しばしの休息

 ニルさんのスペースみたいにゲームそのものを売っているサークルも多いようで、そういうところを見ながらお姉さんの買い物についていく。カード関係の他にも色々と見て回り、外に出る。


「あー。外の風が気持ちいい」

「真夏なのに涼しく感じるとかひどくないですか」

「あっはっは。確かに」


 お互い笑っているが、結構疲れた。ふわふわした足取りで新館の二階へ戻る。


「ここのスペースも色々見てくかー」

「そういえば、ずっと外で中を見てなかったですね」

「灯台もと暗しってねー」


 お姉さんに連れられて見ていくが、何列か見たところでもうニルさんのスペースに向かい始めたような気がする。


「全部見ないんですか」

「うーん。あたしの持ってるパソコンと機種が違うからさあ。買っても動かないのよ」


 そうなんだ。それなら行く場所が絞られていたのもわかる。


「それと、あっちはエロが多くて君には刺激が強いところもあるしねん」


 そうだったんだ。


「結構気にしてくれてるんですね」

「まーねー。親御さんからお預かりしてるんだし、あたしの大事な人だし」


 そのふたつ目の理由が嬉しい。


「ありがとうございます」

「んふふ」


 笑いながら、ニルさんが待つスペースに戻る。


「おかえり」

「暑かったー。また一缶もらうね」


 お姉さんはもう冷気の無い保冷バッグから缶を取る。


「わたしも」


 中を見てみると、これでもう終わりだった。最後の缶を取って、ぬるいお茶を飲む。

 時計を見てみると、もう二時半くらいだった。

 その後は交代で椅子に座り、手に入れた同人誌を回し読みしながら過ごす。

 疲れが出たのか座っていると意識が持って行かれそうになるが、そこは頑張ってやりすごし、時計は三時を回る。


「そろそろ撤収しよ。四時になったら一気に出て行くから」

「もういいの?」

「うん。だいたい売れたしね。はい、これはみんなに現物支給」


 あと五枚になっていたディスクから一枚ずつもらう。


「ありがとうございます」

「ありがとー」


 なんだかやり遂げた気分になった。


「じゃあ片付けましょ。保冷バッグはこっちに入れるよ」


 開けられたスーツケースの中に、スペースの上にあったものをしまい込む。わたしたちは手に入れた同人誌を自分たちの荷物にまとめる。数十分で荷造りは終わり、あとは撤収するのみになった。


「今日はありがとうございました。お疲れ様です」


 ニルさんが両隣のサークルに挨拶したので、わたしたちも挨拶をしてホールを後にする。出ながら様子を見ると、ニルさんの言った通り撤収にかかっているサークルが多くなってきている。

 外の日射しは西日がきつい。


「またバスに乗る?」


 そう訊かれたので、わたしとお姉さんは手を上げて同意を示す。三人で連れ立ってバス乗り場へ向かうと、同じようにゾンビのようになった人たちの群れに並び、バスを待つ。


「帰るまで長くなりそうねー」

「JRまでは混むからねえ」


 そうだった。これから地下鉄にも乗るんだ。

 おどろに並んだ列はじわじわと進み、わたしたちもバスに乗れた。料金箱に二〇〇円入れ、奥へ奥へと詰める。そして朝と同じように、ぎゅうぎゅうになったところで発車。数十分で豊洲の駅に吐き出される。

 三人とも大きく息をつき、呼吸をしてから次は地下鉄へ。また混んでいる車内で揺られ、有楽町に戻ってきた時はほっとした。


「何か食べてく?」

「いや、一刻も早くシャワー浴びたい」

「わたしもです」


 全会一致で食事よりお風呂ということで、JRを乗り継いでニルさんの家へ向かう。ようやくまともに冷房の恩恵にあずかれたせいで、今日はお姉さんと一緒に少し寝てしまい、ニルさんに起こされることになった。


「ありがとねー、ニルち」

「すみません」


 ふたりでニルさんに頭を下げ、保土ヶ谷駅に降りた。戦場のようなコミケから二時間も経たず、のどかな町に帰ってきたのには自分でも驚く。

 そして坂道の多い道を戻り、ニルさんの家のドアを開ける。

 静かな家の玄関に、どすんばたんと荷物を下ろす音が響いた。


「本って重いねー」


 お姉さんがへとへとで床にへたり込み、扇風機をつける。


「ほら、麦茶飲みな」


 先に奥へ行ったニルさんが持ってきた麦茶をありがたく飲むと、体の熱が少し引く。


「お風呂も入れてるから。ヒダカちゃんお湯入れながら入る?」

「ありがとー。君はだいじょぶ?」


 お姉さんはわたしに振ってくるが、とてもお風呂に入りたそうなのがわかるどろどろの顔になっていたので、首を横に振る。


「そんじゃいってきます」


 それを見たお姉さんは、そう言って素早く自分のスーツケースから着替えを持ってお風呂場へ。わたしは昨日のようにニルさんとふたりになった。


「いやあ。それにしても疲れた」

「バスでよく眠れそうです」

「それもそうね」


 ニルさんは笑う。

 この三日でこの三人での関係にもちょっと慣れた気がするが、もう数時間後にお別れというのは少し寂しい。


「マツザワさんのお土産、食べる?」


 うちでも何度かお土産でもらったことがある東京ばな奈だ。ありがたくもらう。甘みが体に染みる。


「あ。先に食べてるー。ずるーい」


 お姉さんがお風呂から上がってきたのか、向こうから声がした。

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