第2話 逃亡


 クラウスから逃げるように家から飛び出た俺は、慣れ親しんだデジールの街からも離れ、町から近い位置にある深い森として有名なペイシャの森まで逃げ込んでいた。

 森の中腹の小さな泉にてようやく足を止め、へたり込むように腰を地面に下ろす。


 心臓が破裂しそうなほど高鳴っていて未だに追われている感覚があるが、なんとかクラウスを撒けたようだ。

 怪我も負っていたし、絶対に追いつかれると思っていたけど……。

 最初の剣技のみでの勝負なら圧倒出来ていたように、単純な身体能力だけで言えば俺の方がまだ高いのだろう。


 ……それにしても体が痛い。

 逃げるのに必死で走っている最中は強くは感じなかったが、腰を下ろして一息ついたことで階段から落ちた時にぶつけた箇所が酷く痛む。


 全身をくまなく確認してみると、青く腫れあがっている部分がいくつもあり、右足首に至っては折れていると思う。

 家族から追われていて、行く宛てもないのに怪我の状態も酷い。


 一息つけたのはいいが、ここからどうするかが一番の問題となる。

 下手に盗みを働いてしまったため、スパーリング家がお尋ね者として追手をよこしている可能性も十二分に考えられる。


 そう考えると、下手にこの森から出ることは出来ない。

 とすれば、ほとぼりが冷めたと俺が感じるまでの間は、この森で過ごさなければならない訳で……。

 俺は鞄を覗き見るようにゆっくりと鞄を開く。


 『何か食べ物が入っていてくれ』


 そんな俺の強い願いも虚しく、鞄には俺が詰めた数少ないアイテムと盗んだ母さんのアクセサリーと父さんの懐中時計。

 それからなけなしの水の入った小さな革袋と、心もとない牛のジャーキーだけ。

 正直、食べようと思えば一食で食べれてしまうような量だ。

 

 こんな状況で、最低でも一週間はこの森で過ごさないといけない。

 まだ怪我さえなければ、動物でも魔物でも狩って食料調達が出来たのに。


 俺は早くも心が折れかけ、“家に戻って許しを請いにいく”。

 そんな言葉が俺の脳裏に過ぎるが、それと同時に頭に浮かぶのは、天恵で【農民】を引いた俺に罵声を浴びせ、弟子に俺をボコボコにさせて家から追い出した父さん。

 そして、今まで父さんに相手にされなかった恨みを全て俺にぶつけ、挙げ句本気で殺しにきたクラウスの顔。


 帰ったところで兵士に突き出されるか、クラウスに殺されるかしかないし……ここで折れて、親父そして――クラウスに負けたくない。


「絶対に何がなんでも生き残ってやる」


 そう強く決心した俺は、服の袖の部分を引きちぎり、拾った木の棒と合わせて、怪我した箇所の関節を動かないようにガチガチに固定する。

 魔物と戦えるほどではないが、普通に歩くぐらいならばあまり痛みを感じないぐらいにはなった。


 食料問題に関しては、とりあえず口に出来そうなものは口に入れていくつもりだ。

 一生使うことはないだろうと思っていた、ハズレスキルである【毒耐性】のお陰で、何を食べても死ぬことはない。


 山や森の中でのサバイバルという一点のみに限り、非常に有用であるのだ。

 まぁ本当にこれぐらいしか生きる上で使い道はないんだろうが、今を生きるという一点だけでも役立ってくれて良かった。

 ペイシャの森で数週間生きていく覚悟と、長時間移動する準備を整えた俺は、いい拠点を見つけるべく立ち入り禁止とされていた森の奥地を目指し、歩を進めたのだった。


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