夜は更けていく
そんなことを話していると、下から足音が聞こえてきた。ニルさんがお風呂から上がってきたらしい。
「お待たせ。お茶持ってきたよ」
お盆の上には麦茶のピッチャーとニルさんの分のグラス。さっき買ったお菓子と、冷蔵庫に入っていた缶ビールまである。
「おー、ありがと」
おかわりを注ぐお姉さん。わたしは本を本棚に戻し、お盆から柿の種を取る。
「わざわざ戻さなくていいのに」
「汚すのも悪いので」
遠慮しすぎかもと思いつつ、いい子にしてしまう。
「まあ暇になったら読んでよ。私はこっち」
「あ、ずるーい」
いい音を立ててビールの缶が開き、ニルさんのグラスに泡だった薄茶色の液体が注がれる。
「ヒダカちゃんは飲まないでしょ」
「まーねー。言ってみただけ」
またいい加減なことを言っていた。
「この子めちゃくちゃ弱いのよ。すぐ顔真っ赤になるから」
ニルさんがそう言って笑うと、お姉さんは照れくさそうな顔になる。
「恥ずかしいこと言うなよー」
お姉さんはまだ一八歳だったはずだけど、大学生だとそういうこともあるんだろう。などと考える。なにしろ、煙草も吸っているのだから。
「ん? ゼロワンさんも飲みたい?」
「だめだめ。仮にも旅行中は保護者だからそーゆーのは止めるよ」
くりくりした目で悪戯っぽく笑うニルさんに、今度はお姉さんが苦笑して釘を刺す。わたしも思わず笑ってしまう。
「さすがに中学生にアルコールは早いか」
「飲みませんよ」
一応言っておき、自分のグラスに麦茶を注ぐ。ニルさんが淹れているこの家の麦茶の味にも慣れてきた。
そして柿の種をかじっていると、ニルさんがビデオを再生し始めた。
「あ。飲んだの失敗かな。荷造りしないと」
再生されているアニメを横目にニルさんはビールの入ったグラスをお盆に戻す。
「売り物とか準備するからちょっとごそごそするわ」
ニルさんはパソコンの前に行き、フロッピーディスクと紙をケースに入れ始めた。
「手伝うから持ってきなよー」
「そうですよ」
「いいの? ならお願い」
せめてこれくらいはしないとと思い、ニルさんに説明を受け、わたしとお姉さんも作品の入っているディスクと説明書をケースに入れていく。といっても二〇枚ほどなので、三人で分担したらすぐに終わった。
「ありがと。ビデオでも観てもらおうかなと思ってたけど」
「こういう体験の方が珍しいですから」
「そーそー」
出来上がった物を箱に入れると、ニルさんはタイトルと値段を書いた厚紙をパソコンデスクの横から取り出し、テーブルクロスのような布も押し入れから出してくる。
「これも明日の準備なんですか」
「うん。一応売り物だからスペースを飾るの」
次は押し入れから小さなタッパーが取り出される。中には百円玉や五百円玉何枚か入っている。ニルさんはそれを確認すると、蓋を閉めた。
「これは釣り銭ね。じゃ、下でバッグに入れてくる」
まとめた荷物をスーパーのビニール袋に入れ、階下へ行くニルさん。グーもそれについて行く。
残されたわたしたちはビデオを観ながら待っていた。最初に再生されていたダグオンが終わり、さっき話題に上っていた飛べ!イサミが半分くらい行ったところで、ニルさんがグーを抱いて戻ってくる。
「明日の準備終わり」
「おつかれー」
「お疲れ様です」
力強く宣言するや泡の消えたビールを一気に飲んでぬるいと言うニルさんを、ふたりでねぎらう。
「イサミ終わったら寝よっか」
「一応忍空とセラムンとスラダンも撮ってるけど」
そんなに撮っていたとは。
「よく撮ってるねー」
「いや、ヒダカちゃんとゼロワンさんが観てるかもって思ったし」
なるほど、もてなしだったのか。
「明日のことを優先しましょう」
それには悪いが、一応言っておく。
「そうね。今からネットの巡回もあるし。何か書くことある?」
「別にー。あたし宛のがあったらレスするけど」
「わたしは無いです」
それからややあって、お姉さんの家でもお馴染みのプッシュ音とノイズが混じった音の流れが何度か起こり、ニルさんのネット巡回が始まって終わる。
「コミケの報告がちょこちょこあったよ。今日誰かとすれ違ってるかもね。明日来る人もいるみたい」
「へー」
書き込みの内容をニルさんが話し、わたしたちが聞いているとあっという間に時間は過ぎていく。もう忍空の途中のCMだ。
「っと。結構だらだらしちゃったね」
「だねー。話すことが尽きないしねー」
わたしは話に合いの手を入れるくらいしかできないが、楽しい。そしてあっという間に時間が過ぎていく。
「そろそろ寝ますか」
こういうことはわたしが言っておかないと、話し倒してしまいそうなので一応。
「そうしましょ」
「はーい」
ビデオの再生を止めてテレビを消すと、ニルさんはベッドへ。わたしとお姉さんは隣の部屋でマットレスを広げ、明かりを消す。
「いやー。こういうのいいねー」
いつもとらえどころの無い表情のお姉さんだが、今は遊び疲れた楽しそうな表情でマットレスの上に寝そべり、こちらを見ている。
「そうですね。楽しいです」
「お。今日イチかわいい笑顔」
お姉さんも。そう言うのは照れくさく、わたしはすっと眠りに落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます