開場、そして
ちょっと前にサークル入場の終了アナウンスが流れていたが、ぎりぎりで入場した人も多かったのか、だいぶ人が増えている。
「さっきはどうも。これ、うちのです」
「ありがとうございます」
ニルさんは隣のスペースの人からさっき渡したゲームのお返しを受け取っている。
「どうも。今日はよろしくお願いします」
今度は少し前に来て設営をしていた反対側のお隣サークルの人がニルさんに挨拶してきた。ニルさんはさっきと同じように新作を渡し、言葉を交わす。
わたしとお姉さんは、それを後ろで見ながらぼうっと立っていた。
「どうしたの? もう疲れた?」
「いやー。手持ち無沙汰になっちゃってさー」
お姉さんがわたしの気持ちを代弁してくれたので、それにうなずくと、ニルさんは笑う。
「だよね。この時間が一番暇。スペースに来てたチラシとか読む?」
来た時にテーブルの上から片付けてた紙束をニルさんが示したので、一枚手に取ってみる。印刷所のものらしく、料金表が載っていた。
「本の印刷ってこんなにするんですか」
「結構するよー。量も刷らなきゃいけないしね。だからコピー本とかもあるわけで」
「コピー本ってなんですか」
「原稿をコピー機で刷って自分で製本すんの」
「量は作れないけど、最初から何十部も捌けないしね」
別にみんながこれだけお金を払って作っているわけでは無いらしく、安心する。
「うちなんかはディスクとケースがあればなんとかなるし。マニュアルは手書きしてコピーよ」
「ゲームはそういうの楽だよね。並べたとき華が無いけど」
「だよね。ほら、あそこのサークルさんみたいにノーパソ持ち込んでデモ流したりできればいいんだけど」
ニルさんが指した先には、スペースの机にノートパソコンを置き、ゲームの画面を映してるサークルがあった。みんな色々な工夫をしている。
「色々やってるんですね」
「そういう工夫が楽しくもあるわけよ」
ニルさんが笑う。いい笑顔。お姉さんの笑顔にも似ている。好きなことをやっている人の顔だ。
「ニルちも絵を印刷すればよかったんじゃない?」
「それは思ってたけど、学校に行ってプリンタ使わせてもらう暇がね。ヒダカちゃんが旅に出る前にプログラム関係は仕上げないといけなかったし」
学校の設備が使えるのは学生の特権と昨日は言っていたけれど、手間暇はかかる。夏休み中なら行こうと思わないと行けないわけだし。
そんな雑談をしていると人の流れがゆるやかになってきて、ほとんどの人がスペースの中に入る。今の会場にいるのはサークル参加の人とスタッフだけなんだとよくわかる。
「静かになりましたね」
「もうすぐ一般入場開始だから」
「そっかー。たくさん来るんだろーなー」
なるほど。それじゃあこの静けさは戦の前ということなんだろう。
それから数分して時計が十時を指すと、アナウンスが一般入場の開始を告げる。
会場中で拍手が鳴り響いた。ニルさんもしていたので、わたしとお姉さんもそれに倣う。
建物の向こうで何かが動く気配を感じるような、気のせいのような。
「私はスペースにいるから、買い物あるなら先に回ってれば?」
開場早々、椅子に座ってるニルさんが、後ろで立ってるわたしたちを促す。
「んー。それはなんか気が引けるなー」
「いいのいいの。混むと動きづらくなって、結局交代まで時間かかるから」
「悪いねー。回ってきてほしいとこある?」
気が済んだら戻ればいいよと言われたので、わたしとお姉さんはニルさんがチェックしたサークルのリストも借り、保冷バッグからドリンクを持ち出してスペース巡りをすることになった。
「今日は回りたいところ多すぎるんだよー。大江戸ファイト本あるかな」
お姉さんはゲームをよくやるので、確かに行きたいところが多そうだ。カタログをあちこち見ていたのも覚えている。
「疲れたら言ってね。ひとりで戻ってもいいから」
お姉さんは断りを入れてくれるが、ついて行った方が面白いので行ける限り行くことにする。自分たちのスペースがあるところは最後に回ればいいということで、まずは外に。
「うわー。人増えてるねえ」
外に出ると当然のことながら、入ってきた時とは段違いの人混み。わたしたちがいた新館の入口付近もとても混雑している。
「西、A、東、南で回って。Bは行けたらでいいかな」
「はい。南館はわたしも見たいのがあります」
足を踏み出す。太陽の光が突き刺してくるようだ。
西館には正面から入り、右側の格闘ゲームがまとまっているところへ。お姉さんを見失わないようについていく。人が多すぎて手を繋げないのが残念。
お姉さんの家にあった雑誌に載っていて知っているゲームも多い。
同人誌の他にも便箋のようなグッズもある。
それを見て回りながら、自分たちの目当てのものを探したり、ニルさんのリストにあるサークルへ行ったりする。
色々見て回ってわかったが、このジャンルには男女向けが混在している。それだけ人気なんだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます