店番
わたしとお姉さんは入れ替わりに椅子に座って店番をする。座ったら座ったで汗を吸った服が気になるが、立っているよりはいい。
ところで、この距離は教室で机をつけて授業を受けているみたいな気になる。
「ふぃー。やっと一息だねー」
わたしはため息でそれに返事をする。
「お疲れ? 寝ててもいいよ」
「いえ、大丈夫です。もう一本何かもらえますか」
「あいよー」
お姉さんが後ろにある保冷バッグからアクエリアスを取り出し、渡してくれる。やっぱりぬるい。ちらりと横のスペースの人を見ると、小さいクーラーボックスの中にジュースを入れているみたいで、準備の違いを感じさせられた。
それでも水分は嬉しい。たとえ生ぬるいものでも。
「すみません。新作お願いします」
「あ、はい。五〇〇円です」
ぼうっとしていたところに声をかけられたので、びくりとなる。お客さんは大学生くらいに見える男の人。
「ニルさんですか。いつもお世話になってるマツザワです」
「いえ。ニルさんは出かけてます。わたしはゼロワンです」
「あたしはヒダカです」
マツザワさんはわたしやお姉さん、ニルさんが出入りしているネットに繋いでる人なので、そちらのハンドルネームを出す。お姉さんも名前を出して挨拶する。
「あれ、ゼロワンさん中学生って言ってたけど、マジだったんですね」
マツザワさんが目を丸くする。
「本当ですよ」
「いやあ。冗談かと思ってました」
笑顔になるマツザワさん。ショルダーバッグにゲームを入れ、代わりに箱を出してくる。東京ばな奈だ。
「直接渡せればよかったんですけど、差し入れです。皆さんで食べてください」
受け取っていいのかどうか戸惑っていたら、お姉さんがそれを受け取り、対応する。
「ニルさんにも伝えておきます」
「それじゃ、他も回りますんで」
慌ただしくマツザワさんは去って行く。
「ありがとうございました」
その背中に声を掛け、初めての店番は終わった。
「マツザワさん、あんな人だったんですね」
「だねー。いつも面白いこと書くけど、ちゃんとした感じで」
「お姉さんもちゃんとした感じになってましたね」
ちょっと面白かった。
「だーかーらー。人見知りなのよ。ガード下がるの君かニルちくらいだし」
顔を赤らめるお姉さんはかわいい。それを見て笑っていると、お姉さんはもうと言って保冷バッグからお茶を取り出し、飲み始めた。
「すっかりからかわれるようになっちゃったなー」
「嫌ですか」
「ん、嫌じゃないけど、嫌じゃないけど、なんかなー」
複雑そうな顔をしながらお茶を飲むお姉さん。
わたしも残っていた生ぬるいアクエリアスを飲む。
その後も数人がスペースの前に立ち止まり、興味がありそうな顔をしてくれた。お姉さんはゲームの説明などをちょっとして、あとは買ってくれるかどうか様子を見る。
じっとスペースを見てた人が去って行くのは残念な気分になるが、売れたときの嬉しさはなかなかのもので、ネットで〆切がつらいと言いながらも同人誌やゲームを作る人の気持ちを感じることができた。
「ただいま」
一時間ちょっと経ったくらいだろうか。ニルさんが戻ってきた。
「おかえりー。ニルちが行ってしばらくして、マツザワさんが来たよ」
「初めてコミケに挑戦するなら私のサークルにも来るように書き込んでたけど、本当に来てくれたんだ」
「差し入れも持ってきてくれました」
東京ばな奈の箱を差し出す。
「こりゃ帰ったらお礼書かないと」
話を聞くと、マツザワさんがコミケに来たのはニルさんに焚きつけられたからだったようだ。
「彼、格ゲー好きでね。それでコミケのこと話したら行ってみようかってなったの」
「確かに、今日は格闘ゲームのサークル凄いですからね」
あの熱気は大変だと思うが、頑張ってほしい。
「あ、そーだ。また出てっていい?」
「B館行くの?」
「うん。やっぱ行っときたい」
お姉さんがまた出かける準備をするので、わたしも席を立つ。
「君も来るの?」
「行きますよ」
「もう私はいいから、ふたりで行ってきなよ」
ニルさんに見送られ、ふたたび外へ。建物の外に出たら反対側へ回る。一応日焼け止めは塗り直していたけど、午後の日射しが肌に刺さる。
「暑いねー。さっさと行こ」
お姉さんに連れられて隣の建物に行くと、午前中に入ったA館並みに暑い。しかも午後の光で空気がより熱く重くなっている。
「A館でもそうでしたけど」
「うん」
「息するのもつらくないですか」
「うん」
体の中に熱せられた空気が入る感覚を味わえるのもそうないと思いながら、入って右手側にあるゲームの並びへ。たた、雰囲気が今までのとは少し違う。
「ここって何ですか」
「電源不要ゲーム。えーと、トランプや花札みたいにゲーム機でやんないゲーム? そーゆーのが色々あんのよ。ほら、いつか見せたカードの本をね」
いつかお姉さんと行った怪しいおもちゃ屋さんにあったカードのゲーム。確かマジックという名前だったが、コミケならそういうのもありそうだ。
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