第12話 姫君の憂鬱
「はぁー」
昨日からもう何度目だろう、こうして一人溜め息を吐くのは。
あれから、何だか無性に気まずくて、私はまーくんを避ける行動ばかりを取ってしまっている。昨日は夕食とお風呂以外はほとんど自分の部屋から出なかったし、顔を合わせても何を話していいか分からず会話が続かなかった。
もしかしたら、今回の事で、まーくんは私の事を嫌いになったかもしれない。私がまーくんを避けている事は本人にも伝わってしまっているだろうし、元々、若干……いや、かなりウザがられている節はあった。このまま、まーくんが家を出ていくなんて事になったら……嫌だな。絶対、嫌だ。何とかしてそれだけは阻止しないと。でも、どうやって……。
そんな事を延々考えている内に、私はいつの間にか学校のすぐ近くまでやってきていた。
いつもより登校時間が早いため、周りに人影はない。ただ部活動を行う音は、校舎内やグラウンドの方から聞こえてくる。
朝から大変だな。
校門を
私も生徒会で放課後遅くまで残る事はあるけど、朝は年に数回、挨拶週間や式典の準備等で仕事をするくらいで、ほとんど暇だ。それに、仕事の量が多くて悲鳴を挙げたくなる事はあるが、部活動の練習に比べればそれも月とスッポン、
一年生の下駄箱を通り過ぎ、二年の下駄箱に行こうとし、私はふいに足を止めた。
女の子がいた。長い髪を左右の高い位置で縛った、小柄な女の子が。
こんな時間に何しているんだろう?
しかも、女の子は何やら意を決したような表情で、下駄箱の前に突っ立っている。その様子はまるで……。
ラブレター!?
私は慌てて物陰に隠れると、
こんな特殊な場面に出くわしたのだから最後まで見届けたいという気持ちと、もう一つ嫌な予感がこんな日頃では考えられない大胆な行動に私を走らせた。
一段二段三段とある内の二段目の扉を開けると、女の子は鞄から取り出した紙をそこに入れ、閉めた。そして、足早に校舎内へと去っていく。
女の子の姿が完全に見えなくなったのを確認した私は、先程まで彼女がいた場所に立った。
やっぱり……。
女の子が紙を入れた下駄箱は、私のよく知る人物の物だった。
金城雅秋。私の
手を伸ばし、私はまーくんの下駄箱を開けた。
確かめたかったのだ。まーくんの下駄箱に入れられた物がラブレターであると。まーくんの下駄箱に入れられた物がラブレターなんかではないと。
「え?」
思わず、声が出る。
まーくんの下駄箱に入っていたのは、封筒に入った便箋等ではなくプリンターなんかに使う印刷紙だった。
これは……ラブレターじゃない、わよね?
悪いと思いつつも、紙を手に取る。そこには、こう書かれていた。
《お前が先輩と隠れて、こそこそ会っているのは知っている。これ以上、こちらの忠告が無視されるようなら、私にも考えがある。次はないと思え。》
「これって……」
脅迫状!?
私は少し迷った末に、そのまま持ってきてしまった、あの脅迫状を
「これは……」
「ね? ヤバイでしょ?」
北校舎の二階と一階を繋ぐ階段の踊り場で、私は向かい合っていた。出入り口の関係上、こちらから登り降りする生徒はほとんどおらず、今も私達以外の人影はない。
「……」
柚希は少し何かを考える素振りを見せた後、
「実は姫紗良に隠してた事があるんだ」
そう話を切り出してきた。
「この脅迫状に関係する事なの?」
「ああ。そして、雅秋君に関係する事だ」
「……聞かせて」
一拍置いてから、柚希が話し始める。
「親衛隊の事は姫紗良も知ってるよな?」
「ええ。……私のファングラブみたいなものでしょ?」
自分の事だ。嫌でも噂は耳に入ってくる。でも、詳しい事は知らない。というか、知らないようにしている。あまり知りたくもないし。
「その親衛隊が最近、雅秋君に目を付けたらしい」
「え?」
なんで? ……って、理由は分かっているか。私とまーくんの関係性か一緒に暮らしている事、もしくはその両方がバレたのだ。
一応、バレないように気を
「その事をまーくんは?」
「知ってる。というより、雅秋君当人からこの話は聞いたんだ」
「……」
そう言えば、まーくんが柚希と電話していた事があったっけ。あの時、まーくんは言っていた。柚希と私の事を話していた、と。つまり、そういう事なのだろう。
「なら、これはその親衛隊の誰かが出した物ってわけ?」
「それは分からない。ただそれより以前に、雅秋君は脅迫状らしき紙を貰ってる。同一犯かどうかは分からないが」
私の知らない所でそんな事が起こっていたなんて……。
「私、この紙を入れた犯人を見たわ」
「ホントか?」
「ええ。顔までは見えなかったけど、長い髪を二つに縛った、小柄な女の子だった」
「長い髪を二つに縛った、小柄な女の子……。それだけの情報だと、犯人を特定するのは難しいか」
「親衛隊に絞ったらどう?」
こう言っては何だが、あの親衛隊とかいうグループはあまり信用ならない。
「だが、もし安易に容疑者と接触して、それが違った場合、本当の犯人に私達が犯人捜しをしてる事に気付かれてしまう恐れがある。とはいえ、学校に言っても、まともに取り合ってくれるか分からないし、仮に取り合ってくれたとしてそれがどう転ぶか分からないしな……」
うーん、とそのまま考え込む柚希。
「雅秋君本人に聞いてみるか」
そして、一つの結論を出す。
「え? それは……」
反射的に、否定の言葉が口から出掛かり、慌てて飲み込む。
「なんだ? 何が問題でも?」
「いや、問題というか何というか……」
私が一方的に問題にしているだけというか……。
「雅秋君とケンカでもしたのか?」
「なっ?」
さすが柚希、鋭い。
「まぁ、いい。紙を入れた所は、私が見た事にしておく。それでいいな?」
「うん……」
そうしてくれた方が、こちらとしても有り難い。
「まったく。〝
「もう、止めてよ」
その
「あはは。分かった、分かった。じゃあ、雅秋君には私からラインを送っておくから、姫紗良は早く雅秋君と仲直りするんだぞ」
「……うん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます