茶道同好会

こがゆー

茶道同好会






「ねえ、柳下やぎした君。起きて。」



せっかく遠のいていた意識が引き戻される。重いまぶたを開けると、目の前には制服のスカートらしき生地。虚ろ目のまま視線を上に向けると、そこにはよく見慣れた顔があった。

「んあ?なんです、先輩。」

「いんや?何でもないよ。ただ起こしただけ。」

 非常に迷惑だ。どうやら人の安眠を妨害するためだけに声をかけただけらしい。先輩にとってはただの悪戯かも知れないけれど。夜中を有意義に活用している僕にとって、この時間寝られないというのは死活問題なのだ。

ということで………


「あ、柳下君、寝ないでよ!」


僕は再び夢の世界へ旅立つことにした。




 僕と先輩との付き合いはかれこれ2年近くになる。初めて出会ったのは部活の勧誘会だった。中学生の時は帰宅部として第一線を張っていた為、高校生では何かしら部活道をやってようかなと思って参加したのだ。

様々な部活生が壇上で魅せるパフォーマンスに拍手喝采を送るまでは良かったものの、講堂から外に出た後の血気迫る先輩方の勧誘に疲れ、中庭まで行ったところで力尽きてしまった。やはり僕に部活は合わないらしい。入部を断念しようと思ったところで、声を掛けられた。

「ねえ、君。新入生でしょ?」

鈴の鳴るような可愛らしい声。振り返ると、そこには物凄い美人さんがいた。玉のような肌。屈託のない向日葵のような笑顔。

 しばらく見惚れていたんだと思う。その人は、「あ、ごめんね、急に話しかけて。あの、これ。良かったら見てね。」と僕の手にビラを押し付けて去っていった。

 そのあっさりとした勧誘に少し興味が湧いた僕は、物は試しと見学に行くことにしたのだ。




『茶道同好会』




 やはり帰ろうか。茶道なんて聞いていない。ビラには「旧校舎の家庭科室横!きてネ!」としか書いてなかった。てっきり料理部か何かと思っていたんだ。

 茶道は、敷居が高すぎる。そう踵を返したところで

「あ、君。もしかしてさっきの!?来てくれたんだ!良かったらお菓子、食べて行ってよ!」

さっきの先輩に再び声を掛けられた。


 コポコポと小気味良い音を立てる目の前の釜。どうやら、『風炉ふろ』とか言うらしい。その手前で手元を忙しなく動かしてお茶を点てる人が一人。言わずもがな、先輩である。先ほど「野崎のざきです」と自己紹介された。出されたお菓子を頬張りながら、その様子を見守る。何をしているのかはよく分からないけれど、一つ一つの所作が洗練されていて、とても画になる。思わず感嘆のため息が出た。

「ん?あ、もしかして思ったよりも茶筅ちゃせんの動きがゆっくりに感じた?」

十分に早いと思ったんだけど、それでも遅い感じなのか。

「それはね、うちが表千家だからだよ。世間で有名なのは裏の方だからねー。どうしても茶道っていうと泡一杯のお抹茶を思い浮かべてしまう人がいるから困ったもんだよ。」

「え、このおもてせんけ?っていうのは泡立てたりしないんです?」

「うん、泡はそこまで立てない感じかな。三日月が見えるぐらいが丁度良いって言われてる。」

 よく分からないけれど、なんとも奥の深い話だ。多分。

 それにしても、周りを見渡すとかなりの年期を感じる。なんだか厳かな雰囲気。

「旧館だからね。茶道部にはもってこいなんだよ。」

 そういうと、すっと右手で茶器を差し出してくれた。受け取ろうとすると「待って」の一言。

「受け取る側はね、亭主が『お茶をどうぞ』って言ってお辞儀したタイミングでお辞儀をするの。こうやってね。」

そう言って、手本を見せてくれた。


 その後も色々と説明を受けていると、気付けば下校時刻。さっと見て帰るつもりが、結構長居していたらしい。

「ありがとうございました。」

「いえいえ、お気になさらず。もし興味があればまた来てねー。」


とまあ、これが先輩との出会った日のことである。その日の夜、なんだか名残惜しく思った僕は両親にハンコを押してもらい、翌日には担任の先生に入部届を提出。晴れて茶道同好会の一員になった訳だ。


 期待を胸に再び入室したその日。目の前には

「あ、ちょっとまって。もう少しで終わるから。」

そういって、だらしない恰好でゲームをする先輩が。擦れきれた畳間にビーズクッションを置き、その上に体育着で寛いでいる。その胸の膨らみは大変興味深いが、そんなものよりけしからん目を引く周辺に散らかったもの。お菓子や充電器が散乱し、ご丁寧に飲み物まで完備。どうやら部屋を間違えたらしい。

そっと部屋のドアを閉めようとしたら

「ちょっと待ってってばー!」

と湿り気交じりの声で呼び止められた。

 幻想を木っ端みじんに破壊されたこっちが泣きたい。




閑話休題。




「違うんです。来ないと思ったんです。」

目の前には泣き顔で正座する残念な美人が。


 彼女の言い分によると、昨年同好会として立ち上げたは良いものの、結局一年誰も来なかったから、今年も誰一人来ないと油断していたらしい。

「え、でも同好会って人数無いと立ち上げることできないですよね?」

「はい、そこは友人が名前を貸してくれました。」

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことである。

「あれ?でも昨日ビラ配ってましたよね?」

「君にしか配ってないよ。」

「え?」

「ちゃんと活動してますアピールが出来たら良いから、たまたま目についた君にしか配ってない。」

「じゃあ学校のパンフには」

「うちの学校、同好会の名前は記載しないから」

「はぁ。」

「というわけで今年の入部者は君ひとりということだ。おめでとう。柳下君。」

「………………」

「分かったよ。大丈夫、お点前はちゃんと教え、って、なに、その胡乱な目つきは⁉」



 こうして、部長にも入部を歓迎され、茶道同好会としての活動も確約した僕は、晴れて茶道同好会の一部員となったのである。


 最初の頃は先輩から教えてもらった割り稽古をこなしたり、散らばっていた茶道の本を読んだりして真面目に活動していたものの、だんだんと怠けるようになってしまった。そばで誘惑する先輩が悪い。多分。

 しかし、いざ外部顧問の先生が稽古にいらっしゃったときになると、先輩は褒められ僕は叱られる。解せない。


とまあ、こんな感じで部室で寛いだり先生に扇子で手をはたかれたりを繰り返すこと幾か月。先輩は最上級生に、僕は二年生になった。そういえば先輩って周囲からどう見られているのだろうか。そう思って周囲に聞いてみたら、「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」を地で行く人だという。どうも猫を被っているらしい。



ちなみに、今年もビラ配りを(約一名相手に)した訳だが、案の定入部希望者は皆無。来年のことを案じた僕は真っ青に、今年の安寧を確信した先輩は喜色満面だった。











 夏休み気分も抜けてきた今日この頃。先輩の化けの皮は剥がれることなく、相変わらず外では愛想を振り撒いているらしい。


新しい入部者が来たら、その人も彼女のだらしなさを目にすることになるのかもしれない。そう考えると、もう少し僕一人でこのダメダメな先輩を独り占めしていたいな、と思ったり、なんて。


 秋風が窓から気持ちよく吹いてくる。その涼しさに身を任せてながら、僕は惰眠を貪るのであった。


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