第10話 盗人


「それで? なんで俺から盗もうとしたんだ?」


 路地裏の奥に座らせ、俺はそれを見下ろす形で質問をした。 

 くすんだ赤髪の女は未だに口を両手で塞いだまま、目を泳がせながらもごもごと何かを喋っている。


「口を塞いでいたら分からないだろ」

「わ、喚いたら殴るって……」

「喋らなきゃ殴る」

「ひっ、……理由はないです。無理やり理由をつけるとしたら、生きていくためです……かね?」


 脅しが効いているのか、声を震わせながら喋り始めた女。

 なるほどな。生きていく上で盗みを働かなくてはいけない環境にいるって訳か。


 それならボロボロの服に身を包んだ俺を狙わず、大通りにいる裕福そうな奴を狙えばいいのにと思わなくもないが……。

 『ゴールドポーン』を追い出されてから、気落ちしてとぼとぼと歩いていたし、恰好の獲物に見えたのだろう。


「生きていくために盗みを働いているって訳か。手慣れた感じを見るに、今回が初めての盗みじゃないよな? 親とかはいないのか」

「いないです」

「それじゃ仲間は?」

「…………………い、いないです」


 親の存在を聞いた時は即答したが、仲間の存在を聞いた瞬間に目を泳がせ、しばらくの沈黙の後に小さな声で否定の言葉を発した。

 ……流石に嘘が下手すぎるだろ。

 仲間とグルで仕掛けてきたのだったら、その仲間の奴にもキッチリと文句を言ってやりたいし、問い詰めて吐かせるか。


「今、嘘吐いたな?」

「…………ついてないです」

「その反応が嘘だって言ってるようなもんなんだよ。別に言わなくてもいいけど、言わないならこのまま兵士のところに突き出しに行くからな」

「そ、それだけはやめてください!」


 悲痛交じりの声でそう訴えかけてきた女。

 もちろんだが、俺も兵士には会いたくないため突きつけるつもりは微塵もないが、脅しとしての効果は絶大だったようだ。


「だったら嘘をつかずに本当のことを話せ」

「…………仲間はいます。廃屋で一緒に暮らしてる人です」

「何人いるんだ?」

「私も含めて二人だけです」

「なるほど。そいつと一緒に盗みを働いているって訳か」

「は、はい」


 嘘を吐いていないか疑いたくなるが、この反応からして本当のことを言っていると思う。

 ということは、その同居人と二人で仕組んで俺から盗みを働いたってことか。


「その同居人ってのはどこにいるんだ? 近くにいるんだろ?」


 俺がそう尋ねると、女はゆっくりと奥の家を指さした。

 なるほど。

 路地裏のあの家がアジトで、あそこまで逃げ切れれば完全に撒けれたって訳なのか。


「よし。俺をそこに連れていけ。……心配するな。そっちが何もしてこなければ、危害を加えるつもりはない」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。嘘じゃない」


 俺もやることがたくさんあるのに、かなり面倒なことに巻き込まれてしまったな。

 二度と俺には関わらないと誓わせ、この女を解放してもいいのだが……。


 主犯がもう一人いるのなら、そいつにもしっかり釘を刺しておかないといけない。 

 面倒くさいが、なあなあで済ませたことで、また狙われたらたまったものじゃないからな。


 女は俺を疑っている様子を見せつつも、従わざるを得ない状況のため、渋々ながらアジトらしき家へと先導し始めた。

 中に入った途端、大勢に襲われる――なんて可能性もあるため、俺も全力で警戒しつつ家の中へとついていく。


「おいっ、随分と遅かったじゃないか。 捕まったんじゃないかと心配したんだぞ!」


 家に入るなり、俺と同い年くらいの男が凄い勢いで駆け寄ってきた。

 金髪で精悍な男で、こちらも女と同じく髪色がくすんでいる。

 男は喋り終わった後に、女の後ろに俺がいることに気が付いたようで、目を丸くさせて固まった。


「…………捕まっちゃった」

「つ、捕まっちゃったじゃねぇよ! な、なんでここに連れてくるんだ!」

「だ、だって……。連れて行かないと痛めつけるって……」


 男はかなり焦った様子で慌てふためき、腰についている短剣に手を伸ばそうとした。


「おい。攻撃してきたら容赦はしないぞ」

「ラ、ラルフ! 武器をしまって!」


 俺の脅しと女の説得もあり、抜きかけた短剣を再び鞘へと納める。

 身のこなし的に武術や剣術に覚えがありそうだったが、なんというか体のバランスが非常に悪く、俺の相手ではないのはすぐに分かった。

 斬りかかられていても対処可能だと思うが、俺としても穏便に済ませられるならそれが一番良い。


「な、何の用だよ! 金ならないぞ! 金があるんなら、盗みなんてやらねぇからな!」

「忠告しに来ただけだ。次、また俺から盗みを働こうとすれば容赦はしないってことをな」

「………………え? そ、それだけなのか?」


 拍子抜けしたような顔で、間を空けてからそう呟いた男。

 ……確かに盗みを働かれたのだし、兵士の元へ突き出さない代わりに対価を貰ってもいいのか?


「確かに忠告だけじゃ勿体ないか」


 俺がそう呟くと、余計なことを言ったという表情で顔を歪ませた男。

 ただ対価を貰うといっても俺から盗みを働くくらいだし、本当に何も持っていなそうだからな。

 

 物ではない対価……。

 そこまで考えたところで、良いことを思いついた。 


「見逃す対価として情報を教えてくれ。実はレアルザッドに来たばかりで、この街について詳しくないんだ。この裏通りは余計に分かりづらいし、街の案内を頼みたい」

「そ、それだけでいいなら別にいいけど……」

「赤髪の女の方もいいか?」

「え、私もですか?」

「当たり前だろ。お前が実行犯なんだしな」


 もちろんながら乗り気ではないようだが、俺は半ば無理やり街案内を二人にさせることに決めた。

 つい先ほど、俺から盗みを働こうとした奴と行動を共にするなんて可笑しな思考だと自分でも思うが、何も分からない街での情報は何よりも貴重だ。


 親切心を逆手に盗まれかけ、かなり怒りが募っていたが、これはこれでかなりラッキーだったかもしれない。

 良い案内役を手に入れることのできた俺は、二人を連れて再び裏通りへと出た。


「それで街の何を案内すればいいんだ?」

「安い宿屋とおすすめの食べ物屋などがあれば教えてくれ。……それと、お前たちは盗んだ物は何処で売り捌いているんだ?」

「知り合いの質屋。『七福屋』っていう質屋が裏通りにあって、そこでなら盗品も買い取ってくれる」

「へー。やっぱり盗品も買い取ってくれる店があるんだな。……そこも後で案内してくれ」


 そう伝えると、二人は振り返り疑惑の眼差しを向けてきた。

 俺が何か良からぬことをしようとしていると感じたようだ。


「心配するな。別に何かするとかじゃない。俺も盗品を売りたいだけなんだ」

「…………は? お前も盗みを働いていたのか? それでよく俺達を叱れたな!」

「俺は一度だけだ。それに盗みを働いたのも親からだしな」

「親からだろうと窃盗は窃盗だろ! 俺達と一緒じゃねぇか!」

「ああ、そうだ。だから、こうして道案内だけで許してやるって言ってるだろ? それに俺から盗んだら許さないって言っただけで、またお前たちが窃盗を繰り返そうがどうでもいい」

「それじゃ本当に兵士に突き出したり、『七福屋』で騒ぎを起こすってことはないんだな!?」

「街を案内さえしてくれれば何もしないって言ってるだろ? 同じ盗人同士短い間だが仲良くいこう。……まぁ俺はもう盗みなんてやらないけどな」


 突っかかってくる男をあしらいながら、俺は案内されるがままに裏通りを巡っていく。

 幼少期からこの年になるまで裏通りで暮らしてきたという言葉通り、流石に様々なお店を知っているようで、期待以上の良いお店を複数件紹介してもらった。


 今の俺の身分からしてみれば、表の煌びやかな表通りよりも肌に合っていて、質の問題はあるだろうが金額だけ見ても何倍も安い。

 栄えた街と同じ、それも近い位置にあるとは思えないほど正反対の場所だが、俺のようなはぐれものにとっては非常にありがたい場所だな。

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