第9話 強奪


「――くそっ。流石に厳しかったか」


 『ゴールドポーン』を出た俺は、悔しさのあまりポツリと独り言を漏らす。

 お店の中へと入り、店員に買い取りの依頼をしたところまでは良かったのだが、通された別室にいたのは店員よりも明らかに身分の高そうな鑑定士。


 一目見た時点で嫌な感じはしたのだが、ぼさぼさの髪にボロボロの服を身に着けている俺を見るや否や鼻で笑ってきた。

 態度にモヤッとしつつも、なるべく下手に出て買い取りのお願いをしたのだが……帰ってきた言葉は「無理です」の一言。


 買い取り希望の品すら見てもらえず、裏通りにでも行ってくださいの言葉と共に、俺はすぐに追い出されてしまった。

 あまりにもぞんざいな扱いに流石にイラッとしたが、先ほどの部屋から俺を通した店員が鑑定士に叱られている声が聞こえ、怒りの感情も一瞬で萎えた俺は『ゴールドポーン』を後にしたのだった。


 優良店だと思ったが、とんでもないハズレの店だったな。

 …………いや、こんな身なりの客を信用し、買い取りするって方が難しい話だし、ハズレなのは俺の方か。


 先に身なりだけでも整えておくべきだったと軽い後悔をしながら、レアルザッドに入ったばかりの軽やかな足取りとは打って変わり、とぼとぼと重い足取りで人で溢れている表通りを抜ける。

 そして俺が今向かっている場所は、先ほどの鑑定士に助言を受けた“裏通り”。


 買い取りを行ってくれそうなお店を探している時に気がついていたが、街の南に位置している表通りの更に南へと抜けると、町全体が綺麗に舗装されているレアルザッドと同じ街とは思えない、テントが路上に立ち並ぶ汚らしい商業エリアがあるのだ。


 心情的には表通りで済ませたかった部分があるが、断られたのなら場所を選んでいる余裕はない。

 客質も表通りとは大分違う裏通りを、きょろきょろと見渡しながら良いお店がないかを探して見て回る。


 ……うーん。

 露店はパッと見でお店の判別がつくのだが、裏通りにあるお店の大半を占めているテント形式のお店は何の店だかさっぱり分からないな。

 せめて看板でも立ててくれていればいいのだが、外観からでは本当に分からない。


 テントの中を覗いて確認するのは嫌だなと、困りながら立ち竦んでいると、突然背後から服を引っ張られた。

 振り返ってみると、俺と同レベルのみすぼらしい服に身を包んだ、俺よりも若干背の低い子供らしき子がそこに立っていた。


「ん? どうしたんだ? ……迷子か?」


 フードを目元まで隠れるぐらい深く被っているため表情が見えないのだが、俺の服の袖をガッチリと掴んでいることから、何か困っているのではと察する。

 その子供に話しかけようと、腰を落とそうとしたその瞬間――。


「ちょっ、なにすん――! いってぇな」


 子供は手に握り絞めていたであろう何かを、俺の顔に向かって投げつけてきた。

 その投げつられた何かが目に入り、視界が真っ赤に染め上がる。


 子供はそれから隙を突き、慣れた手つきで俺の小さな鞄を奪うと、トドメに胸を思い切り蹴って逃亡を図ってきた。

 腰を落とそうとしたところに蹴りを入れられたため、威力はなかったものの俺はバランスを崩して頭を地面に強打する。


 これはまずい――。

 あの鞄には俺の全財産と、今後の生命線である盗んだアクセサリーが入っている。 

 

 盗んだ物を盗まれたらたまったものじゃない。

 腰に身に着けていた革袋の水を即座に顔にかけて洗い流し、体勢を立て直して子供の後を追う。


 俺を撒くために人の合間を縫って逃げた子供だったが、見失うギリギリのところで見つけることができた。

 ペイシャの森での生活のお陰で、以前よりも細かい箇所まで視線がいくようになっている気がするな。


 思わぬところでの自分の成長を感じつつ、全力で子供の後を追った。

 子供にしては中々の逃げ足だし、人の隙間を縫う走りは熟練さを感じるが、身体スペックは遥かに俺の方が上。

 人を押しのけるように走り、子供が路地裏へと曲がろうとした瞬間をとっ捕まえた。


「ふぅー、捕まえた。人の親切心をつけ狙うとはとんでもない子供だな」

「……えっ。やっ! 離してっ!」


 発した声で分かったのだが、どうやら女の子のようだ。

 まさか捕まるとは思っていなかったのか、酷く焦り震えた声音で喚いている。


「おいっ、喚くな。――殴るぞ」


 ドスの効いた声で脅すと、女は両手で自分の口を押えて頷いた。

 そこでようやく顔が見えたのだが、年齢は俺と同じくらいだろうか。

 背丈的にてっきり子供かと思っていたが、確かに女だったら平均的な身長だ。

 

 顔は幼さが見えながらも整っていて、涙目なせいでなんだかこっちが悪いことをしている気分になるが、今回の件に関してはこの女が全部悪い。

 事情を全て聞くため、俺は黙った女を連れて、逃げようとした人目のつかない路地裏の奥へと連れていった。


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