第1話 【剣神】
『天恵の儀』が行われた二日後。
俺は正式に家から出るようにと父親から通達された。
クラウスが【剣神】を授かったことで飛んでいた俺への怒りが、一日経ってから沸々と再燃したようで、昨日は一日中スパーリング家の練習生と俺だけ無手での試合をさせられながら、こっぴどく叱られ続けたのだ。
――一体なんで怒られているのか。
そんな俺の中での虚無感も拭えないまま、説教終わりに「家から出ていけこの出来損ないが」この一言のみ。
俺は全身を撃ち込まれ腫れた体の痛みと精神的にへこまされ、情けない涙を流しながら小さな鞄に荷物を詰め込んだ。
しばらくして身支度を終えたが、ほとんどの物はスパーリング家の物と言われたため、小さい鞄ですらスカスカな状態。
小さく軽い鞄を肩にかけ、とぼとぼと自室から出ようとしたのだが、部屋の入り口で何かに躓き、俺は胸から地面につくように思い切り転倒した。
人の気配があったため見上げると、俺の部屋の前で張っていたであろうクラウスの姿がそこにはあった。
「兄さんの尻ぬぐいをしてあげた俺に、お礼の一言もなしに出て行く気だったのか?」
心の底から見下しているような言い方で、そう言い放ったクラウス。
ここまで来ると、俺が何かしてたのかと勘ぐってしまうが……本当に俺とクラウスには何もなかったのだ。
喧嘩どころか会話すらもしていない。
そう、本当に家族なのかすらも疑ってしまうほどに。
「……礼を言う気はない。そもそも、なんでそんなに突っかかってくるんだ」
「はははっ! なんで突っかかってくるのかだって?」
狂ったように笑いながらそう言ってから、急に表情を一変させて怒りの眼差しを倒れている俺に向けてきた。
「今まで俺が受けてきた扱いを思い返して分からないのか? たった数十分早く生まれてきただけでお前が長男、そして跡取りとして大事に育てられた。一方で俺は数十分遅く生まれただけで父さんから見放された。理由なんて単純明快だろうが」
「それは長男次男関係なく、クラウスが病弱だったからだろ――」
「黙れ! 優越感に浸りながら、俺に話しかけてきていたのも心底ムカついていたんだよ。ただ……くくっ、あっはっはっ! 天は俺に味方をし【剣神】を授け、お前は【農民】だとよ!」
怒りの表情から、また狂ったように笑いだしたクラウス。
情緒が安定していないクラウスに若干の恐怖を覚えつつも、一方的に不満をぶつけられコケにされていることへの怒りが沸々と湧いてきた。
何故俺がここまで言われる筋合いがあるのか。
病弱だったために小さい頃から母さんはクラウスに付きっきり、代われるものだったら代わりたかったのは俺の方だ。
「幼少期から跡取りとして、そして剣士として大事に育てられても尚、天から【農民】として働くことを定められ、家からも追い出された気分はどうなんだ? 俺に教えてくれよ、クリス!」
「黙れっ!」
俺は内に溜まりに溜まった怒りを放出するように、立ち上がってクラウスに怒鳴りつけた。
一瞬怯んだようにも見えたクラウスだったが、そんな俺に対して表情は変えずに真剣を腰から引き抜いて俺の顔の前へと向けた。
「耳障りだから叫ぶなよ。お前はもうこのスパーリング家の人間じゃないんだぜ。……本当にムカつくな。ここで斬り殺されたいのか?」
向けられた刃先がおでこに触れ、ツーっと血が涙のように頬を伝う。
正真正銘の真剣なのだが、怒りがあってか一切の恐怖を感じない。
クラウスから剣を向けてきたんだ。やり返しても俺に非はない。
そう正当化させてから、俺も腰に帯剣していた木刀を抜き、クラウスの剣の側面を思い切り叩いた。
真剣vs木剣。
剣の質だけでいえば、圧倒的に不利だが……側面を打つように戦えば十分に戦える範疇。
曲がりなりにも俺は、幼少期から今現在まで厳しい特訓を積まされてきたのだから。
「ははっ! なんだ? 俺とやろうっていうのか? ……いいぜ。やってやるよ」
農民だと馬鹿にしていた俺に反撃され、怒りを隠しきれない様子のクラウスだが、足取りも体捌きもおぼついている。
軸はブレているし剣もゆらゆらと動いていて、どこからでも叩ける――正に隙だらけの状態。
まずは手始めに、手首に鋭く打ち込んで流れのまま胴部分を強打。
痛みのせいか、体が右に大きく傾いたところを見て左肩に打ち込み、ガラ空きとなった胸を思い切り突くとクラウスは床を滑るように転がった。
完璧な攻撃だったし、胸を突いたことで息をするのも苦しいはず。
床に転がったまま動かないクラウスをしばらく見下ろし、俺の溜飲も下がったため荷物を持って立ち去ろうとしたのだが……。
「お、おい。ま、まだ終わってねぇぞ」
振り返ると胸を押さえて顔を酷く歪めながらも、クラウスは立ち上がっていた。
ただ、これ以上の戦いは蛇足でしかない。
「もう決着はついた。その態度にはムカついたけど、弱っている人を痛ぶる趣味は俺にない」
「黙れ! ――殺してやるよ」
そうぼそりと呟いた瞬間、異様な光がクラウスの剣から発せられた。
その光からは形容し難いが、とてつもなく強大な力を感じ……光が刀身を包み込むように覆われた次の瞬間、クラウスはにたりと嫌な笑みを浮かべたのが見えた。
「死ね。【セイクリッド・スラッシュ】」
水平に剣が振られた瞬間、クラウスの剣から光の斬撃が放たれた。
俺はというと、見たこともないその強大な力に腰を抜かしてしまい、尻餅をついたまま一切動くことが出来ない。
――死んだ。
コンマ数秒でそう悟ったのだが、目にも止まらぬ速さで飛んできた光の斬撃は俺の頭上スレスレを通過し、後ろの部屋を粉々に壊しながら彼方へと消えていった。
吹き抜けとなった背後から風が強く吹かれ、ドッと溢れ出た冷や汗が体を芯から凍らせる。
心臓はどんなに大変だった特訓の時よりも高鳴っていて、口から飛び出てしまうのではと思うほど。
「……ちっ。倒れたせいで外してしまったか。力が強すぎるせいでまだコントロールが上手く定まらない。ただ、二度目はないぞ」
心の底から残念そうに呟いたクラウスは、再び先ほどと同じような構えを取り出した。
……む、無理だ。あんな攻撃に対抗出来る訳がない。
徹底的に教え込まれてきた剣術や立ち回りが、何の意味もなかったと感じてしまうほどの強力なスキルを用いた攻撃。
容赦なく人に対して放てるクラウスにも恐怖し、ガタガタと全身が震える。
このままでは殺されてしまう――そう悟った俺は地面に這いつくばり、その場からの逃げの一手を選んだ。
腰が抜けてまともに動けなかったため、階段は転げ落ちるように全身を強打しながら落ちるが、命があるだけマシと思いながら痛みを堪えて玄関を目指す。
俺が下へと降りてからすぐに、二階からはクラウスの放った二度目の攻撃による衝撃音が聞こえ、逃げたと分かるや否や追ってくる足音も聞こえてくる。
みっともなく余りにも惨めだが、死なないためにも絶対に逃げなくてはいけない。
この一件により二度とこの家には戻れないと察した俺は、玄関までの道中で金目になりそうなものを適当に掴んでは鞄に押し込みながら、生まれてからずっと過ごしてきた家から飛び出した。
家を出てからは行く宛てもなく、とにかくクラウスから逃げるために走り続けたのだった。
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