横浜らしい横浜へ
お参りを済ませて外に出ても、わたしたちはしばらく無言だった。
「地元恐るべし」
ニルさんが呟く。
「綺麗でしたね」
「だねー」
観光客のわたしたちが入るのが悪いことのように感じてしまう、呑まれてしまう雰囲気がそこにはあった。
「あっ。そういえばカメラ持ってきてました」
「いいね。記念撮影しようか」
「えー。魂ぬかれるー」
バッグに入れていたカメラを出しただけでお姉さんは物陰に隠れようとした。
一体何が彼女をそこまでさせるかがわからないが、わたしが一枚撮って、ニルさんにカメラマンをお願いしてわたしとお姉さんを。
「写真苦手なんだよー。写り悪いし」
「背中ちゃんとしましょう」
などと言いながら何枚か撮ってもらい、門の外へ。
「それじゃあ、何食べようか」
「店先で売ってる肉まん食べ歩きでよくない?」
あまり食事にこだわりの無さそうなお姉さんが、こだわりの無いことを言う。
「今日は疲れたし、明日もあるからちゃんと食べる」
「そうですよ」
両脇からお姉さんにツッコミを入れ、しばらく通りを歩き回る。
お姉さんが言っているように、店先で何か蒸している店も多い。
月餅などのお菓子や中華料理の食材を売っている店もある。
ある程度見て回ったところで、値段が手頃そうですぐ座れそうな店に入る。
夕食にはまだ時間があるおかげか、そういう店も多くて助かった。
「コースにする? それとも単品取って分ける?」
「んー。そんなにいっぱい食べられそうにないし、単品取って分けよー」
「わたしもそれがいいです」
そんなことを話しながら豚肉と野菜の炒め物や唐揚げ、麻婆豆腐、エビチリ、チャーハンなどを頼み、来るのを待つ。
待ちながらの話題は、相変わらずコミケのことやパソコン通信の話。
「そういえばゼロワンさんってヒダカちゃんちで通信してるの?」
「うん。この子んちパソないから」
「いつも使わせてもらってます」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
「やっぱりヒダカちゃんは悪い人だね。中学生をこんなに染めちゃって」
「ええー。そんなことないよー。この子がやってみたいって言ったんだもん」
「まじか。そんな感じじゃないのに」
そこで驚いた顔をするニルさん。丸い目がいつもより丸くなる。
「わたしから言い出しました」
元々興味を持ったのはわたしの方からだったので、そこはちゃんと言い添える。
「へえ。でもいろいろとわかってるヒダカちゃんが横にいるなら安心かな。悪い奴もいないわけじゃないから」
そのことはお姉さんからもよく言われているので、実際の自分と繋がるような情報はあまり書かないようにしている。
もっとも、わたしの書き込みは新しいネットに言ったときに書く自己紹介と、読書系の掲示板があるところで小説を読んだ時に簡単な感想を書くくらいで、あとはもっぱらお姉さんが取ってきてくれた通信の記録、ログを読むだけだが。
「責任持って面倒見てるよー」
お姉さんがまたふにゃっとした顔で説得力の無いことを言っている。
そんな話をしているうちに目の前にお皿が並べられ、食事の時間になった。
食べ比べるほど中華料理を食べた経験はないけれど、美味しい。
炒め物や揚げ物からあまり油を感じないので、とても食べやすい。
お姉さんもニルさんも美味しい美味しいと食べている。
なんだかんだでお腹が減っていたのもあり、言葉少なに三人で全部食べてしまった。そしてお茶を飲み、一息つく。
「美味しかった」
「だねー」
「やっぱり中華街のは違うわ」
三者三様に感想を言い、お腹が落ち着くのを待つ。
店を出ると、夕日が街を照らしていた。
「ちょっと歩ける?」
ニルさんがそう言ったので、どちらともなしにうなずいて返事をする。
「じゃあ、ちょっと観光しましょ」
彼女に導かれて中華街を横切りしばらく歩くと、港沿いの公園に出てきた。近くにはタワーやアンティークな建物があり、遠くには観覧車も見える。
いかにも横浜という感じの場所だ。
「ここが山下公園。この辺りが多分一番横浜っぽいところです」
わたしが考えていた通りのことをニルさんが言う。
「私の家があるところも横浜だけど、ここが一番それっぽいでしょ」
「だねー」
「テレビとかでも見ます」
「そうそう。一番目立つところがイメージになっちゃう。だから、ここから海沿いをちょっと散歩しながら横浜気分になって帰りましょ」
そう提案され、横浜気分を味わうための散策が始まった。
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