Episode.1 103号室(1)
私は2年前からこの部屋に住んでいる。
南向きの窓からは小川が覗けて明るい雰囲気の白い部屋には、趣味のプラ製観葉植物とアニメのポスターが貼られている。
上京したのは2年前、夢にまで見た声優専門学校への合格がきっかけとなった。バイト収入は安定しているため、一人暮らしも安泰だ。
部屋の表札には「山口清香」という名前のみが書かれているが、特に寂しい訳でもない。
このアパートには私以外に9組の入居者と40代男性の大家さんが住んでいる。昼間などはかなり賑やかだ。ほぼ毎日のように205号室の男の子が門前の公園で友達と遊んでいたり、301号室の人と102号室の人が、将棋をした流れで喧嘩したり色んな声が流れてくる。
とある日、5月初めだったろうか。まだ私が住み始めてまもない頃、学校に向かおうと玄関を出た。その先で庭を竹箒で掃除する大家さんを見た。そこには、綺麗な色をまとったハナミズキがポツポツと並んでいた。
今まであまりアパートの内装を見てはいなかった訳だが、それでも何故気づかなかったのだろうというレベルの美しさだ。
私は大家さんに尋ねた。
「とても綺麗なハナミズキですね。どうやって育てたらそんなに綺麗になるんですか?」
「何故だろうね。親愛を持って育てると、自然と自分から美しくなろうとしてくれるんだよ」
大家さんは懐かしむように空を見て言った。
「死んだ妻がねぇ、一青窈っていう歌手が好きでねぇ....二人でよく歌った歌が『ハナミズキ』だったんだよ」
「そうなんですね‥‥」
その雰囲気は暗いわけではなく、ニッコリとした優しい笑顔に包まれていた。
私がこのアパートに暖かさを感じたのはそれがきっかけだった。
部屋で勉強をしていると、「コンコンッ」というノック音が響いた。このアパートにインターホンがない訳では無いが、ノックなのには理由がある。
「おねえちゃーん、あそぼぉ」
目の前には小学一年生のみさきちゃんが立っていた。105号室に住む、山下一家は私より先にこのアパートに住んでいた。一番人懐っこいかシャイになるか別れる年頃である彼女は、明らかに前者の方である。
この子の親は共働きで火曜と木曜は両親いないことが多い。寂しいのだろうか、たまにうちに遊びに来る。私は声優をめざしているため、声には自信があった。だからこの子に、子供人気の高いキャラの声真似をすると、とても喜んでくれる。
私自身それで結構自信がついた。
だから私は今も、たまに余裕がある時に遊んであげている。
そんなふうに平和な毎日を過ごしていた。
room 竹巻ルザク @YT45
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。roomの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます