第14話 一件落着?

 扉を開け、店内に入る。


 いつものように百合ゆりさんに挨拶あいさつをし、待ち合わせ相手の座る奥の席に向かう。ちなみに、その席以外に客の姿は見えず、期せずして今日は(も)俺達の貸し切り状態となっていた。


 ボックス席の片側に、制服姿の二人の女生徒が並んで座っていた。手前に長峰さん、奥に名も知らぬ女生徒という座り位置だ。それぞれの前にはすでにカップが置かれており、俺が来る前に二人が注文を済ました事が一目で分かった。


 改めて、女生徒に目をやる。


 髪は長峰さんと同じくツーテール。背も低めだ。幼い顔立ちをしている所までは長峰さんと共通しているが、彼女には勝ち気さがなかった。むしろ、弱々しい感じだ。ぱっと見では、こんな子があんな脅迫状紛いの手紙を出すようには到底思えないが……。


「悪かったわね。呼び出して」

「いえ、これは俺の問題でもあるんで」


 昼休みに長峰さんか届いたメールには、犯人の見当が付いた事と放課後にあの喫茶店で会いたいという二つの内容が書かれていた。


「で、そちらの方は?」


 長峰さんの対面に腰を降ろしながら、たずねる。


「二枚の手紙の差出人、小坂こさか美幸みゆきよ。ちなみに、学年は一年で、親衛隊のメンバー」


 自分の名前を言われた瞬間、小坂さんの体がびくっと震えた。俺が来る前に、長峰さんからすでに何らかの話があったのかもしれない。


「なるほど」

「なるほどって……それだけ?」


 俺の反応に、長峰さんが拍子抜けしたような表情をその顔に浮かべる。


「正直、手紙を出すのさえ止めてくれれば、誰が犯人とか俺には興味ないですから」

「変わってるわね」

「よく言われます」


 その後、注文を取りに来た百合さんにアイスコーヒーを頼む。


「で、どういう話になってるんですか?」

「とりあえず、雅秋にもうちょっかいは出さない事は約束させたけど、誤解は直接当人が解いた方がいいでしょ?」

「誤解ね……」


 まぁ、それを言うと、俺も誤解していたわけだが。


 注文した品が届き、百合さんがカウンターに下がるのを待ってから、本題に入る。


「あの手紙の〝先輩〟というのは、如月先輩の事ではなく、長峰先輩の事だったんだな」


 俺の言葉に、小坂さんはこくりとうなずいた。


 だからこそ、あのタイミングで手紙が届き、また、親しくするなという文面になったわけだ。


「俺と長峰さんは別に親しくしてるわけじゃないよ」

「嘘! この前、喫茶店から二人で出てくる所を見たんだから!」


 そこで、小坂さんが初めて口を開く。顔を上げ、強い目付きで俺を見たが、目が合うとすぐにまた顔を下げてしまった。


「一度目は親衛隊が俺に目を付け始めているという忠告のため、二度目は君の出した手紙の事を相談するため。つまり、君が手紙を出しさえしなければ、二度目もなかったんだよ」

「そんな……」

「そういう事。大体、なんで私がこいつと親しくしないといけないのよ。それに、もし親しくしてたとしても、私とこいつがそういう間柄になるはずないじゃない」


 ねぇ、と長峰さんが、嬉々とした表情と目で合図を送ってくる。自分の口から話せという事らしい。


 まったく。柚希さんといい、俺をからかって何がそんなに楽しいんだか。


「俺が好きなのは、きさ――きー姉だから。他の女子には興味がないというか何というか……」


 言い終わると同時に、ほおにパンチがヒットする。


「痛っ! 何するんですか!?」

「いや、何となく……」


 ホント、一体なんだって言うんだ。自分で言えって言ったくせに。……いや、言ってはないか。目線で訴えかけてきただけで。


「まぁ、というわけで、こいつは姫紗良きさら様一筋で、他の女子なんかレベルが低過ぎて全く眼中にないってわけ」

「なんか、物凄ものすごく悪意のある意訳の仕方ですね、それ」

「アン!」


 凄まれてしまった。


「いえ、何でもないです……」


 怖っ! この人、怖っ。


「……分かりました」


 うつむいたまま、ぽつりと呟くように、小坂さんが言う。


「そう。なら――」

「けど、長峰先輩の事は諦めませんから!」


 この場を締めようとした俺の言葉は、机に手を付き、勢いよく立ち上がった小坂さんの声にき消されてしまった。


「は?」


 よく分からない展開に、俺は呆気に取られる。

 そんな俺を余所よそに、小坂さんはかばんを手に持つと、そのまま店内を出ていってしまった。


「えーっと……」

「言っとくけど、私は普通だから」


 あー。なるほど。そういう事ね。


「趣味・趣向は人それぞれですから」

「だから、私は違うって、言ってんでしょ!」


 この日、二発目のパンチが今度は俺の顔面にヒットした。


「あ、そうそう。雅秋に伝言があったんだった」


 その後、程なくして、すっかり機嫌を直した様子の長峰さんがそう話を切り出してきた。


 ついさっきまで怒っていたと思ったら、もう普通。女の子というものは、どうしてこうも表情をコロコロと変えられるんだろう? 全くもって謎だ。


「伝言?」


 俺は痛む右頬を擦りながら、長峰さんの言葉を聞き返す。


「こほん。えー、親衛隊は、君と姫沙良様の関係を黙認する事にした。君達の関係等の情報を言い触らさないよう、メンバーにも徹底させるつもりだ。なので、君も今まで通りの学校生活を送るように。以上」


 長峰さんをメッセンジャー代わりにつかった人物は、言うまでもなく佐々木ささき先輩だろう。


 二人共、仲悪そうなのに、よく頼んだ&引き受けたなぁ。


「ここからは私の憶測になるんだけど、佐々木としては姫沙良様にとってマイナスになる情報を一般生徒に聞かせたくないんだと思う。結局の所、あいつが守りたいのは如月姫沙良という憧れの対象だから、彼氏がいたらダメとかいう頭のおかしい考えは別に持ってないのよ。まぁ、一生徒をあれだけ持ち上げてる時点で、少なからず頭はおかしいんだけどね」


 そう言って長峰さんは笑っていたが、それらは全て彼女の憶測で、佐々木先輩の真意は分からず仕舞じまい。俺としては、彼から送られてきたメッセージを受け取り、これからも気を遣ってやっていく他ない。


 ちなみに、メンバーの一人が聞いたという佐々木先輩と男子生徒の会話は、メンバー内の今回の件に関する情報統制の打ち合わせだったらしい。元々、メンバー内でも一部の人間しかこの事は知らされていなかったため、男子の方は簡単に口止め出来たが、女子の方はどうしても難しく、最終的には佐々木先輩自ら長峰さんに女子への伝達を頼んできたようだ。


「いや、あの時は正直ビビったよ。真面目な顔で呼び出してくるから、喧嘩売られるのか告白されるのかどっちかだと思って……。もちろん、どっちも願い下げだけどさ」

「はぁー……」


 何にせよ、これにて一件落着って事でいいのかな? ……って、まだ全然解決してない問題が一つあるじゃないか。それも、一番の難題が……。

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