すれ違っていたかもしれない

 実現させるには色々とやることが山積みになりそうだが、想像するだけでも面白そうになってくる。


「ニルちってここ、独り暮らしなの?」

「うん。誰も住まないと荒れるからって住ませてもらってる。親はたまに見に来るよ」

「お嬢様ー」

「よせやい」


 独り暮らし用には見えない建物なのに、他の家族がいないのはそういうわけだったのか。

 それにしても、空いている家があって、それを任せられるなんて凄い。

 その人の財産に印象を引っ張られるのは品が無いと思いながらも、急にニルさんが雲の上の人のように見えてくる。


「あ。忘れてた。お風呂空いたよ」


 そう言うとお姉さんはショートパンツでぺたりと床に座る。


「ゼロワンさん。先に入っちゃって」


 ニルさんならそう言うと思っていた。遠慮するのもよくないのでお礼を言い、着替えを持ってお風呂場へ。

 汗でべたつく服を脱ぐと、すぐにでも水を浴びたくなる。お湯を浴びて人心地つき、そのまま浴槽の中に入る。

 お姉さんなら体を浸からせる時に声を出していそうだなと、失礼なことを考える。

 しばらく浸かった後で体と顔と髪を洗う。しみ込んでいた汗が流れ落ち、やっとさっぱりした。

 もう一度湯船に浸かろうかとも思ったが、ニルさんも早く体を洗いたいだろうし、そのまま外に出ると服を着て、ざっと髪を乾かす。


「お風呂いただきました」


 お姉さんと同じように台所から麦茶をもらって、玄関口の空間へ。お姉さんとニルさんはアニメの話をしていた。飛べ!イサミが全方位を狙ってて凄い、さすがNHKとか。最近、こういう話を聞いてなんとなく意味を掴めるようになってしまった。


 わたしもちょっとは染まっている。


「それじゃあ、私も入ってきますか」


 入れ替わりにニルさんがお風呂場へ。


「あ、そこより涼しいから二階に行ってもいいよ」


 お風呂場の戸を開ける前に思い出したのか、ニルさんがこっちに声をかけてきた。


「お言葉に甘えよっか」

「ですね」


 ふたりで麦茶の入ったグラスを持って立ち上がり、階段を上がる。

 湿気で膨張したような感じの空気が、エアコンでからりと冷えた空気に変わっていくのが気持ちいい。


「ひゃー、すずしー」


 わたしもため息が出る。

 そして二階の部屋に戻ると、グーがさっとニルさんの部屋へ逃げ込む。どうやら、わたしたちはまだ認められていないようだ。


「グー。あたしのこと忘れたかー?」


 お姉さんがそう言いながら目を合わせようとするが、お尻を向けられる。


「ちぇー。冬にも来たのになー」

「それくらいだと忘れられますよ」

「そんなものかなー」


 ほとんど初対面なんだし、なつかなくてもしょうがない。

 グーに遠慮しながら、ニルさんの部屋に入って本棚を眺める。

 お姉さんの家の本棚を眺める時もそうだったが、他人の本棚を眺めるのはその人の心を覗いてるような気持ちになって、ちょっと心苦しい。

 さっき話に出ていた神話関係っぽい本も何冊か見える。あとはお姉さんの家にあるようなマイナー寄りの漫画や、絵を描くときに参考にしているのだろう、イラストの描き方みたいな本もある。

 さっき読んでいいと言われていたし、一冊手に取ってみる。


「そういうの読むんだ。そーいや関帝廟でニルちに訊いてたっけ」

「こういう本があったんですね」

「うん。小説とかのネタ元にしてるって」


 ぱらぱらとページをめくり、拾い読みする。ヨーロッパの北、北欧の神話についての本らしい。ニルさんの作品で使われている言葉もいくつか見つかる。

 なるほど、こういうので取材をしているのか。


「あたしは図書館で読んでたかなー」

「図書館にあったんですか」

「うん。君の学校の近くにあるじゃない。あそこ」


 そうだったんだ。わたしも中学校に通うようになってから結構通っていたけれど、こういう本を見たことはなかった。


「あれ? 気づかなかった?」


 意外そうな顔をしてたのだろう、お姉さんも意外そうな顔で訊いてくる。


「気にしたことなかったです。いつもはたまに小説なんかを借りて、あとは学習室でしたから」

「まーそうよね。図書館を隅から隅まで見て回るとかそうやんないし」

「お姉さんはやってそうですよね」

「んー? 興味ないジャンルには行かないよん」


 そんなことを言うが、お姉さんはかなり謙遜する方なので話半分だ。


「謙遜じゃないですか。それ」


 返事は無く、照れ笑いがあるだけ。

 このお姉さんは図々しいようで、かなりシャイなのだ。

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