第6話 至高の一品


 行きの倍ほどの時間がかかったが、なんとか拠点まで戻ってくることができた。

 洗えないため体中が血生臭いが、新鮮な肉が大量に手に入ったことを考えれば全く気にならない。


 まずは石を石で叩いて簡易的なナイフを作り、綺麗に切り分けていく作業に入る。

 オークの体が大きいため切り分ける作業だけでもかなりの手間がかかり、ナイフもすぐにダメになってしまうせいで余計に時間がかかる。


 オークを倒したのが午前中だったが、全ての肉を綺麗に切り分け終えたときには辺りは真っ暗になっており、全身についたオークの血もカッピカピに乾いてしまっていた。

 ただ、これで大量の肉の確保に成功。


 今日と明日の食べる分だけを分けておき、あとは乾燥させて日持ちするようにする。

 虫にたかられないように工夫を凝らして吊るし、ひとまずこれで全ての処理を終えたと言っていいはず。


 …………ふぅー。

 格上であるオークと戦い、この拠点まで運んでからの解体作業。

 

 しんどすぎる一日だったが、それに見合った成果は得られた。

 お腹がぐーっと情けなく鳴り、一刻も早くオークの肉を食べたいところだけど……まずは血生臭い全身を洗い流したい。


 ヘトヘトな体を動かし、暗い夜道を進みながら泥の水溜まりまで向かい、体を綺麗に洗っていく。

 ただでさえ汚い泥水を汚さないよう、面倒くさいながらも水をちまちまと掬いながら血を落とす。

 ある程度の血が取れたところで、ついでに水分補給も済ませてから再び拠点へと戻った。


 よし。

 ようやくお待ちかねの新鮮な肉を食べることが出来る。

 

 オークは獣に近しい見た目とはいえ人型の魔物。

 食べることは禁忌とされている節があるのだが、この環境ではそんなことは言ってられない。


 吊るした肉とは別に置いておいた新鮮な肉を手に取り、串に刺してじっくりと焼いていく。

 腐った肉の腐敗臭交じりの匂いではなく、正真正銘のお肉の香ばしい香りが拠点内に漂い始めた。


 その匂いに反応してお腹がぎゅるぎゅると鳴り始めるが、しっかりと焼けるまで我慢し――完璧に焼けた瞬間、程よい油の乗った肉串を手に取ってかぶりつく。

 

「うんまぁ……」


 口の中で肉汁と共に旨味が爆発。

 脳に直接刺激がくるような、正に強烈で凶悪とも言える暴力的な美味しさ。


 途中で諦めずに必死になって生きて良かった。

 そう、心の底から思えるような至高の一品。


 完全に止まらなくなった俺は、次々に肉を串に刺しては焼いていき、結局明日の分のまで取っていた肉まで綺麗に平らげてしまった。

 串焼きだけでなく、色々な調理法も試そうと思っていたんだけど、そんなことを忘れてしまうほど夢中で食べ進めてしまったな。


 オークに最大限の感謝をしつつ、満腹と疲労でそのまま横になる。

 このまま眠りについてしまいそうだったが、ふと先ほどの戦闘のシーンが思い起こされた。


 俺の振った斧がオークの背中を深々と切り裂き、一撃で致命傷を負わせたあの出来事。

 この手で解体したから分かったが、オークは硬い毛に分厚い皮。

 それからパンパンに詰まった脂肪に、その内には鎧のような筋肉を纏っていた。


 自分が知っている自分では、どう上手く攻撃出来たとしても一撃であのオークを致命傷にまで持っていくことは不可能だったはず。

 それに木の棒で一発で頭を潰せたことや、何十キロもあるオークを拠点まで運び込めたことを考えても……信じられない速度で、肉体の強度が増していっている。

 

 考えられる理由は天恵による恩恵。

 俺は【農民】の天恵を授かった訳だが、【農民】だったとしても能力の強化が成されるはず。

 

 ただ、それにしては余りにも強化されすぎている気がする。

 【剣豪】の親父よりも、強化の振れ幅が大きいことになる訳だからな。


 だとすれば、クラウスにやられたことで強くなった――が一番有力だ。

 筋肉と同じような原理で、ズタズタに壊れれば壊れるほど以前よりもより強く修復される。

 

 そんな現象が俺の体に起こったと考えるのが、今の俺が考えられる一番それらしい理由。

 ……ただ、こっちの理由だとしても、一気に強くなりすぎている気はするが、これ以上の的確な理由が思い浮かばない。


 理由はどうあれ、オークを一人で楽々と倒せるほどの力を手に入れることができたのなら好都合。

 このペイシャの森でのサバイバル生活も生き残る目途が立ったし、あとは自然と時が流れるのを待つだけだ。

 

 色々と腑に落ちない点が残ってはいるものの、自分の中で無理やり納得させた俺は、自然の音を全身で感じながら深い眠りについたのだった。


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