【完結】追放された名家の長男 ~馬鹿にされたハズレスキルで最強へと昇り詰める~
岡本剛也
プロローグ
「さあ、次の者。前へ」
神聖なる空気が漂う教会で、俺は神服に身を包んだ一人の老人の神父に、前へと出るように促された。
神父が立つ十字架が象られれた講壇には大きな青色の水晶が置かれており、その水晶に神父は両手をかざしている。
これから行われる儀式は『天恵の儀』と呼ばれており、このメルドレーク王国では十六歳となる歳に受けることを義務付けられている儀式。
『天恵の儀』が何なのかというと、この儀式を受けるとその人物に適した職業、そして特別なスキルが発現される――まさしく、天からの恵みを頂くことの出来る儀式なのである。
職業には、戦士や魔法使い、騎士などの一般戦闘職から、商人や鍛冶師、農民などの非戦闘職。
更には、魔導士や聖騎士、魔法剣士と言った上級職まで多種多様な職業が発現される。
スキルに関しては、職業に付随されたスキルが発現されることが多く、『天恵の儀』によって上級職が発現されれば、どんなに下層階級の人間だろうが国から優遇されて援助を受けることができ――どんな人物だろうが、一発逆転がありえる人生最大の行事とも言えるだろう。
大半の人間が天からの恵みを望み、この儀式を待ち望むのだが……俺こと、クリス・スパーリングは違う。
名家と名高いスパーリング家は代々、剣を扱う職業をこの『天恵の義』によって授けられてきた家系であり、当主の適正職業はスパーリング家の権威に大きく影響を及ぼす。
俺の父親であるゲオルク・スパーリングは剣に係わる職業ではあったものの、【剣豪】という歴代当主で最低ランクの適職を授けられた。
そんな事情があってか父さんは適正職業に対しての思い入れが人一倍強く、双子の弟が体が弱かったこともあり、長男でもある俺は小さい頃から父さんに付きっきりで厳しい特訓をさせられてきた。
そんな親の期待を一身に背負わされての、この『天恵の儀』。
スパーリングの血を引く全ての人間が剣に係わる職業を与えられてきたため、大丈夫だとは思っていても……万が一を考えてしまい、体が震えるのを抑えることが出来ない。
人によっては、何不自由なく過ごすことの出来た俺の環境を羨む人も多くいると思うが、俺からしてみれば大変でも過度な期待を受けずに育ってきた方が余程羨ましく思える。
「早く前へ行ってくれ。次は俺の番なんだから」
吐き気を押し殺しながらゆっくりと歩いている俺に、後ろから声を掛けてきたのは双子の弟のクラウス。
小さい頃は体が弱く、ずっと医者に付きっ切りで看病されていたクラウスだが、五歳を契機に回復の兆しを見せ、今では何の問題もなく普通の生活を送れている。
そのため物心ついた時には、何てことのないごく普通の兄弟であったはずなのだが……クラウスは俺のことを好いていないようで、俺が話しかけても反応がずっと薄く、今に至るまで会話すらまともにしたことがない。
人によっては俺ばかりが目をかけられていると捉えられるし、クラウスもそう感じているのかもしれないな。
「ごめん。行くよ」
一言謝ってから大きく深呼吸を行い、俺は早足で講壇の前へと立った。
神父は俺が目の前に立ったことを確認すると、枯れ木のような両手を水晶の上にかざし、何やら呪文のようなものを口にし始める。
時間にして数秒なのだが、俺にとっては永遠にも感じるほどの長い時間に感じた。
そして……授かられた『天恵』が分かったのか、水晶から手を下ろし両の目を俺へと向けた。
「クリス・スパーリング。適正職業は農民。固有スキル【毒耐性】」
神父の言葉を聞いた瞬間、目の前がぐわんぐわんと揺れる感覚に襲われ、心臓が押しつぶされているかのように急激に痛くなり始めた。
の、のうみん……?
俺は今、農民と言われたのか……?
神父が何やら話していているが耳には入ってこなく、押し殺していた吐き気が全て出そうになったその時。
「兄さん、適正職業が農民なんですか!? そ、それは残念ですが……大丈夫ですって! 元気を出してください!!」
教会内に響き渡るほどの大きく喜々満ちた声で、背後から俺に声を掛けてきたクラウス。
俺が声に反応し振り返ると、そこには歓喜に満ちた顔をしているクラウスがいた。
反射的に口を押さえに飛び掛かりそうになったが、ここでクラウスの口を押さえたところで俺の適正職業はいずれ広まる。
異常に強張った筋肉を脱力させ、肩をがっくりさせると、クラウスが俺の肩を軽く叩きながら俺の真横で立ち止まる。
「お陰で、より気楽に『天恵の儀』を受けられるよ。ありがとう」
耳元で嫌味たらしくそう呟くと、クラウスは肩で風を切るかのように講壇の前へと歩いて行った。
そんな弟とは対照的に、俺が体を縮こませながら教会の入り口に歩いていくと、入口で仁王立ちしている父さんの姿が目に入る。
その表情は怒気に満ちており、今まで見せたこともない怒りが離れた位置からでも伝わり、間髪入れずに罵声が飛んできた。
「この出来損ないの役立たずめっ! 私が何年にも渡り面倒を見て来てやったというのに――【農民】でスキルが【毒耐性】だけだと? なんて無様な醜態を晒してくれたんだっ!」
「す、すいま――」
俺は声を絞り上げるように謝罪の言葉を吐き出したのだが――。
そんな俺の謝罪の言葉を遮るかのように、後ろから大きな歓声に近い声が上がった。
振り返ると、クラウスが先ほどの神父に肩を叩かれており、輝かんばかりの笑顔を見せている。
それからすぐ、ざわざわと聞こえていた噂話が教会の入り口にいる俺と父さんの耳にも届いてきた。
「今の人、【剣神】って出たそうよ。初代勇者様から始まり、五人目の【剣神】らしいわ」
「それって……。とんでもないことじゃないのか?」
俺は慌てて父さんの方へと向き直すと、つい先ほどまで今まで見たこともない怒りの顔を見せていたその表情は、またしても今まで見たことのない歓喜の表情へと変わっていて、目を輝かせながら講壇の上に立つクラウスを見ていた。
その視界にはもはや俺は映っておらず、溢れんばかりの人がいるこの教会で俺一人が取り残されたと思うほど。
「と、父さん。す、すいませんでした」
そんな現状を見て、俺は思わず謝罪の言葉を口に発したのだが、ちらりと俺に視線を向けたその目は正に憐れみの目。
再び心臓が握りつぶされるような痛みを発し、息も絶え絶えになって上手く呼吸すらすることが出来ない。
俺は心臓部分を強く握り締めながら膝から崩れかけたのだが、地面に膝をつく前に背後から脇の下を支えられ、倒れることすら出来なかった。
ゆっくりと見上げるように背後の人物を確認すると、そこには先ほどよりも醜く笑いながら俺を見下ろすクラウスの姿があった。
「兄さん。ここで倒れたら、注目がそっちにいっちゃうじゃないか。スパーリング家からせっかく【剣神】が出たんだ。倒れるなら人目のつかない路地裏で思う存分泣いてきてくれ。【農民】のクリス兄さん」
怒りのあまり拳が出かけたが、本能が既にこの数分で出来た明確な立場の差を認識してしまったのか、振り上げかけた拳は上まで上がることなく下へと垂れた。
俺に反論する力もないことが分かるや否や、クラウスは満足そうに俺から手を離し、周りからの歓声を浴びながら父さんの下へと歩いていく。
「父さん。先ほど【剣神】の天恵を授かりました。兄上は残念ながら【農民】でしたが……神様は見放していなかったようで、スパーリング家の面目を保てる適正職業を授かることが出来ました」
「ほ、本当に……本当によくやってくれた! クラウスよ。流石はスパーリング家の人間だ。これからはお前がスパーリング家を良い方向へと導いてくれ」
感極まったように目頭を押さえながら、クラウスと熱い抱擁を交わす父さん。
クラウスもまんざらでもない表情をしていて、周りの人々はその親子の抱擁を見て大きな拍手を送っている。
その光景を客観視した俺は、息も絶え絶えに激しく痛む心臓を押さえながら、馬鹿らしいという感情が頭の中をぐるぐると渦巻く。
父親の勝手な願望、そしてスパーリング家の権威。
そんな目にも見えないものために、幼少期から厳しい特訓を押し付けてきたのにも関わらず、『天恵』というただの運だけで出来損ないの役立たず扱い。
挙句の果てには、体が弱かったからといって半分育児を放棄し、まともに会話すらしていなかったクラウスに涙を見せて感謝の言葉を述べている。
クラウスも父さんに相手にされなかった怒りを俺に向け、一番の元凶である父さんと抱き合ってまんざらでもない顔。
俺が何か悪いことをした訳でもないのに、怒声を浴びせられ、皮肉を言われる仕打ち。
――そして何よりも、ここまでコケにされているのにも関わらず、何も言い返せずにジッと見ていることしかできない自分の情けなさに嫌気がする。
何もない拳を思い切り握り締め、俺は一人教会から帰路へとついたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます