第5章 涙と笑顔

第13話 真剣な思い

「――おっ」


 下駄箱でくつき替えていると、ズボンのポケットの中でスマホが震えた。


 上履きにしっかり足をじ込みながら、携帯を取り出す。


 ラインが届いていた。送り主は柚希ゆずきさん。内容は、俺の下駄箱に誰かが何か妙な物を入れている場面を偶然見て、気になったのでそれを回収させてもらった。妙な物は脅迫状で、入れた犯人は髪を左右で二つに縛った小柄な女の子だった――というもの。


 犯人の特徴を聞き、俺の頭に一人の人物の顔が浮ぶ。


 ……まさか、な。


 ラインには写真が一枚添付されていた。その脅迫状をスマホでった物だ。


 ん?


 脅迫状を読み、ふと違和感を覚える。


 そう言えば、前のヤツも、なんかどこかがおかしかったような……。


 柚希さんにお礼のメールを送り、続けて別の人物にもラインを送る。相手は長峰ながみねさん。内容は、また手紙が来た事と二枚の手紙に関して俺が感じた疑問と仮説、そして犯人の特徴。


 返事はすぐに来た。


「……」


 スマホをしまい、靴を履き替える。


 正直、向こうが何もしてこなくなるんであれば、犯人が誰とかそういう事はどうでも良かった。それより今は、目の前の問題をどうするかだ。


 昨日のあの一件以来、どうもきーねぇの態度がおかしい。顔を合わせても話し掛けてこないし、夕食の時以外はほとんど自分の部屋に引っ込んでしまい、俺が避けられているのはまず間違いなかった。今日も俺が起きてきた時には、もうすでに家を出た後だったし。


 これは本当に土下座かな。それでこの状況が打破出来るのであれば、躊躇ためらいはないが。


「よっ、雅秋まさあき。相変わらず、辛気くさい顔してんな」


 教室に着き、自分の席に腰を下ろすなり、利樹としきがこちらに寄ってきた。


 楽しそうに笑う友人が、今は猛烈に鬱陶うっとうしい。


「悪い。今日はお前の軽口に付き合ってやる余裕がないんだ」

「なんだ、なんだ? 遂に美人な従姉いとこさんに手出して、拒否られちまったか?」

「……」


 あながち、的外れでない利樹の予想に、俺は返す言葉が見つからなかった。


「うへ。マジか」

「……遠からず近からずって所だ」


 寝込みを襲おうとしたという意味では手を出したと言えなくもないが、明確に拒否されたわけではないし、そもそも向こうが俺の行為に気付いたかどうかさえ不明だ。


「風呂でものぞいたか?」

「んなわけあるか」


 そんな事した日には、罪悪感に押し潰されて死ぬわ。いや、それぐらいへこむという意味で、実際に死ぬわけではないが。


「じゃあ――」


 ズボンのポケットの中でスマホが震える。長峰さんからかと思い、ラインの受信画面を開くが、そこにあったのは柚希さんの名前だった。内容は、きー姉の様子がおかしい理由を知っているかというもの。


 やはり、学校でもあの調子か。


 知っているけど言えない│むねをラインで伝える。返信は長峰さん同様すぐに来た。

 了解の二文字。心配と気遣い。そんな二つの思いの見える二文字だった。


「お前が何やらかしたかは知らんけど。何にせよ、早めに謝っちまった方がいいと思うぞ。余計なお世話だとは思うが」

「いや、ありがとう」


 こちらに背中を向け、片手を挙げ、自分の席に戻っていく利樹。


 ……早速、家帰ったら謝りに行くか。こういう事は、後になればなる程、言い出しづらくなるもんだしな。




 「――そういえばさ」


 二時間目と三時間目の中休み、一階の購買前にジュースを買いに行くと、同じくジュースを買いに来た宮本みやもとさんが後からやってきて偶然にも二人きりになった。


 なので、俺はこの機会に、秘かに気になっていた事を彼女に聞いてみる事にした。


「宮本さんは、なんであのグループに入ったの?」


 周りに人気はなかったが、一応、親衛隊の名前はボカす。


「え? なんでって、なんで?」


 慌てた様子で質問に質問を重ねてきた宮本さんがおかしくて、もう一つ〝なんで?〟を続けてみようかと思ったが、余計にパニックになりそうだったので止めておいた。


「だって、別に如月きさらぎ先輩にそこまで憧れてるわけでもなさそうだしさ、なんか、ね?」


 はっきり言うと、似合わないのだ。宮本さんにあのグループは。


「……」

「言いたくなかったらいいよ。ちょっと気になったたけだし」


 親衛隊に入っている事を、周りに隠している生徒も多くいる。理由もまたしかりだろう。


「私は、如月先輩みたいになりたかったの」

「え?」


 驚き、宮本さんを見る。


「大丈夫、分かってるから。いくら頑張っても如月先輩みたいにはなれない。でも、少しでも近付けたらって……」

「それはどうして?」


 優れた何かに近付きたいという感情に、もしかしたら理由なんていらないのかもしれない。けど、宮本さんにはそうしたい理由があるような気がした。


「授業遅れちゃうから、歩きながら話そうか?」

「ああ……」


 宮本さんにうながされ、二人で教室に向かって歩き出す。


「ねぇ、覚えてる? 入試の時の事」

「入試?」


 宮本さんが聞いてくるくらいだから、きっと彼女に関係する事なのだろう。入試、入試、入試……。


「あー」


 思い出した。そういえば、俺は入試の時に宮本さんと会っていた。あれは――


「私は入試の日、凄く緊張してて、それこそ足元も覚束おぼつか無いくらいだった。それで案の定、何もない所で転んじゃったの。みんな見て見ぬ振りだった。そりゃ、そうだよね。入試の日だし知り合いでもないから、助け起こす理由なんてない。でも、一人の男の子だけは違った」


 そうだ。そうだ。俺の目の前で女の子が盛大に転んで。けど、誰も助けなくて。薄情だなって思ったのを覚えている。というか、思い出した。


「私に手を差し伸べてくれて、『大丈夫?』って声も掛けてくれた。だから……」


 えーっと、


「如月先輩に近付きたい理由、だったよね?」


 確か。


 それとこれがどう結び付くというのか。


金城かねしろ君が如月先輩に向ける視線って、なんか他の人と違うんだよね。優しいというか、見守ってるって感じ? それを見て、『ああ、この人は如月先輩にただ憧れてる人じゃないんだ』って」

「マジで?」

「マジで」


 俺が変な顔をしたからだろうか、宮本さんが笑う。


「だから、私は如月先輩に少しでも近付きたかった。近付いて自分に自信がついたらその時は――」


 おそらく、もうその時は来ないのだろう。宮本さんの口調と表情がそう語っていた。


「でも、違ったんだよね。容姿や立ち振る舞いじゃない、もっと違う何かが二人の間にはあって、それが金城君にあんな顔をさせてたんだよね」

「だよね、と言われても……」


 自分ではよく分からないが。


「適わないなぁ、ホント」


 苦笑いを浮かべる宮本さん。その顔はどこか泣いているようにも見えた。


「金城君、放課後、時間あるかな?」

「え?」


 足を止め、宮本さんの顔を見る。それに合わせ、彼女も足を止めた。


「ちゃんと、言葉にしておきたいの。ちゃんと、言葉で聞きたいの」

「……」


 真剣な眼差まなざしと真剣な表情。


 真剣な想いには、こちらも真剣な気持ちで応えないといけない。


「場所は?」

「南校舎の東側はどうかな?」


 あそこには、特別教室の準備室や物置と化した空き教室しかなく、日頃からあまり人が寄り付かない。そういう事をするにはもってこいの場所だ。


「分かった。必ず行くよ」

「うん。ありがとう」


 そこから教室まで、俺達は無言で肩を並べて歩いた。

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