はじめての

 ふたり並んでゴンドラの椅子に座るとドアが閉まり、地上を離れていく。

 高度が上がると横浜の街と港が小さくなり、眼下に広がる。


「うわあ」


 思わず声が出てしまう。


「綺麗だねー」


 お姉さんも夜景を見ながら嘆息している。しかし、今はちょっと言っておかないといけなさそうなことがある。


「お姉さん」

「んー?」

「ニルさんがわたしたちをここに連れてきた理由、わかりますよね」

「えー、まあ。デートコース、みたいな?」


 そこまで察しているなら話が早い。わたしも勇気を出して、一直線にものを言ってみる。


「デートらしいこと、してほしいです」

「デートらしいこと」

「はい」


 そう言ったら、お姉さんはわたしの手を握ってきた。


「手を握るー。とか?」


 ああ。この人は。


「ヘタレ」


 でも、そういうところも好きなのがわたしなので、始末におえない。惚れた弱みという気持ちが、今なら少しわかる気がする。


「ごめん」

「いいんですよ」


 そう。わたしはこう言ってしまう。言ってしまうから。だから、行動を変える。お姉さんがヘタレなら、わたしがちゃんとすればいい。

 握られた手を握りしめる。少し体温が低いお姉さんにわたしの体温が流れ込む。


「いやー。ありが」


 それに反応してかこちらを向いて謝りにきたところで、その口にわたしの唇で蓋をする。

 お姉さんは何が起こったかわからない、驚いた様子だ。


 ついに、初めてキスをしてしまった。


 お姉さんの唇は温かかった。そして柔らかく、わたしの唇を受け止めてくれる。

 時間にすれば数十秒もなかったかもしれないが、とても長い間そうしていたようにも感じられる。


「嫌ですか?」


 そっと唇を離すと、敏感になった感覚でむずむずする。


「嫌じゃない。でも、君、積極的すぎ」


 お姉さんは泣いているような、笑っているような、喜んでいるような、とても不思議な表情でこちらを見ている。


「お姉さん、ヘタレですから」


 わたしもちょっと涙が出てしまったので、それをぬぐいながら口元に笑みを作ってそう言ってやる。


「だからって、一直線すぎるってもー」

「わたしも、色々考えてたんです。恋人といってもお姉さんが勢いで言っちゃっただけじゃないのかみたいなこと」

「えー。あたしそんなに不誠実じゃないよう。君はあたしにとって特別な人だよ」


 言葉に出して肯定してくれた。この確認がほしかった。


「じゃあ、キスしても許してもらえますか」


 ちょっとずるいことを言ってしまう。


「許すもなにも。あたしの初キスが君でよかった」

「えっ。じゃあわたし、酷いことしちゃったような」


 ファーストキスだと言われてしまうと、無理矢理奪ってしまったようで気が動転し、こちらが慌ててしまう。

 そういえば、人と離すのが苦手だとか昨日の夜に言っていたが、恋愛経験も無かったのかもしれないなど、自分を棚に上げて失礼なことを考えてしまう。


「ううん。好きな人から観覧車の中でとか、いいシチュエーションじゃん。最高じゃない?」


 穏やかな笑顔で目を潤ませながらそう言ってくれた。


「最高。ですか」

「うん。最高だよ。ありがと」


 わたしたちの下には夜景が広がっている。それが涙できらきらと輝く。


「そうですね」


 しばらくふたりで窓の外を眺め、いいムードに浸る。

 ゴンドラが一番高いところを過ぎ、地上へ向かい始めたところで、またわたしは口を開く。


「さっき、ファーストキスだって言いましたよね」

「うん」

「わたしもですよ」

「気い遣わせちゃったね」

「じゃあ、今度はわたしにしてください」


 つないでいた手をまた強く握ってまぶたを閉じると、唇の上にお姉さんのそれが重なって感覚が刺激され、くぐもった声が出てしまう。

 その唇が開いたところを、お姉さんにぺろっと舐められてしまう。嫌じゃない。そう伝わればいいなと思い、わたしもお姉さんの唇を舐める。

 しばらくそれが続き、唇が離れる。


「よかった?」


 頷く。


「あたしも」


 そう言って、ぎゅっと手を握られる。

 夜景がゆっくりと大きくなってくる。残された時間はそんなに長くない。


「これでもう、恥ずかしくないですよね」


 だから言うことは言っておかないと。


「努力します」


 この人はまたそんなことを言う。


「それだと、これからもわたしからしちゃいますよ」

「うー。すっかり下剋上された気分。でも努力するよー」


 そう言うとお姉さんは、わたしを肩からぎゅっと抱きしめてくれた。ゴンドラが少し揺れた気がする。


「ヘタレたら、わたしが今日みたいにしちゃいますよ」

「努力するよー。でも、ヘタレたらよろしくね」


 お姉さんは甘えた声でそう言う。そう言われてしまうと、わたしも努力しないといけなくなる。

 それでも、お互いに歩み寄ったり足踏みしたりで、距離を詰め、その確認をしていけたら嬉しい。

 お姉さんの体温を感じながらそんなことを考えていると、地上はもうすぐそこまでに迫っていた。

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