか見たことがないから、ちゃんとした真偽は分からない。ヘスターも見せてくれ」


 次にヘスターの冒険者カードを預かり、能力を見てみる。

 流石にヘスターに負けてたらショックが大きいが、はたしてどんなものなのだろうか。



―――――――――――――――


【ヘスター】

適正職業:魔法使い

体力  :13

筋力  :7

耐久力 :8

魔法力 :41

敏捷性 :9


【特殊スキル】

『魔力回復』


【通常スキル】

『魔力暴走』


―――――――――――――――



 流石にヘスターには、魔法力以外の全ての能力値で上回っているか。

 ……まぁ有毒植物がなければ、全ての能力で上回られているんだけどな。


「魔法力はやっぱり図抜けてるな」

「魔法使いですので、魔法力が高くてホッとしてます」

「それと、【魔力暴走】って【天恵の儀】で授かったスキルなのか? この間話してくれた時、一切聞いていなかったが」

「私も不思議に思ってるんですよね。【天恵の儀】では【魔力暴走】のスキルなんて伝えられていなかったので。……神父さんが伝え忘れたんでしょうか」


 その可能性もあるだろうな。

 俺も【毒耐性】と聞かされていたが、実際には【毒無効】だった。

 

 ただ、スキル自体を伝え忘れるなんてうっかりじゃ済まされない問題だと思うけどな。

 もしかしたら【天恵の儀】で授かったスキルではなく、生まれ持ったスキルの可能性もありそうだ。


「なぁヘスター。俺にも見せてくれよ! ……おお、やっぱり俺の方が強いのか。ということは、俺の能力って低くないのか?」

「多分だけどな。俺よりも相当高い」

「クリスのも見せてくれ。俺のも見せたんだしいいだろ?」

「構わないぞ」


 俺はラルフに冒険者カードを見せる。

 俺の能力を見て、すぐに自慢気になるかと思ったのだが、俺の冒険者カードを見ながら首を横に傾げ始めた。


「なぁ、なんでクリスのだけこんなに複雑なんだよ。一番上が確か体力だから……体力が1221?」

「1221じゃなくて、12と21だ。合わせて33だな」

「なんでクリスのだけ分かれてるんだよ。滅茶苦茶見にくいし、ハズレの冒険者カードでも引いたのか?」

「推測でしかないが、左の数値が俺本来の能力で、右の数値が別の力によって上がった能力だと思う」

「別の力によって上がった能力……? なんだよそれ」

「俺が毎日食ってるあの植物だよ。あれのお陰で能力が上がってるんだ。俺はな」

「あの枯草ってそんな凄い効果を持ってたのかよ! ――ずりぃぞ、独り占めして! 俺にも食わせてくれや」

「だから前にも言っただろ。あれは毒草だって。死んでもいい覚悟があるなら食わせてやるけど」

「うぐぐ……。やっぱクリスだけずりぃぞ!」


 俺から言わせてもらえば、【聖騎士】を授かったラルフの方がよっぽどずるいけどな。

 俺は少ないヒントからなんとか可能性を手繰り寄せただけで、才能さえあれば正攻法で強くなってみたかった。


「とりあえずそういうことだ。お前も草食って強くなりたければ、【毒無効】のスキルを身に着けるんだな」

「どうやって身に着けるんだよ! ……別にいいさ。俺はしっかりトレーニングを積んで強くなるからよ」

「ふっ、それが一番いいだろうな」


 能力値であれこれ盛り上がりながら、俺達は一度『シャングリラホテル』に戻り、準備を整えてから各々の特訓へと移った。

 ラルフの能力を見て改めて思ったが、早いところ怪我を治してもらった方が大幅に戦力アップに繋がる。


 色々と無駄使いをしてきたが、ここからは植物採取にだけ金を使い、手術代の白金貨五枚に狙いを絞って生活していこうと思う。

 俺はラルフと木剣で打ち合いながら、当面の目標をしっかりと決めたのだった。

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